362話 単独の合成理術
「ぎぎぎぎぎ垚! 動けるならこれをお願いします!」
「急に精霊使いが荒いわね。まぁ良いわ。これは……はーん、成長させろって言うわけね」
「おおおおおお願いします」
桀さんは担いだ垚さんに袋を渡した。かなり雑な渡し方だったけど、垚さんはすぐに袋の口を開けて中を確かめていた。
サリサリと擦れる音がする。成長させろと言っているから、種でも入っているのだろう。用途は不明だ。攻撃に使うのだろうか。それとも防御か。
勿論、桀さんも植物を急成長させられる。けど、三人乗りの葉を操縦しながらよりは、垚さんに託した方が確実だ。
「えええええ焱、上昇します!」
「おぅ!」
暗に掴まれと言いながら、巨大な葉があり得ないくらい反り返って急上昇した。振り落とされそうだ。
「淼、私たちも」
「はい! 掴まってください!」
鑫さんが僕の腰の紐を掴むのを確認して、僕も上昇した。免は垚さんの混凝土の壁に阻まれ、まだそこから動けないでいた。
「鑫さん、行きます!」
「良いわ!」
水球を免に打ち込んだ。それを塩基性の金属が追う。免が顔を上げたときには、中規模の爆発が起こった。
「焱さん!」
焱さんに声をかけたときには、すでに準備は整っていた。
桀さんの手には、垚さんが急成長させたであろう鳳仙花が握られていた。花は咲き終わり、パンパンに膨らんだ種が、弾けるのを待っているかのようだ。
「行くぞ、桀!」
「合点!」
「「『火種散弾銃』!」」
鳳仙花が種を飛ばすために弾けた。そのひとつひとつに火が灯っている。
既に金属と水による爆発は収まっている。でもそれによって発生した水素があたりに充満している。水素で満たされた場に、火の点いた種が放たれた。
焱さんは免の真上を狙った。水素は軽いからすぐに上昇する。それを見越しての攻撃だ。
爆発に巻き込まれないように気を付けながら免の様子を眺める。
今のところ耐えてはいる。でも無傷ではなさそうだ。最初の爆発で皮膚が捲れていた。更にいくつかの鳳仙花の種が皮膚を突き破っている。
トドメをささないと、また同じことの繰り返しだ。
「落雷でもありそうね」
僕の背中で鑫さんが呟いた。
度重なる爆発で積乱雲のこどもが発生していた。
「……雷」
雷と聞いて真っ先に浮かんだのは義兄の顔だ。でも次に思い出したベルさまの言葉に義兄の顔は頭から出ていった。
ーー理力をほとんど感じ取れなかったそうだけど、微かに雷に似た力を感じたらしい。
黒い人型についての情報を整理していたときの話だ。
雷に似た力とベルさまは言っていた。
胸に手を当ててみる。自分の中にある何かに意識を集中させた。
種が爆ぜる音も焱さんが弓を引いている光景も全部無視した。鑫さんに肩を叩かれた気がするけど気のせいだ。
先程から自分の中に燻っている力が雷に近いものだと気づいた。
頭で、魂で、魄で……感じ取る。
「電……電力?」
電という言葉が勝手に浮かんだ。電が何なのか、理解しきれていない。でも自分が持つ力を自覚した瞬間、沸々と腹の底から電力が沸き上がってきた。
「淼、大丈夫なの? しっかりして」
鑫さんが心配している。
鑫さんが危ないと本能で感じ取った。このまま僕の側にいると、電力を受けて火傷をする。
かといって突き飛ばすわけにもいかず、鑫さんを桀さんの葉の上に落とした。
「キャア!」
「雫! 何やってんだ!」
焱さんは免に矢を放っていたところを邪魔されてご立腹だ。焱さんだけでなく、葉に乗っていた他の太子全員に睨まれた。
学んだことのない理術が魄の中で勝手に展開されていく。両手の指がムズムズしてきた。電力が逃げ場を求めて魄の末端へ移動している。
「桀さん! お願い、避けてっ!」
良く分からないまま指先から青白い光が放たれた。時々黄色味を帯びた光も混ざっている。
勝手に指を動かされている気分だ。電力に魄が引っ張られている気がする。宙で腕を伸ばして、桀さん達が乗る葉に当たらないようにするのが精一杯だ。
魄の左半分にたまっていた海水。
元々の本体である泉の水、つまり淡水。
圧倒的に異なるのが塩分だ。その濃度の差に生まれた隙間を通って、電の力が発生している。更に細かく読み取ると、電力の元は一つ一つの小さな粒が動いている力だ。
そんなことを冷静に分析する余裕はあるのに、自分から放たれる電力を制御することが出来ない。
「淼、何やってるの!?」
「淼! 狙うなら下を狙いなさいよ!」
垚さんと鑫さんの声がハモった。
真下には混凝土。
その中心に免の姿を捉えた。
灰色の瞳と視線がぶつかる。
その瞬間、頭の中に理術名と詠唱が湧き出てきた。今なら制御できると確信した。
免から目を離さないまま人差し指を向けた。
「水粒よ 命じる者は 水太子 膜通過せよ 差を利用せん……塩水・淡水合成理術! 『塩分濃度差発電』!」
青白い光が指先に集中し、太い筋になって免を貫いた。長い名称をよく噛まずに言えたものだ。
貫通直後に免から炎が上がった。免は悲鳴もあげずに灰色を濃くしていった。炎の中で次第に黒くなっていく。
「すげぇぞ、雫!」
「たたたたたたたたたたみかけますか?」
「あたしのこと下ろしなさいよ」
炎が収まる頃に、四太子の乗る葉が下りていった。僕も後を追って下りる。
焱さんと桀さんが免に近づいて、そっと体に触れた。触れたところからサラサラと細かい灰がこぼれていく。二人で顔を合わせて頷いていた。
免を倒した。
「すごいわ、淼。独りで合成理術を使うなんて」
単独合成理術……それってありなのか?
僕の指はまだパチパチと弱い音が鳴っていた。




