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水精演義  作者: 亞今井と模糊
十章 無理往生編
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368話 狂った計画

 手から水晶刀が抜けていることを自覚した途端、後方に吹き飛ばされた。どこで方向が変わったのか分からないけど、背後は泰山で……背中から岩肌に叩きつけられた。

 

 息が詰まる。

 

 打ち所が悪かったようだ。呼吸が勝手に浅く短くなっていた。

 

 立入禁止に気を付けてはいたけど、背中から入山することになるとは思わなかった。 内蔵が口から出てきそうだ。

 

 瞼の裏では光の洪水が収まらない。強い光に目をヤられたらしく、目を開いているのか閉じているのかよく分からない。

 

「逸、何をしているんです!」

 

 動けないでいると、免が逸を叱責していた。


「出来ないわ!」

 

 逸が免の命令を拒絶している。目を開けても辺りは白いままで、辛うじてぼんやりと人型が映っている程度だ。息を潜めて二人のやり取りを聞く。


「何を今更。精霊界の時を戻しても雲泥子ウンディーネは復活しない。嘘か本当か知りませんが、雫がそう言っていました。……ならば、雲泥子ウンディーネの理力に限定して時を戻す! そう言ったのは貴女でしょう」


 向こうは僕がどこにいるか分かっていないらしい。ペラペラと計画を喋っている。免にしては余裕のない話し方だ。

 

 養父上が言っていた通りだった。免は世界全体の時を戻すことを諦めたようだ。今の話だと、雲泥子ウンディーネの理力に直接はたらきかけることを選択したわけだ。

 

雲泥子ウンディーネの理力が輝光網シャインネットに掛からないのよ! 違う理力や魂ばかり集まってくるわ」

「雑魚の魂など放っておきなさい」

 

 若くて弱い精霊たちが犠牲になっている。魂が生んだ気流は収まる気配はなく、耳を横切る風の音が、弱小精霊たちの悲鳴に聞こえた。

 

 目はまだ霞んでいて、まぬがいつの区別がつかない。でもからだの痛みは引いてきた。腰に手を回して……何もないことに気づいた。

 

 水晶刀……落としたのだろうか。ベルさまに何て言おう。

  

雲泥子ウンディーネの理力だけ区別すれば良いのです。分からないのですか!」

「水晶刀の傷痕で確認したから区別は出来るわ。でも……」

「ここまできて、引き下がるわけにはいかない。雲泥子ウンディーネを連れて水の星へ戻る!」

 

 免と逸にも問題が生じているようだった。免の切羽詰まった声は異常だ。まるで時間に追われているみたいだ。

 

「早くしなさい! 泰山の口が閉じる前に。人間の魂もそんなに残っていない!」

 

 そうか。

 

 人間の魂から得た理力を使って泰山を開いているのか。そして雲泥子ウンディーネを連れて、そこから水の星へ渡る……恐らくそれは今、集まっている精霊の魂や理力を使って。

 

「あ、引っ掛かったわ! ………っ、あ」

 

 瞼から光の洪水が引いていった。少しチカチカするけど問題ではない。

 

 武器もなしに一人で二人の相手をするのは、かなり苦戦を強いられるだろう。でも幸いにも今の僕はひとりで合成理術を扱える。

 

 手を開閉して感触を確かめた。パチパチと青白い光が指先で踊っている。タイミングを見て飛び込むしかない。

 

「こ…………これは、ま、まさか」

おとうとを握りつぶされたいのか!? 早くしろ!」

 

 岩陰から身を乗り出した途端、いつが吹き飛んだ。しかも僕のすぐ近くに飛ばされてきた。免の視線に触れないよう、慌てて身を隠した。

 

「今度は何だ!」

 

 免がイライラしている。今までで一番ひどい荒れ方だ。思い通りに進まないことで、いつもの冷静さを欠いていた。

 

 すぐ近くでいつが呻いたとき、ピタッと気流が止まった。

 

 いつが理術を続けられなくなったせいなのか、と思ったけど様子が少し違っていた。気流を作っていた魂が急に引き返し始めた。

 

 免に引き寄せられていた精霊の魂がそれぞれの場所へ戻っていく。本体であるからだが無事ならば、復活できるだろう。

 

 夜空を覆っていた光の海も徐々に溶けていく。明るすぎて見えなかった星の輝きが、空に戻ってきた。

 

いつ、何をしている!」

「ぅ…………水……王」

 

 いつの呻きが気になった。

 今、水理王と言わなかったか?

 

 免がこちらへ近づいてきた。岩から顔を出すと、逸の頭に足を乗せようとしていた。

 

「っ……そっソルティ分濃度ディファレンスパワー発電ジェネレィション

 

 相変わらず長い理術名だと、どうでも良いことを考えながら免に合成理術を放った。

 

 咄嗟に放った理術だったけど、免にとっても不意打ちだったらしい。本当に免かと疑いたくなるほど、目を見開いていた。


 免に電撃を与えた。免はただ耐えている。悲鳴の代わりに煙が上がっていた。

 

 その隙にいつを引きずって免から離した。どうして僕が逸を助けているのか……僕にも分からなかった。

 

「雫……みずちの上でウロチョロしていると思ったら、ここにいましたか」

 

 帽子や服の灰色が濃くなったころ、免は口を開いた。まだ電撃の名残でパチッという音がしていた。

 

「私の分身・御柳木マヌカを倒したのでしょう。それで満足しないのですか?」


 免の質問に答えている余裕はなかった。自分の中から急速に塩分が抜けていくのを感じた。

 

 今の合成理術で先代さまの理力を使いきったのか?


雲泥子ウンディーネが……雲泥子ウンディーネが手に入らないなら精霊界ここに用などない。全部……全部潰してやる。潰してやりますよ」

 

 免は発狂寸前だ。いや、もうすでにおかしくなっているかもしれない。

 

 免は地をひと蹴りして頂上まで飛んでいった。雲を呼んで免のあとを追う。

 

「対戦闘機狙撃用・電荷イオン魚雷」

 

 免から中途半端な大きさの柱が放たれた。そんなに大きな物をどこに隠し持っていたのか。

 

 けれど大きい分、かわしやすい。難なく避けられた……と思ったら躱したはずの柱が引き返してまた僕を狙ってきた。

 

「っ!」

 

 避けても避けても追いかけてくる。次第に距離が詰まってきた。免は頂上に辿り着いていた。このままでは水の星へ渡ってしまう。

 

「『絶対氷結』!」

 

 振り返って柱と向き合った一瞬、理術を放って柱を凍らせた。柱は凍りついても動きを止めず、僕を泰山に突き落とした。

 

「ぐ……ふ……がはっ、か……はっ」

「爆発を止めましたか。でも抵抗するだけ無駄です。対人狙撃用・電磁脳撃銃」

 

 免から筒を向けられた。ひくが持っていたような筒だ。金属の弾が飛び出してくるに違いない。そう思って身構えた。

 

「……っう、ぁあぁああああぁぁあぁあ!!」

 

 痛い痛い痛い!

 頭が痛い。割れそうだ。目の奥が……頭の奥に激痛が走っている。今までに味わったことのない酷い痛みだ。

 

「対人用ですが、精霊にも有効ですね。このまま死んでください。貴方の魂を使って精霊界を滅ぼし、そのエネルギーで私は水の星へ帰ります」

 

 免が何か言っている。

 

 痛くて痛くて、気が付いたときには岩を引っ掻いていた。爪が割れて血が滲んでいるけど、指よりも頭が痛い。

 

 必死に顔をあげて免を見た。筒の先が僕に向けられたままだ。あれさえなければ、この痛みから解放される……はずだ。氷の粒で撃ち抜けば……。

 

「『氷……』」

 

 理術名が出てこない。

 

 思い出そうとする気力さえ、頭痛に奪われていく。

 

「『氷雹狙撃ヘイルバン』」

 

 自分のものではない声が理術を唱えた。免の持つ筒を氷粒が撃ち抜いていて、頭痛が徐々に緩和されていった。

 

 免の視線が僕から外れる。泰山の頂上付近から空へ向かって顔を真っ直ぐに上げている。

 

 頭痛が収まった割には頭がクラクラする。手をついてゆっくり頭を上げると、背中に親しい気配を感じた。

 

「あなたは……」

 

 呆然とした免の声が降ってくる。発狂した声でも冷静な声でもない。


「お初にお目にかかる。濡ヶ沼(ぬれがぬま)カオスどの。余は第三十三代水理王である」


 会いたい精霊ひと

 ……でも、ここでは会いたくなかった精霊ひとが雲の上に立っていた。

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