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水精演義  作者: 亞今井と模糊
十章 無理往生編
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352話 墓地で

 ザァッと不自然な風が吹いた。それでブリザードが全て散ったことを感じた。いつもよりも消失が速い。でも灰色の不快な雲を払ってくれた、それだけで十分な働きだ。

 

「良い城だな」


 城と言うからには、何かしらの建造物があるのだろうけど、今のところそれらしいものはない。あるのは灰色の角ばった石柱だけ。

 

 稀に茶や黒に近い石柱もある。更にところどころに平べったい石碑もあり、統一感がありそうで実は個性がある。

 

 免の居城らしいと言えばらしい。らしくないといえばらしくない。


「なるほど、雫はこういう場所が好みでしたか。知りませんでした。もし良ければ、ひと部屋ご用意しますよ?」

 

 僕に言われた嫌味に対して、挑発的な言葉で応戦してきた。分かりきった挑発に乗るつもりはない。でも誘いに応じたフリをして、一発の水球を投げつけた。

 

 当然ながら、免に理術は効かない。水球は免の胸辺りをスッと通り抜けた。直後にバシャンッと音がして、石柱のひとつを濡らした。

 

 最初に覚えた初級理術だ。例え、免に理術が効いたとしても、大したダメージは与えられなかったに違いない。

 

「ふふ」

「何がおかしい」

「成長したな、と思いましてね。あんなに弱々しかった一滴ひとしずくに、まさかここまで邪魔をされるとは思いませんでした」


 玉鋼に指を這わせた。

 地をひと蹴りし、距離を詰める。

 

 大きな動きで斬りかかると、当然ながら免はフッと逃げてしまう。目的物を失った剣は、勢いをそのままに、地に転がる黒い物体を荒らした。バラバラになった黒い人型が、更に細かくなってしまった。

 

 大きく飛んだ一本の腕を免が受け止めた。免は少し離れたところで、平べったい石碑の上に乗っていた。

 

「月代で会ったときに始末しておくべきでした。少し成長してから取り込もうと思っていたのが間違いでした」

「それは残念だったな」

「えぇ、本当におしいことをしました。食べ頃を逃した洋梨といったところですかね」 

 

 免が黒い腕をプラプラと弄んでいるのを見て少し閃いた。切り落とした氷柱で黒い人型を倒したのだから、同じように理術を用いた物理攻撃を仕掛ければ良い。

 

 免の位置と距離をはかる。免の動きに警戒しつつ、速度と角度も計算する。勿論、頭の中だけで正確な計算は出来ないから概算だ。

 

「……『氷球アイスボール』」

 

 水球に次ぐ、初級中の初級理術。

 強い敵との戦いには相応しくない。

 

 免ですら不思議そうな顔をしている。


「どうしました? 私に理術が効かないことはご存じでしょう? その理力、貰ってしまいますよ?」

 

 握りやすい大きさに作った氷球を、免……ではなく、狙いをつけておいた石柱に投げつけた。

 

 氷球は僕の予想通りに跳ね返り、免の帽子を掠めた。免が直前で避けなければ、頭に当たっていただろう。惜しかった。

 

 こんなところで数学術と物理学が役に立った。先生が理術に限らず様々な分野を教えてくれたから。

 

 ……あらゆることを教えてくれた先生に、改めて感謝だ。先生は、まさかここまで予想していたのだろうか。今となっては確認するすべがない。

 

「なるほど物理攻撃……地味でイライラしますね」


 免は帽子を直しなから、鬱陶しいと言わんばかりの顔をしていた。自分が氷球をぶつけられるとは思わなかったのかもしれない。


「理術を使っても物理攻撃は出来る。このお仲間に教えてもらった」

 

 黒い元人型を足で転がした。仲間というよりは配下なのだろうけど、そんなことはどうでも良い。

 

「お前も月代でそうだった」

「あぁそんなこともありましたね。確か、火太子が矢で石を放ってきました」


 免は少しだけ懐かしむような目をした。でもすぐに僕を見下ろして、煽ってきた。

 

「理術を放っても良いのですよ?」

「その分、お前に理力を渡すだけだろ?」

 

 免の乗った石柱に斬りかかった。切れ味抜群の玉鋼之剣は石でも容赦なく切っていく。石柱は真っ二つになり、乗っていた免は別の石柱へ飛び移った。

 

 僕の左後ろから、免の着地する音がした。


「それは違います。貴方の攻撃が理術がどうか判断するのは、受けとる側。つまり私。この私が理術かどうかなんて考える余裕もないくらい激しい攻撃なら、理術も通用するのですよ」

 

 玉鋼を反転させて、振り向き様に免の足を狙った。しかし免はもうそこにはおらず、僕の頭の上を飛び越えていった。動かずに免の動きを目で追う。免は少し離れた石柱に着地した。


「吸収できないほどの強力な理術ならば、確実に私を傷つけられますよ」

 

 激しい攻撃。強力な理術。そう言われても微妙だ。免の話が本当だとしても、僕が強力だと思っている理術が、免にとってはそうではないかもしれない。

 

「やってみろって言うのか?」

「やってみたらどうです?」

 

 挑発には乗らない。そう返事をする代わりに、玉鋼を握り直した。

 

 雲を足場に組んで駆け上がり、高さを稼いだ。高い位置から免の位置を確認して、飛び降りる。

 

 氷球を三つ、隣の石に向かって放つ。跳ね返って、免の足や腕を狙った。免はうまく躱していたけど、重心を崩すのには成功した。

 

 やや傾いた免の帽子を目掛けて、玉鋼を振り下ろす。

 

 ガチンッ!

 

 ……と鈍い音がして、手応えを感じた。

 

「危なかった。指に防刃処理をしておいて正解でした」

「……っ!」

 

 玉鋼は免の指に捕らえられていた。

 

 信じられない出来事に、自分でも動揺しているのが分かった。

 

 引き抜こうと力いっぱい玉鋼を引っ張った。けれど二本の指にしっかり掴まれていて引き離すことができない。

 

 それならばと、捕まれた剣を引っ張りつつ体重を乗せて、免の足を払った。免は狭い石柱の上でバランスを崩し、そのまま頭から落下した。

 

 玉鋼が引っ張られて、僕もつられて石から落ちることにはなった。けど、免のように頭から落ちることはなかった。

 

 今まで乗っていた石柱を思い切り蹴って、免を目掛けて倒した。

 

 免はこれくらいすぐに避ける。玉鋼を放してくれれば良いと思ったのに、残念ながら執念深くまだ掴んでいる。

 

「あまり墓石を壊さないでいただきたいですね。この下に無数の人間の魂が蓄えてあるのですから」

「何?」

 

 この石柱が全て墓石?

 

 墓といえば知っているのは、貴燈きたいの墓石だけだ。メルトさんの兄・フューズさんの墓石はもっと自然なもので……言ってしまえば、ただ周りよりもちょっと盛り上がっている岩だった。

 

 この無機質で造成された石柱が墓石だと、言われてもピンと来ない。

  

 この下に人間の魂があるとしたら、一体どれだけ溜め込んでいるのか。

 

 思わず足元を見てしまった。その一瞬の隙を狙われ……

 

 玉鋼を折られた。

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