367話 養父の上から
眩い光が免の右腕に落ちた。それが魂の輝きだということがすぐに分かった。熟成された魂が理力に変換され、免の……いや、恐らく逸の力になっている。
まるで流れ星が免を狙って降ってきたようだった。光は落ちても尚、尾を引いて不規則な瞬きを繰り返し、免の右腕を光らせている。やがて光が収縮して……四方八方に放たれた。
精霊界に広がるように。
精霊界を包み込むように。
夜だということが信じられないほど明るかった。
竜宮城が揺れている。
地に足が着いていたら地震だと思っただろう。突き上げるような揺れに、横揺れ、縦揺れ、酔いそうだ。
「モニターを泰山頂上に切り替えるのだ!」
「養父上……」
養父上は雷伯に抱えられながら、大きな窓の外を見つめていた。養父上の言葉に従って窓の景色が切り替わった。
泰山の頂上が映っている。特に変化はないように見えるけど、養父上は何かの異常を感じ取っていた。
「水の星へ向かう気か……」
「養父上。僕、出ます! 免を止めてきます」
カタカタと鳴り続ける水晶刀を宥めるように締め直した。
「……うむ。大きな攻撃はしてはならぬ。大きな力がはたらけば、その力で免が水の星へ渡ることになる」
「分かりました!」
「雫、俺も行くぞ!」
養父上が雷伯を強く止めた。
「カズは行ってはならん。これは水太子の勤めなのだ! 何のために救援要請を出したと思っておる」
養父上のその声に先生の姿が重なった。
いつもの姿とは全く違う。養父上は冗談だか本気だか分からない行動を取ることがある。それを雷伯に止められている姿からは、同じ人物だとは想像しがたい。
「雫よ。よく聞くのだ」
「はい、養父上」
ガタガタと扉や壁が音を立てている。その音を聞いているだけで気持ちが昂っていた。養父上はそんな僕を落ち着かせようとしているようだった。
「免の企みで考えられる方法は二つあるのだ。ひとつは精霊界を理のない時まで戻すこと……」
それは想定済みだ。ただし、雲泥子は精霊界創造と時期を違わずに亡くなっている。精霊界の時を戻しても雲泥子は復活しない。免にもそう告げてある。
「もうひとつは……雲泥子のみ時を戻す方法なのだ」
「雲泥子のみ?」
養父上は雷伯に抱えられたまま頷いた。我輩も経験したことはないが……と前置きをして続けた。
「精霊は死ねば世界の理力に還元される。ということは世界の理力から雲泥子を取り戻すことも……免には可能かもしれないのだ」
僕のことを叔位に戻したように、雲泥子の時を戻すことも出来るということか。
「しかし実際可能かどうかは分からないのだ。何しろ誰も経験したことがない……」
「父上、魄失です!」
誰が言ったのか分からないくらい切羽詰まった声が響いた。顔をあげると、大窓の景色が泰山の頂上から空に切り替わっていた。
免から放たれた光の筋を通るように魄失が群れをなして、こちらに向かってくる。
「異常発生。セキュリティシステムが無効化されました。代替措置として防御展開を推奨します」
竜宮城の周りを覆っていた積乱雲が魂の気流によって、かき消された。竜宮城は丸裸だ。これだけ強い気流だと雲を飛ばすのは難しいかもしれない。
「迎撃せよ。攻撃指揮権はカズに与える。霓は防御に当たれ。我輩は淼さまを免の元まで送り届ける。他の者は進行を援護せよ! 良いな!」
高低大小様々な返事が短く揃った。雨伯の迅速な指示で体制が整った。
「養父上」
「手出しはしないのだ。送るだけである」
「ありがとうございます」
養父上に押され外へ出た。竜宮城にいつも降っている雨が上がっている。それだけで不気味だった。
空は夜特有の静けさを残しながら、免から放たれた光がまだ明るさを保っていた。頬を撫でる生緩い風は、感じたことのない生臭さを運んできた。魂がもたらす気流とは、あまり心地よいものではないらしい。
「出るぞ」
養父上は人型ではなく、蛟の姿になっていた。袖を引かれ、背に乗るよう促される。
首の付け根に跨がった。幸か不幸か雲がないのですぐに免の姿を捉えた。泰山を背に右腕を掲げたまま固まっている。そこだけ時が止まっているように見えた。
養父上急に向きを変えた。グンッと魄が引っ張られる。
「養父上っ!?」
「魄失なのだ!」
養父上の長い魄を狙って魄失が体当たりをしていた。いずれも一体一体は強くない。養父上に体当たりして、消えてしまうほどだ。でも養父上からすれば鬱陶しいはずだ。
「養父上、氷風雪乱射で道を開きます。そこを……」
「駄目である」
養父上の頭の上から提案をすると、すぐに断られた。
「こやつら皆、人間ではない。精霊なのだ。恐らく免の放った光にあてられただけである。免はすでに時を戻し始めておる。弱くて若い精霊から、腐った魂に引きずられているのだ」
養父上から怒りを感じた。熟成された魂を腐った魂と言い放った。
「『乱射反撃雨霰』」
「『総流豪雨』」
「『幻覚朧虹』」
複数の理術が一度に展開された。竜宮城からの援護だ。豪雨、雹、そして、ぼんやりとした薄い雲。そこに光が入り込んでうっすらと七色の光を描いている。
突然の気象変化に若い魄失たちは戸惑っている。その隙に養父上が振り切った。
「行くのだ、息子よ。免を叩いてくるのだ」
「はい!」
養父上の首に立って、水晶刀を抜いた。水晶刀は早くも免に狙いをつけている。
免も僕たちの存在に気づいているはずだ。悠長に構えてはいられない。
養父上から飛び降りた。重力だけではなく、水晶刀に引っ張られている。
前に進もうとする水晶刀を制御する。強引に力を込めて水晶刀を振り上げた。一撃で仕留めなければ。
「免ぁーーーー!」
しっかりとした手応えを感じた。それと同時に、辺り一面がカッと白い光に包まれた。
免がどうなったのか分からない。
ただ手からは……水晶刀の感触が消えていた。




