327話 先代水理王の告白
「食べたって……どういうことです」
掴みかかりそうになるのをぐっと堪えた。
精霊を食べたなんて免と同じじゃないか。
いや、まだ免と決まったわけではないけど、精霊界に渡ってきた人間と同じだ。
『余を高位にするために、毎日食事に出されていた。それが一番効率よく理力を高められるって……』
「そんな……残酷な……」
『余だって知らなかった!』
こんなに大きな声が出るのかとビックリしてしまった。でも僕よりも声を出した本人の方が驚いている。
『毎日食べてた……魚も烏賊も蟹も魂が入ってたなんて……』
先代が顔を両手で覆ってしまった。
まだ僕も食事が必要だった頃、魚はよく食べていた。勿論、ベルさまにもお出ししていた。
でもそれは精霊ではなく、魂の入っていないただの魚だ。見分けは簡単につく。名前のない精霊だって、魂が入っているかどうかは目の前にすればすぐに分かる。
理力も記憶もない頃だって、間違って食べることはなかった。
「知らないでってことは、誰が食べさせたんですか?」
『みんな……』
両手の間から絞り出された声はくぐもっている上、範囲が広すぎる。
先代は顔をあげ、両手を膝の上に置いた。そうしていると小さい子みたいだ。
『一族みんな。余の世代で余が一番高位に近かったから、兄弟姉妹も、従兄弟も、再従兄弟も……全部、余が食べた』
吐き気がしてきた。理力を奪うとか集めるとかいうレベルの話ではない。
兄弟姉妹や従兄弟たちを食べる。人型のままではなさそうだけど、常人のすることではない。
ひとりを高位にするために自分の子や甥姪、孫を犠牲に出来るなんて、通常ではあり得ない。
『余が知ったのは、仲位になる直前だった。いつも一緒だった妹がいなくなって、どこにいったのかと……』
「もう良いです。もう……言わなくて良いですから」
軽々しく話を聞くなどと言ってしまったことを後悔した。思った以上に壮絶だ。
美蛇が高位になりたくて僕を襲ったり、他の弟妹に手を掛けたりしたことと似ている。あれは美蛇の単なる自己欲だけど、先代の方が常軌を逸している。
「どうして、そこまでして高位になりた……いや、させたかったんでしょう?」
『媛ヶ浦と一族を守るため』
珍しく即答だ。
『媛ヶ浦は弱ってた。海にも浜にも押され、消滅しそうだった』
媛ヶ浦が弱っていたのは先代がいなくなってからではなかったのか。視察に行った時に、土の理力に押されていたけど、先代の頃からすでに兆候はあったわけか。
『余は仲位になってすぐに王館に連れてこられた。もう話が進んでいてその日から先々代の侍従になった』
「それも貴方が知らない内にですか?」
『そう』
先々代というと漣先生みたいだけど、一世代のずれがある。今のは先々々代つまり三十代目の水理王のことだ。話がややこしい。
「でも結局、三十代目さまは貴方を見込んで太子に選んだんですよね」
『違う。最初から余を理王にするつもりだった』
「入ったときからですか?」
『余の一族と遠縁だった』
嫌な予感しかしない。
激の一族と同じことをしようとしていたわけだ。自分の一族を次代に据えるために不正を繰り返し、最終的に初代に認められなかった一族だ。確か九代目、十一代目……あたりだった気がするけど、思い出すのも腹立たしい。
「でも初代さまに認められたから太子になったんですよね。王太子の試練を越えたんでしょう?」
激の一族は確か試練を乗り越えられなくて、理王への道が絶たれたはずだ。
『それは……頼んだから』
「父う……初代さまに、太子にしてって頼んだんですか? それでも……」
父上が認めたなら、実力はあったということだ。僕の言葉を遮るように先代は首を振った。
『太子にしないでって頼んだのに……余には話を聞く力があるからって』
逆だった。
この方は理王になりたくなかったのか。
『余はギリギリ仲位に届いた弱い高位精霊だった。皆、分かってた。分かってたけど余が太子になった……なってしまった』
「…………」
先代はまた顔を伏せてしまった。
つまり、先代は低位で生まれたけど、高位になれる可能性があった。効率よく理力を高めるために、同族を食べていた。これは僕の推測だけど、身内が犠牲になったのは、恐らく理力の質が近いからだろう。
一族の思惑通り、先代は仲位に上り、王館勤めになった。そして本人の意思とは関係なく、周りの計画通りに王太子になった……というわけか。
父上、どうして止めてあげなかったんだろう。話を聞く力があるからといって本人の意思を無視するのはあんまりだ。
『立太子してから、何度も辞めたいと御上に言った。でも、もう手遅れだった』
「理に組み込まれたから……ですね」
僕の返しに先代が顔を上げた。お前も辞めたいのか、と言いたそうだ。
ベルさまの隣にいられるなら、辞めるつもりはない。でも僕も太子に任命されたときにベルさまから言われた。太子として世界の理に組み込まれると、嫌だと言っても辞められない。それこそ死すら許されない。
『初代さまに言われたから、よく他人の話を聞くようにした。そうしたら今度は意思がないと言われて……やっぱり辞めさせろって……』
父上の助言が裏目に出ている。この方がかわいそうになってきた。
『御上の息子が活躍して……太子の交代が起こると言われた……でも、御上が守ってくれた』
潟が担ぎ出されたときの話だ。
確かに。今まで身近な潟のことしか考えていなかったけど、漣先生は潟だけではなくて、先代も守ったことになるのか。
『御上が退位するとき、必死で止めた。余は御上みたいな理王になれない。だから思い止まって欲しいと言った。そうしたら御上が……何て言ったか分かる?』
初めて会話のボールを渡された。しかもちゃんと僕の目を見ている。少し僕に慣れて来てくれたのだろうか。
「心配ないって……仰ったんじゃないですか?」
漣先生ならそう言いそうだ。先代は小刻みに頷いて、僕から目を逸らした。
『……そう、言った。次の代は縁故で選ばない。しがらみがなくて、余を支えられる強い者を選ぶから、安心しろと仰った』
ベルさまだ。
聞くところによると、太子はそれまで側近や侍従から選ばれることが多かったらしい。それを漣先生は、王館勤めに限らず全高位に対象を広げたそうだ。
しかも、満百歳以上の者で、初級理術全般をマスターしており、更に上級理術を十種以上使えること……などなど、細かい条件があったらしい。ベルさまから聞いた話だけど、ベルさまも条件はよく覚えていないと言っていた。
その全ての条件を満たした者だけが王太子の選考会に呼ばれたらしい。逆に言えば、条件を満たす者は参加必須だ。
玄武伯は政から距離を取っていた。しかし、条件を満たした子が選考の対象になり、ベルさまにも声がかかったわけだ。ベルさまが参加する選考会なら、ベルさまが選ばれて当然だ。
『新しい淼は強かった……』
「そうですね」
ベルさまを淼さまと呼んでいたころが懐かしい。ベルさまの凛とした姿は十年前から何一つ変わっていない。
『余は……淼が恐かった』




