345話 土師への説教
工房に案内してもらうと、新人土師の阪くんが粘土を捏ねていた。
僕が来たことに気づくと、わざわざ手を止めて挨拶に来てくれた。
「そのまま続けて。ごめんね、邪魔しちゃって」
「いや、淼さま。落ち着いたら、お礼に伺わな思っとったんです!」
「お礼って?」
阪くんに会うのはこれで二度目だ。そんなに感謝されることをした覚えはない。
「これ、これ見て! 兵馬俑やで! 淼さまのおかげで兵馬俑を作れたんや……です!」
「な、何の話?」
阪くんは僕の手を取って、ブンブンと上下に勢い良く振った。正直に言って、肩が痛い。
「試作した埴輪達は水の理力が強かったさかい、土の配合を多くしてみたら、なんやかんやで兵馬俑が生まれたんです!」
なんやかんやとは……?
「先代の坟が残しとったレシピが良かったのもあったけど、今回は淼さまのおかげや。感謝してますー」
「いや、役に立ったなら良かったけど……」
「役に立つもなにも……そうや。見れば良いんや!来て下さい!」
阪くんは興奮気味に僕の手を取って、階段を上っていった。螺旋状になった階段は階数が分かりにくい。屋上まで連れていかれて、三階に相当することが初めて分かった。
「あれです。渾身の兵馬俑!」
阪くんが指差した先は土埃でほとんど見えない。阪くんは目をキラキラさせて僕の反応を待っている。
「ごめん。土埃が舞ってて見えないんだけど」
「え」
「阪くんには見えるの?」
「土精に土埃は空気みたいなもんやから、よぉ見えるんやけど……そっか。見えへんのか」
とてもショックを受けた顔をしている。申し訳ないことをした気分になる。言葉に詰まる。
その微妙な間を、ドンッ! という衝撃音が静寂を遮った。
「垚さんは? どこにいるの?」
「あぁ、おと……父はちょっとあそこ……えーっと、ここから見ると左ですね。兵馬俑の指揮権を父に託してるので、バラバラになった兵馬俑を再結成して前面に……ほらっ! あそこ!」
そう言われて指差す方向を見たけど、何も分からなかった。
「垚さんは誰と戦ってるの? 免?」
「いや、確か強行者の搀? とか名乗ってたような?」
「搀か……」
加重力装置での攻撃をしてくるはずだ。でもどうだろう。あの土の舞い方は重力の影響を受けていないように見える。
「父が言うには、なんや聞こえない音を出して、物体を破壊してくるらしいんです」
「音?」
阪くんは首を小刻みに振った。聞こえないのに何で音だと分かるのか。
「最初はそれで結界が危なかったんやけど、兵馬俑を送り込んで、凌いでるんです」
「それで防げるの?」
土理王さまは、防御に力を入れると言っていた。一度、侵入を許している以上、同じ失敗はしたくないだろう。
「埴輪達だと全く効果がなかったんやけど、兵馬俑が前面に立てば、ほとんど壊れるけど結界は守れる……みたいな?」
兵馬俑は破壊されることを前提に出撃しているわけか。それも寂しいというかやるせない。作成者の阪くんはそれで良いのか。
坟さんは埴輪達が傷つられると、とても怒っ…………いや、よそう。坟さんと阪くんを比べるのは良くない。
それに今は戦闘の真っ最中だ。比較するのはおかしい。
「兵馬俑が壁になってるのは分かったけど、それってどれくらい耐えられるの?」
「正直、経験がないんで何とも……兵馬俑自体は壊れても勝手に戻るんですけど、隊の構成は……父の理力が持つ限りは、て感じでしょうか」
兵馬俑を指揮するために、どれくらいの理力を消費するのか。検討もつかない。分かったところで、僕の理力量と垚さんの理力量は違う。測ることはできない。
「まぁ、父は兵馬俑を指揮した経験があるさかい、何とかなるんちゃいますか」
阪くんが明るく答える。
『兵馬俑を指揮した経験がある』ということは、『流没闘争を経験した』ということだ。それは決して喜ばしいことではない。
「父は普段チャラチャラしてるさかい、こういう時に活躍せな示しがつかないんとちゃいます?」
「そういうことは、言わない方が良いよ」
突然の僕の説教に阪くんは驚いていた。そんなことを言われるとは思わなかったのだろう。
僕も阪くんと同じように流没闘争を経験していない。僕が阪くんに何か言える立場ではない。でも、必死で戦っている父のことを、そんな風に……こき下ろすような言葉で軽く言ってはいけない。
「垚さんは、土の王館の皆を守るために戦ってるんだ。バカにしたら駄目だよ」
「そんなバカにしたつもりは……」
阪くんがオドオドし始めた。
僕の想像だけど、垚さんは以前にも増して必死に戦っているはずだ。
阪くんが王館にいるから。
阪くんがいなくても垚さんは手を抜かない。でも大事な息子が背後にいると思うと……垚さんの気持ちは容易に想像できた。
この時々聞こえてくるドンッという音は、兵馬俑が壁になって、破壊されているからに違いない。その度に垚さんが隊を整えているわけだ。
「……すんまへん。兵馬俑作ったのは自分やって、ちょっと調子に乗ってました……」
阪くんは素直に反省の言葉を口にした。
就任してすぐに兵馬俑を作れたという自信が、裏目に出てしまったわけか。
「僕に謝らないで。垚さんが帰ってきたら精一杯労ってあげて」
「はい! そうします!」
しかし、そうは言ったものの、搀がこれ以上の攻撃を仕掛けてこないのが不思議だ。破壊しては再生を繰り返す兵馬俑。
それをただ壊すだけ。
前に進まないと分かっているのに、何故同じ行動を繰り返しているのか。
何か別の目的があるのか?
急に不安になってきた。
急いで水の王館に戻ろうとしたとき、足元の影が不規則に揺れた。
「見る、出来ない」
影から声がした。でも懐かしい気配に緊張感はなかった。
「木乃伊やないか」
「暮さん! お久しぶりです」
会うのは僕が催した宴会の時以来だ。木の王館にいるはずなのに、土の王館にいるなんて珍しい。
「木乃伊、何か用か?」
「木の王館、劣勢、救援、欲しい」
木理王さまは元々戦うつもりがなかった。種や枝を集めて、負けることを前提に復活の準備を進めていたくらいだ。
「暮さん。失礼だけど、木精の皆さんは復活を前提にしてなかった?」
「そう。でも理力、盗られる、ダメ」
それは確かに。さっき火の王館で火の理力が奪われた挙げ句、敵の手に渡っている。
免はいったいどのくらいの理力を集めるつもりなのだろう。
「自害、枯れる、時間、必要」
「そ、そっか。なるほど」
「え、全然分かんないんやけど、何が言いたいん?」
御役仲間とは言え、阪くんはまだ土師になって日が浅い。暮さんの片言では言いたいことが良く分からないらしい。
「木精は戦うことはしないって聞いてる? 復活することを前提に、枯れる準備をしているんだけど、そのための時間稼ぎをして欲しいんだって」
「はぁ……戦わないんか?」
戦わないという木精の選択を理解できていないようだ。
でも先ほど僕に小言を言われたのが効いたのか、それ以上は何も言わなかった。
「兵馬俑を派遣して欲しいんじゃないかな?」
「そー」
「なんだ。そういうことかいな。早よ言い」
任せろと言いながら、阪くんは下に下りていった。後を追って下りていくと、追い付いたときには既に土をこね始めていた。
「皆、謁見の間にいるみたいだったけど、今はどうしてる?」
「謁見の間、木理王と」
「そっか」
あれから変わりはないようだ。
「でも、落ちる」
ダメだった。もうあまり時間がない。火の王館ではなくて、木の王館に救援に行くべきだったか。
「木の王館は誰に攻められてるの?」
「女性、逸?」
「逸か……」
暮さんの顔に巻かれた布が崩れてきた。暮さんの目が僅かに揺れているのが見えた。
「……いつ?」
「どうしたの? 暮さん」
一点を見つめているけど、何も見てはいない。
「くれ……」
「出来たで! 連れてき!」
暮さんが我にかえった。崩れた布を自分で直す。瞳が見えなくなってしまった。




