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水精演義  作者: 亞今井と模糊
十章 無理往生編
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367話 養父の上から

 眩い光が免の右腕に落ちた。それが魂の輝きだということがすぐに分かった。熟成された魂が理力に変換され、まぬがの……いや、恐らくいつの力になっている。

 

 まるで流れ星が免を狙って降ってきたようだった。光は落ちても尚、尾を引いて不規則なまたたきを繰り返し、免の右腕を光らせている。やがて光が収縮して……四方八方に放たれた。

 

 精霊界に広がるように。

 精霊界を包み込むように。

 夜だということが信じられないほど明るかった。


 竜宮城が揺れている。

 

 地に足が着いていたら地震だと思っただろう。突き上げるような揺れに、横揺れ、縦揺れ、酔いそうだ。


「モニターを泰山頂上に切り替えるのだ!」

「養父上……」

 

 養父上は雷伯に抱えられながら、大きな窓の外を見つめていた。養父上の言葉に従って窓の景色が切り替わった。

 

 泰山の頂上が映っている。特に変化はないように見えるけど、養父上は何かの異常を感じ取っていた。


「水の星へ向かう気か……」

「養父上。僕、出ます! 免を止めてきます」

 

 カタカタと鳴り続ける水晶刀を宥めるように締め直した。 


「……うむ。大きな攻撃はしてはならぬ。大きなエネルギーがはたらけば、その力で免が水の星へ渡ることになる」 

「分かりました!」

「雫、俺も行くぞ!」

 

 養父上が雷伯を強く止めた。

 

「カズは行ってはならん。これは水太子の勤めなのだ! 何のために救援要請を出したと思っておる」

 

 養父上のその声に先生の姿が重なった。

 

 いつもの姿とは全く違う。養父上は冗談だか本気だか分からない行動を取ることがある。それを雷伯に止められている姿からは、同じ人物だとは想像しがたい。

 

「雫よ。よく聞くのだ」

「はい、養父上」

 

 ガタガタと扉や壁が音を立てている。その音を聞いているだけで気持ちが昂っていた。養父上はそんな僕を落ち着かせようとしているようだった。


「免の企みで考えられる方法は二つあるのだ。ひとつは精霊界をルールのない時まで戻すこと……」


 それは想定済みだ。ただし、雲泥子ウンディーネは精霊界創造と時期を違わずに亡くなっている。精霊界の時を戻しても雲泥子ウンディーネは復活しない。免にもそう告げてある。

 

「もうひとつは……雲泥子ウンディーネのみ時を戻す方法なのだ」

雲泥子ウンディーネのみ?」

 

 養父上は雷伯に抱えられたまま頷いた。我輩も経験したことはないが……と前置きをして続けた。

 

「精霊は死ねば世界の理力に還元される。ということは世界の理力から雲泥子ウンディーネを取り戻すことも……免には可能かもしれないのだ」

 

 僕のことを叔位カールに戻したように、雲泥子の時を戻すことも出来るということか。


「しかし実際可能かどうかは分からないのだ。何しろ誰も経験したことがない……」

「父上、魄失はくなしです!」 

 

 誰が言ったのか分からないくらい切羽詰まった声が響いた。顔をあげると、大窓の景色が泰山の頂上から空に切り替わっていた。


 免から放たれた光の筋を通るように魄失はくなしが群れをなして、こちらに向かってくる。


「異常発生。セキュリティシステムが無効化されました。代替措置として防御シールド展開を推奨します」

 

 竜宮城の周りを覆っていた積乱雲が魂の気流によって、かき消された。竜宮城は丸裸だ。これだけ強い気流だと雲を飛ばすのは難しいかもしれない。


「迎撃せよ。攻撃指揮権はカズに与える。げつは防御に当たれ。我輩は淼さまを免の元まで送り届ける。他の者は進行を援護せよ! 良いな!」


 高低大小様々な返事が短く揃った。雨伯の迅速な指示で体制が整った。

 

「養父上」

「手出しはしないのだ。送るだけである」

「ありがとうございます」

 

 養父上に押され外へ出た。竜宮城にいつも降っている雨が上がっている。それだけで不気味だった。

 

 空は夜特有の静けさを残しながら、免から放たれた光がまだ明るさを保っていた。頬を撫でる生緩い風は、感じたことのない生臭さを運んできた。魂がもたらす気流とは、あまり心地よいものではないらしい。

 

「出るぞ」

 

 養父上は人型ではなく、みずちの姿になっていた。袖を引かれ、背に乗るよう促される。


 首の付け根に跨がった。幸か不幸か雲がないのですぐに免の姿を捉えた。泰山を背に右腕を掲げたまま固まっている。そこだけ時が止まっているように見えた。

 

 養父上急に向きを変えた。グンッとからだが引っ張られる。

 

「養父上っ!?」

魄失はくなしなのだ!」

 

 養父上の長いからだを狙って魄失が体当たりをしていた。いずれも一体一体は強くない。養父上に体当たりして、消えてしまうほどだ。でも養父上からすれば鬱陶しいはずだ。

 

「養父上、氷風雪乱射ブリザードで道を開きます。そこを……」

「駄目である」

 

 養父上の頭の上から提案をすると、すぐに断られた。

 

「こやつら皆、人間ではない。精霊なのだ。恐らく免の放った光にあてられただけである。免はすでに時を戻し始めておる。弱くて若い精霊から、腐った魂に引きずられているのだ」

 

 養父上から怒りを感じた。熟成された魂を腐った魂と言い放った。


「『乱射らんしゃ反撃はんげき雨霰あめあられ』」

「『総流豪雨スコール』」

「『幻覚朧虹おぼろカラー』」

 

 複数の理術が一度に展開された。竜宮城からの援護だ。豪雨、雹、そして、ぼんやりとした薄い雲。そこに光が入り込んでうっすらと七色の光を描いている。

 

 突然の気象変化に若い魄失はくなしたちは戸惑っている。その隙に養父上が振り切った。

 

くのだ、息子しずくよ。免を叩いてくるのだ」

「はい!」

 

 養父上の首に立って、水晶刀を抜いた。水晶刀は早くも免に狙いをつけている。

 

 免も僕たちの存在に気づいているはずだ。悠長に構えてはいられない。

 

 養父上から飛び降りた。重力だけではなく、水晶刀に引っ張られている。

 

 前に進もうとする水晶刀を制御する。強引に力を込めて水晶刀を振り上げた。一撃で仕留めなければ。


「免ぁーーーー!」

 

 しっかりとした手応えを感じた。それと同時に、辺り一面がカッと白い光に包まれた。

 

 免がどうなったのか分からない。

 

 ただ手からは……水晶刀の感触が消えていた。

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