表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水精演義  作者: 亞今井と模糊
二章 水精混沌編
39/457

35話 vs美蛇江

 水鏡に映るのは母の河で僕を襲ってきた三人だ。

 

「母の河を飲むなど恐れ多い。私は母の意思をお伝えするために、その姿を借りて参上したまでのこと」

 

 兄はびょうさまにゆっくりゆっくり近づきながら話しかける。淼さまは高いところから、黙って様子を見ている。

 

「ご覧の通り、我が母は間もなく死に至るでしょう」

 

 兄は淡々と告げた。何の感情もなく……いや、自信が顔に表れている。母上が危篤なのに何故、嬉しそうなのか、理解に苦しむ。

 

「精霊として魂の死です。よって、その本体の理力を受け継ぎ、私の仲位ヴェル昇格に充てたいと思っております」

 

 兄が立ち止まった。口元には品のない笑みが浮かんだままだ。水鏡は兄の後に着いてきて、隣で止まっている。その中にはぐったりした母上が映ったままだ。

 

「母も私にその理力を使われるなら本望と申しておりました」

「母上に何かしたのですか?」 

 

 何故かは分からないけれど、兄の言葉が瞬時に嘘だと分かった。僕と目も合わせずにいた兄は、淼さまがいつまでも返答しないので、僕の相手をする気になったようだ。

  

は何もしていないよ。雫」


 兄上はそれだけ言うと、顎を上げて僕のことを蔑むような目付きをした。他の兄姉と同じ目だ。

 

「なるほど……言い分は分かった。華龍はあくまでも自然に失われると言うわけだな? そして、美蛇はその理力を受け継ぐのに相応しいと、そういうことか?」

 

 驚いて(びょう)さまを仰ぎ見た。淼さまは腕組みをしながら玉座に戻っていった。

 

「はっ、左様でございます」

 

 兄は満面の笑みで玉座の正面に跪いた。淼さまは兄を昇格させるつもりなのだろうか。母の姿を騙り、五人の弟妹を消そうとし、僕の理力を奪おうとしたこの兄を……。

 

叔位カールの身分を偽って謁見に臨んだことは目をつぶろう。謁見の間を荒らしたこともな」

 

 確かに破裂した泡で謁見の間はあちこちボロボロになっていた。

 

「だが、そなたが仲位ヴェルに相応しいかどうか、見極めさせてもらおう」

 

 淼さまがそう言い終えるか終えないかの内に、ズシンッと身体が重くなった。立っていられなくて、両膝をついてしまった。腰から下に重りをつけられたような、あるいは、床から何かに引っ張られているような。

 

 両手の指先で床に触れて身体を支えた。重さにやや慣れてきた。大丈夫、動ける。顔をあげると、兄が床に這いつくばっていた。

 

「どうした? 仲位ヴェルなら余の理力に耐えられるはずだが?」

「くっ……ぅ、なん」


 びょうさまが理力を抑えないとこんなにすごいのか。威力に押しつぶされそうだ。

 

季位ディルである雫が耐えられるというのに、そなたは動くことすら出来ないようだな」


 確かに。僕より兄の方が辛そうだ。

 

「無様だな」

 

 さっきも聞いた台詞だ。強くて、凛々しくて、優しい兄はどこにいってしまったのだろう。兄姉に蔑まれる僕を、いつも守ってくれたのに。

 

 そこまで考えてふと疑問が生じた。守ってくれたことなんてあったか、と。

 

 先ほど朧気おぼろげながら思い出した幼い日のこと。最初は兄姉皆、優しかった。地位の低い僕を蔑むことなく、むしろ可愛がってくれた。それが、いつの間にか冷たくされるようになって、兄は……守ってはくれなかった。いつだって殴り終わった後、蹴りつくされた後、母上が気づいた後、すべて終わった後に現れて守ってあげるねと囁くだけだった。守るフリをしていただけだった。

 

「く……っそ。『水球乱発』」

 

 兄がこの期に及んで水球をたくさん生み出した。でもおかしい。周りの理力が流れた感じがしない。どんなに簡単な理術でも多少の理力の変化はあるはずだ。そうだとすると、あれは兄の本体、美蛇みだ江の水で出来ている水球だ。

 

「散れ!」

 

 水球がパッと弾けると、水球ひとつひとつから薄紫色の不定形物体が出てきた。何だろう、これ。ひとつひとつはとても小さいけど、一ヶ所に集まって、大きなひとつの塊になった。僕の寝床くらいあるんじゃないだろうか。

 

「はっ。いくら水理王と言えど寄生性原虫アメーバにかかれば多少は弱体化してしまうでしょうね?」

「……」

 

 兄は這いつくばったままだったけど、口はよく動くらしい。紫色の大きな物体が玉座に向けて飛びかかった。びょうさまは動こうとしない。

 

「淼さま!」

「どうしました、御上。この威圧を解除し、私を仲位ヴェルにしてくだされば、寄生性原虫アメーバは川に戻しま……」


 紫の物体は淼さまに辿り着く直前に消えてしまった。僕が見ている前で何の音も立てずに。

 

「水理王を喰えるわけないだろう」

「くっ……なら」

「!」

  

 兄は僕に水球を投げてきた。顔の前で弾けて、のろ臭い。

 

「はっ。どうです、御上? 雫の命が惜しければ私を昇格させることです!」

 

 僕には見えないけど、さっきの紫の色のぐにゃぐにゃが近くにいるようだ。前髪から滴る雫を手で払った。

 

「……御上! 雫が脱け殻になっても良いのですか?」

 

 淼さまは黙っているし、兄が床にくっついて言う姿は迫力がない。僕は今何をされたのだろう?


「……おい、なぜ平気なんだ」

「え?」

「もう、そろそろおかしくなっても良いだろう!?」

 

 何を言ってるのだろう、この精霊ひとは。

 

「無駄だ。雫に寄生性原虫アメーバは通用しない」

「! っくそ! そうか、だから前も……」

「余の番か?」

 

 淼さまが玉座に座ったまま指をパチンとならした。次の瞬間、床にいる兄から爆発音が聞こえた。もくもくともやが立ち込めているから、きっとさっき使っていた破裂する泡だ。

  

 兄はどこにいったのか。もやを眺めていたら、急に身体が軽くなった。びょうさまが理力を押さえてくれたようだ。

 

「さて、観念して裁きを受けるか?」

 

 もやの中でノロノロと動いている影が見えた。

 

「諦めろ。水理王をあざむこうなど身のほどを知れ」


 視界が晴れてきた。兄は……いない。と思ったら少し離れた兄姉の元へ向かっていた。ボロボロの服に、剥き出しになった腕、足を引きずりながら進む姿は、かなり怖い。


「寄越せ……」

 

 五人の理力を奪う気だ。五人は気絶していて気づいていない。どうしたら良いのかわからないけど、右足を踏み出していた。

 

「雫、動くんじゃない」

「でも」

「いずれも罪がある。罪人同士の争いに理王である私が手を出すことは出来ない」

「で……でも」

「いいからあれに任せておきなさい」

 

 あれ?

 

「『氷柱牢獄』」

 

 兄が氷柱のドームに閉じ込められた。中の様子はよく分からないけど、兄の手が中から氷柱を掴んでいるのが見える。この声は!

 

「情けないのぅ。たかが叔位カールひとりにこんなに手間取るとは」

 

 聞き覚えのある声だ。キョロキョロ見渡しても姿は見えない。

 

「っくしょう! お前ら、やれ! さっさと華龍を殺せ!」

 

 兄が氷柱牢獄の中から、水鏡に向かって叫んでいる。母に付き添っている三人に向けて言っているみたいだ。


 まずい! 母上が危ない!

 

「『お前ら』とは……此奴こやつらのことかの?」


 玉座の正面にある入り口から先生が現れた。右手でひとりの襟首を掴み、左手でもうひとりの喉元を押さえながら引き摺る。あとひとりは足でゴロゴロと転がしている。

 

「全く……仲位ヴェルに上がる者のすることではないのぅ。年寄りを大事にせんかい」


 すごい。お年寄りとは一体……。先生はポイポイッと軽々二人を投げると、最後のひとりを大きく蹴り飛ばした。弧を描いて兄の氷柱牢獄の上に落ちると、大きな音を立てながら氷柱が粉々になった。

 

「……ぅうっ」

 

 氷と弟に潰された兄は呻き声をあげ、その間にも先生は少しだけ兄との距離を詰めた。

 

「観念せよ、美蛇江・こん。そなたの十年以上に及ぶ悪事は全て御上の知るところぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ