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水精演義  作者: 亞今井と模糊
十章 無理往生編
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321話 和解

 それから土理王さまに免のことを根掘り葉掘り聞かれた。それは良い。一度侵入されている以上、他の王館より警戒するのは当然だ。

 

 だからそれは良いのだけど、土理王さまは結局その後すぐに垚さんを呼び出した。後で二人でゆっくり話せば良いのに……という心の叫びは届かなかった。

 

 土理王さまは素直に自分の気持ちを垚さんに伝えた。垚さん自身は不満そうではあったけど、状況が状況だけに納得はしているらしい。

 

「本当に納得してるんですか?」

 

 さっきあれだけプンスカしてたから、疑わしい。

 

「快くは思ってないわ。でも就任した以上、全力で支えるつもりよ」

「でもさっき……」

「演技よ、演技!」

 

 いや、分かりにくい。というか信じられない。

 土理王さまの気づかいに対して、取ってつけた感が否めない。

 

土理王おかみの前で文句なんて言ってないでしょ?」

「言い方が結構強くありませんでしたか?」

「そ、それは阪にしっかりした父親を見せたくて、つい」

 

 垚さんの目が泳いでいる。土理王さまは怒るかと思ったけど、その様子はなく、笑い飛ばしていた。元気になって何よりだ。


 垚さんは、阪くんが乗り気なのが不安だと言った。これを機に土師を利用して、良からぬことを企む輩が出てくるかもしれない。だから息子の御役就任は全面的に反対だと、敢えて主張しているらしい。

 

 結局、土理王さまも垚さんも考えていることは一緒だった。土精が揺らがないように、それぞれが一番良い方法を考えていただけだ。

 

 お互い会話が足りなくて分かり合えなかったわけだ。これを切っ掛けに、より強固な関係が築けるに違いない。

 

 一件落着というところでおいとましようとしたら、今度は埴輪達ガーディアンズの製作に手を貸して欲しいと頼まれてしまった。

 

 阪くんは新人でも見事な腕前らしい。でも警備レベルではなく、兵として使うための埴輪を作りたいらしい。

 

 あと数日で間に合うのか?

 

 結局、土捏ねから付き合わされて、水分量やら乾燥速度やら、一回一回記録を取っていった。

 

 試作だけで二十以上作る羽目になってヘトヘトだ。けど、おかげでかなり強靭な埴輪ガーディアンが出来そうだと阪くんも垚さんも言っていた。

 

 あとは量産しないと意味がないと思うけど、それは僕の管轄外だ。頑張ってとしか言えない。 


「おかえり、雫」

「ベルさま……ただいま戻りました」

 

 味わったことのない疲れを背負って執務室へ戻ってきた。朝出掛けたはずなのに、既に日が傾いている。

 

 あっという間に一日が過ぎてしまって、朝はいなかったベルさまも、とっくに帰っていたに違いない。その分、免との戦いが一歩一歩と迫っている。

 

「土の王館へ行ってたんだって?」

「はい」

「新しい土師クリエイターには会った?」

「はい」

 

 ベルさまがペラっと紙を泳がせた。就任したことの通知に違いない。ザッと目を通してベルさまに返した。

 

「垚の息子らしいね。就任には一悶着あっただろうね」

「……はい」

 

 一悶着というか何というか。

 自分の席に座る気になれず、ソファに沈みこんだ。ベルさまの前で横になるわけにもいかないので、辛うじて座っているといっていい体勢だ。

 

「どうした? かなり疲れてるね」

「……ベルさま、会話って大事ですね」

 

 阪くんを就ける前にしっかり話をしておけば、こんな疲れることはなかったような気がする。


「まぁ、そうだね。突然どうした?」

「いえ、何でも」

「……土理と垚の話? それとも私と先代のことか?」

「へ?」

 

 驚いて顔を上げる。

 

 ベルさまが意外と近くにいた。背もたれに片手を掛けて体重を掛けている。

 

「驚くことはないだろう? 私と先代さまの話は有名だよ。雫も知っているはずだ」


 理王と太子間で、通信すらできなかったという話は聞いた。ベルさまが先代さまの媛ヶ浦を断罪したことも聞いた。

 

「私と先代さまは極端に話すことが少なかった。話が合うかどうか以前の問題だな」

「どうしてですか?」

 

 ベルさまがソファをぐるりと回って僕の向かいに腰かけた。

 

 それからすぐに僕の後ろから波の音が聞こえた。微かに潮の香りがする。

 

「先代はほとんど傀儡のようなものでしたからね」

 

 予想通り、潟が現れた。少し前から僕たちの会話が聞こえたらしい。でもベルさまの話に深入りは……したくない。

 

「潟、どこに行ってたの?」

 

 そういえばいなかったな、と本人には告げないでおく。決して存在を忘れていたわけではない。

 

「停泊中の竜宮へ行って参りました」

「私が頼んだ。勝手に侍従を借りて悪かったね」

「いえ、それは構いませんが……竜宮で何かあったんですか?」

 

 本人を目の前に、どうぞご自由にお使いくださいと言うのも変だ。

 

「竜宮の修繕に、雨伯が混凝土コンクリートを使いたいと仰っいまして、立ち会った者として手伝っておりました」

「何でまた混凝土コンクリートを?」

 

 土の王館で試しに作ったけど、結構面倒なものだった。それなのに塩に弱いという欠点付だ。

 

「合成理術にも耐えられる構造にしたいそうです。湿度や材料の配合を試して、伸縮性と強度を併せ持った城壁にするとのことです」


 雨伯は混凝土の生成を経験したわけではないのに、もうそんなところまで発展させているのか。

 

 頭が痛くなりそうだ。垚さんがいれば話が合っただろう。

 

「それから、ひとつ朗報が。先ほど竜宮に副虹が発生しました」

「本当!? げつさん、帰ってきたの?」

「はい。雨伯と同様にまだ小柄でしたが、徐々に戻るでしょう」

 

 良かった。ひとりでも多く帰ってきてほしい。

 

 そう思っていたら、突き上げるような地響きと少し遅れて振動が襲ってきた。壁に描けた絵が少し揺れている。

 

「落雷だね」

 

 ベルさまが視線を外に向けながら呟いた。暗い空にうっすら煙が見えた。

 

「雷伯も復帰したんですね」

「ひとり戻れば繋がりを持った理力が集まりやすい。たった二日でこれなら順調だね」

 

 まだ二日しか経っていないのか。一日一日が濃すぎて時間の感覚がおかしくなっている。  

 

「この勢いでひさめの義姉上も復活すると良いのに」

「……本当だね」

 

 ベルさまの前で霈の義姉上の話がすんなり出来るとは思わなかった。以前の僕なら嫉妬に狂っていたかもしれない。これは地獄で義姉上に会わせてもらったおかけだ。

 

 潟が執務室から出ていった。私はお邪魔ですね、などと普段は使わない気を使っていた。そんなに居づらかったのか?

 

「どうした?」

「いえ……そういえばベルさまはどこへ行ってたんですか?」

「牢」

 

 思ったよりも物騒な答えが返ってきた。牢と言えば人間の魄失が置かれているままだ。

 

「火理が詳しく調べたいので、人間の魄失を一体譲って欲しいと言ってね。こっちに移し変えてきた」

 

 ベルさまはそう言って小瓶を取り出した。一見すると空のようだけど、気配は微かに分かる。


「じゃあ、僕、届けてきますよ」

「誰か呼べば良いんじゃないか?」

「焱さんに用があるので、ついでです」

 

 そこまで言うと、ベルさまは小瓶を渡してくれた。仕方ないなという顔だ。

 

 僕に瓶を渡してくれると、その動きで銀髪が肩から滑り落ちた。

 

「焱さんに渡せば良いですか?」

「いや、出来れば火理に直接……やっぱり誰か呼ぼうか?」

 

 ベルさまが妙に僕を行かせたがらない。僕が行って、火理王さまに受け取ってもらえないってことはないだろう。

 

「大丈夫ですよ。行ってきます」

「待ちなさい。火理はともかく焱は寝てるかもしれない。朝まで待った方が良い」

 

 勢いをつけて立ち上がると、ベルさまが僕の左手を掴んできた。

 

 冷たい手からひんやりと心地よさが伝わってくる。でもその分……顔がとても熱くなっていた。

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