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水精演義  作者: 亞今井と模糊
十章 無理往生編
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319話 新たな土師

「あら、びょう。このクソ忙しい時に何の用?」


 土の王館を訪れると、中庭でたまたま垚さんと出くわした。開口一番がこれだ。

 

 大変機嫌が悪い。これは答え方を間違えると、後々面倒くさ……いや、大事になりそうだ。

 

グレイブさんの後釜が決まったと聞いて……」

「そうね。だから?」

「えーと、挨拶というか……」

「水太子自ら土の御役に挨拶なんて必要ないわ!」

 

 土精からのブリザード!

 

 垚さんはいつもきっちりお化粧しているけど、今日は若干崩れている。唇から紅がはみ出ているのを、指摘する勇気はない。

 

 僕の前で腕を組んで仁王立ちだ。威圧感があるのは僕が水精だから、というわけではない。

 

 その垚さんの後ろでは土精が左へ右へ走り回っている。

 

 垚さんに声をかけようと駆け寄ってきた精霊もいたけど、僕の姿を見て、声を掛けずに下がってしまった。

 

 太子同士での会話中に入ってはいけないと思っているのだろう。それとも以前、土の王館でやらかしているから、近づきたくないだけか。

 

 だけど、今はむしろ、この気まずい状況を抜け出すために誰か声を掛けて欲しい。帰るという一言を言い出すタイミングがない。

 

「おとん。失礼やないか?」

 

 僕の願いが届いたのか、小柄な土精が垚さんの袖を引っ張った。女の子……いや、高位の土精なら男の子か?

 

「この方、水太子さんなんやろ? あたしも挨拶したいわ」

 

 話し方はそうさんに似ているけど、少し違うアクセントだ。

 

 垚さんは眉間に何本もシワが寄っている。でも何も言わないところを見ると、反論する気はなさそうだ。

 

「はじめましてー、淼さま。この度、土師クリエイターになったハン言います」

「あ、ご丁寧に。僕は水太子の雫です。よろしくね」

 

 良かった。第一印象は悪くない。

 

 髪も目も茶色くて土精らしさが溢れている。まだ幼さも残っていて、大人っぽさと可愛らしさが共存している。

 

「ちょっと、あたくしの息子に手ぇ出したら、ただじゃおかないわよ!」

「ぎ、垚さんの息子さんですか!?」


 似てない!

 ……と声に出さなかった自分を誉めたい。

 

「そうよ、そっくりでしょ? あたくしに似て美人になると思わない?」

「思います。とても思います」

 

 垚さんの機嫌が少しだけ回復した。勝ち誇ったような顔をして顎を上げている。

 

「おとん、やめてや。恥ずかしいわ」

「息子を誉めるのに恥ずかしいことなんてないわ」

 

 阪くんが垚さんの袖を再び引っ張る。なんだか見ていて微笑ましい。

 

「堪忍な、淼さま。おとん、昨日から機嫌悪いんよ。……あ、いや、悪いんですよ」

「良いよ。そのままで」

 

 僕に対して慌てて話し方を変えたけど、本音が言える方が良い。

 

「おおきに。でも仕事に就いたからには、ちゃんとせなあかんわ。ちょっとずつ直すさかい、堪忍してや……ください」

 

 何だか可愛い。一生懸命さが伝わってくる。僕とはあまり接点はないだろうけど、後輩が出来た気分だ。


「息子が強引に土師クリエイターに就けられて、機嫌が良いわけないでしょ!」


 垚さんが盛大に鼻を鳴らしている。機嫌が悪い理由はこれだったのか。

 

 息子を土師にしたくない……その気持ちは良く分かる。土師は主に王館を警備する埴輪達ガーディアンズを製作・統括している。でも、それだけではない。

 

 地獄タルタロスへの扉を開く鍵を握っている。命懸けの仕事だ。仮に命を落とさなくても怪我をすることが前提だ。事情を知る者は、大事な家族をその座に就けたいと思わないだろう。

 

「そない言うても、あたしが一番土師の条件に近いさかい、おとんだって承諾したやないか?」

「仕方なく、よ! つつみちゃんだって同じ気持ちのはずよ」

「いや、おかんは喜びすぎて小躍りしてたで?」

「何でよ!?」

 

 これは父子喧嘩を見せられているのか。いや、喧嘩までは行かないかも知れないけど、帰ってから話し合った方が良いのでは、と思う。

 

 二人とも声が大きい。二人の後ろで土精が足を止めている。

 

 垚さんに用があるのか、阪くんに用があるのか、それともただの野次馬か。

 

「御役不在のまま開戦するわけに行かないって土理王おかみが言うから……あたしは反対したのよ」

土理王おかみの意見は全うやわ。それは何べんも聞いたわ。それとも何や? 息子じゃなければ誰でもええんか? おとんはそない薄情やったんか?」

「あのー、僕、お邪魔みたいなんで帰りますね」

 

 二人の後ろでオロオロしている土精たちを解放してあげたい。

 

 それと父親の垚さんがやや押され気味だ。この辺で終わりにして、あとは家でやってもらいたい。


「あ、待ちなさい! 免の配下と戦ったんでしょ。詳しく聞かせてちょうだい!」


 やっぱりか。

 腕をわしっと掴まれて逃げられない。

 

 そのままズルズルと建物内に引き摺られていった。連れていかれたのは謁見の間で、土理王さまが理王らしく玉座に掛けていた。


「垚。水太子を連行するとは何事だ。謁見中であるぞ」

 

 そうは言っても対面中の土精はいない。ちょうど外に出てきた土精がいたから、謁見が終わって、一区切りついたところなのだろう。

 

土理王おかみ、淼が免の配下と戦った情報を共有したいわ。土理王おかみもお聞きになった方が良いでしょう?」

 

 垚さんの言い方が少しキツい。

 土理王さまは肘掛けから腕を下ろして、足を組んだ。

 

「なるほど、そういうことか。水太子、足労である」

「いえ、阪くんと顔合わせもしたかったので……」

 

 チラッと阪くんを見ると、謁見の間を天井から床までキョロキョロと見回していた。

 

 昨日上がったばかりだ。気持ちは分かる。無駄に広くて無駄に豪華なのは水の王館も一緒だ。

 

「阪、止めなさい。御前で失礼よ」

「あ……申し訳ありまへん」

「うむ。垚が注意せねば、退室を命じるところであった。以後気を付けよ」

 

 土理王さまは新人さんにも容赦ない。でも最初が肝心だ。何が正しくて何が間違っているのか、阪くんには覚えないといけないことがたくさんあるはずだ。

 

 何だか昔の自分を見ている気分だ。

 

「水太子。早速だが、知っていることを全て話してもらいたい」

「はい」

 

 僕が竜宮に人間の情報を求めたところから話を始めた。

 

 竜宮城はすでにひくさんの襲撃を受けていて、僕と潟、それから菳とで戦った。

 

 菳は善戦したけど、眠気を催す習性に抗えず一時的に連れ去られてしまった。そのため、菳の知る王館の情報は、免に知られていると言っても良い。

 

 めんの言葉によると菳が話したのは『王館の構造、各太子の現状、各理王の関係など』だ。免からの誘導尋問だったようだから、積極的に情報を提供したわけではないと思う。


すけはどこまで知っていたのかしら?」

「王館の内部の構造は知っているでしょう。でも結界の仕組みや人員の配置までは把握していないと思います」

 

 これは木精に確認済みだ。菳は王館にいる際、食べて寝ての繰り返しだったため、積極的に政務とは関わらなかったという。水精どころか、木精の権力関係にも詳しくないらしい。内情に疎いことが幸いだ。

 

「土の王館は一度、免に侵入を許している。それは余の失態だが、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。まだ修繕が済んでいないところもあるので、此度こたびは防御に力を入れるつもりだ」


 金精は王館の強化と人員確保を優先。

 木精は避難先を検討。

 土精は防御を徹底。

 

 金の王館と土の王館は考え方が似ているかもしれない。でも金精には伯位アル不足という大きな負担があり、土の王館は未修繕だ。万全の状態とは言いがたい。


「垚。土師クリエイターを連れて、埴輪ガーディアンの製作場へ向かえ」

「え、でも、まだ……」

「良い。あとは余が聞いておく」

 

 土理王さまが唐突に垚さんたちに退室を命じた。僕の話は大体終わったので、僕も帰りたい。けど、土理王さまの雰囲気がいつもとは少し違った。

 

 垚さんも少し不思議そうにしながら、阪くんを連れて出ていった。

 

「……垚には悪いことをしたと思っている」

 

 二人が出ていくと土理王さまが静かに口を開いた。

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