346話 兵馬俑と木乃伊
暮さんの前にドンッと三体の兵馬俑が置かれた。
「三体もいれば時間稼ぎになるやろ? 数作れない分、一体を頑丈にしといたで」
「感謝、ありがとう」
立派な兵馬俑だ。武装した人型の精霊にしか見えない。額まで覆う兜から手甲、脚絆に至るまで、精巧な作りだ。土色でなければ、金属で出来ているように見える。
一体を長い槍、一体は大振りの斧、一体は長い縄を持っている。鞭か何かだろうか。
風に揺れる髪の毛まで精巧な作りだ。とても土を捏ねて作ったとは思えない。土師の実力を見た気がする。
ただ、間近でよく観察すると瞳がない。目を見たときギョッとしてしまった。
これが日常の平和維持ではなく、枯れるための時間稼ぎに使われるというのが切ないところだ。
「よっこいせ」
暮さんは流暢な掛け声で三体の兵馬俑を担ぎ上げた。力持ちだ。
「何すんねん!」
「運ぶ、早速」
「ついてこい言えばええねん!」
「あぁ、そう」
暮さんは素っ気ない返事をすると、兵馬俑を下ろした。試しについてくるよう命じると、兵馬俑は面白いように暮さんの後をついて回った。
それを眺めながら、ふと疑問に思ったことがある。
「兵馬俑って誰の命令でもきくわけじゃないよね?」
「勿論ちゃいます」
阪くんは兵馬俑を目で追いながら、出来具合を確認しているようだった。
「兵馬俑、整列!」
阪くんが一声かけると兵馬俑は一斉に戻ってきた。更に阪くんの前に縦に等間隔で並んでいる。
「こんな感じです。最優先される命令は勿論、土理王です。その次に権利があるのは、創造主である土師です」
「なら良いけど、兵馬俑を敵に奪われたり……しないよね?」
作りたての兵馬俑が暮さんの命令を聞いているのを見て、心配になった。
「それはないです。土師が指定した者でないと、命令は聞きません」
急に兵馬俑がいなくなって、暮さんは置いてきぼりをくらっていた。
その様子を見る限りでは、指定された者でも土理王さまや土師の命令が優先される。
「そういえば、垚さんにも指揮権を渡したって言ってたね」
「そうです。太子でも例外ではないです」
なかなか厳しそうだ。理がしっかりしている。
「土師……」
暮さんが恨みがましい視線を阪くんに向ける。尤も全身布に覆われていて、目がどこにあるのか分からないけど……。
目がどこにあるか分からないなんて、漣先生みたいだ。思わず小さく笑ってしまった。
「水太子、笑う、ひどい」
「ごめん、ごめん。笑ってる場合じゃないよね」
暮さんにじろりと睨まれた……気がした。
「暮さん。木精の方々は今から苦しい思いをするんだよね? あまり辛くないことを祈ってるよ」
「ありがと」
暮さんは改めて、阪くんから兵馬俑を渡されて、それを影の中へしまいこんだ。
「送った、結界、間に合う」
良かった。結界が破られる前に兵馬俑を配置できたらしい。王館の影になっている部分に直送したのだろう。
「帰る、木の王館、さようなら」
「あ、ちょっ、ちょっと待って」
帰ろうとする暮さんを引き留める。
「木理王さまはどうしてる?」
木精の方々は一時眠りにつくとして、木理王さまはそうはいかない。理王がいなくなれば王館が崩れてしまう。
「木理王、玉座、留まる」
「木理皇上は逃げないんか?」
そこの事情を阪くんはまだ知らないらしい。
「木理王、死んでも、動かない」
死んでも動かない、という言葉がグッとのし掛かってきた。木理王さまなら、 本当にそうするだろう。
太子時代から、僕が知っている唯一の理王だ。だから、その芯の強さはよく分かる。先代木理王さまを救うために、自分の理力を分け、名まで削った方だ。
両親を失い、川に流され、傷つけられても、気合いと根性で高位に……理王に昇った。そんな強さを持っている方だ。理力を渡せと言われて、屈するはずがない。
剣で刺されても、槍で突かれても、玉座から動かない。そんな姿が容易に創造できてしまった。
「桀さんは?」
「新井さん?」
誰それ。
「木太子の森さんだよ」
「森は、玉座の下、待機」
何に対しての待機か。
戦闘への待機ではない。木理王さまが倒されたときに備えての待機だ。理王の座を空けないために……。
「太子が戦わへんのか? 腰抜けなん?」
「桀さんは腰抜けじゃない」
今のは明らかに阪くんの失言だ。さっきといい、今度といい、思ったことを率直に言いすぎる傾向がある。
阪くんはオロオロしながら謝罪の言葉を口にした。良くも悪くも素直だ。
「売れない石を備える、準備」
「「は?」」
たった一文字の発音が、阪くんと見事にハモった。
「暮さん。それはもしかして『備えあれば憂いなし』じゃないかな」
「そー」
ちょっと今のは分かりにくかった。
「旧理王、開ける、新理王も、開ける」
玉座の下へ通じる扉は、理王でないと開けられない。それを利用して、木理王さまは地下で桀さんを守っている。
無事に免たちを倒せば、木理王さま自身が開けて桀さんと再会できる。
もし……考えたくはないけど、木理王さまが倒れたら。その時は新しく木理王になった桀さんが自分で開けて出てくる。そういう仕組みだ。
木の王館では、常に次のことを考えている。今の問題を処理は出来なくても、出来る範囲で乗り越え、次に繋ごうとしている。
それはそれでとても大切なことだ。ひとつの選択でもある。正しいかどうかは、未来になってみないと分からない。
実際のところは、備えがあっても憂いはある。
「木理皇上と森さまは分かったけど、木乃伊はどないすんねん?」
阪くんが暮さんに尋ねる。暮さんはもうすでに魄を半分くらい、影の中に沈めていた。木の王館へ戻るつもりなのだろう。
「暮さんも皆さんと一緒にいくの? それとも桀さんか金字塔のところに……」
「やっと見つけたわ」
暮さんに話し掛けている最中、割って入ってきた気配があった。
ゆっくりと目の前に降りてきたので、振り向く必要はなかった。長いスリットの入った黒いドレス。肩がむき出しで相変わらず寒そうだ。
「逸……」
久しぶりに見るその姿は、全くと言って良いほど変わっていない。
「帰りましょう、晩」
整った顔の中に、泣きそうなほどの嬉しさが混じっている。




