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水精演義  作者: 亞今井と模糊
九章 众人放免編
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303話 竜宮への弔問

 ごんが潟の元へ寄ろうとするのを止めた。潟は座り込んだままだ。菳も心配しているのだろうけど、今はそっとしておいてあげたい。

 

『移動による竜宮城の損傷が七割、並びに外壁の損傷が八割を越えました。崩壊を防ぐため速度を落とします』

 

 エムシリさん改めはやぶささんの声も、今は耳に入らないようにしてあげたい。

 

 二人を抱えて潟から離れた。

 

 もう竜宮城の建物は、崩れてしまってほとんど残っていない。僕の部屋の前で廊下が半分崩れて、外からでも入れるようになっていた。

 

 けれど扉は歪んでしまって開かない。これ以上崩れないように、浮いた壁板を半分だけ剥がし、寝台から掛け布団を引きずり出した。

 

 いつ崩れるか分からないので、すぐに庭へ出る。布団の端が重いと思ったら、菳が端を齧っていた。

 

ごんはこっち。少し休むと良いよ。疲れただろう?」

 

 挽たちに拐われて、情報を吐かされて、うさぎにされて……散々な目に合ってたはずだ。

 

 菳を一旦布団から引き剥がした。七竈の根本に布団を畳んで置いた。ここなら建物が崩れてきても安全だ。噴水の残骸や石像が倒れたとしてもここまでは届かない。

 

 菳は布団の間にスッと潜り込んだ。上に乗ることを想定していたので、ちょっと予想外だ。

 

「隼さんも一緒に入れてあげて」


 布団の下に地図を突っ込む。その上を覆うように半水球ドームを構成した。気休め程度だけど少しでも隠れておいた方がいい。

 

 さっきから……嫌な気配がうっすらと付いてきている。僕の他は……多分、まだ気づいていない。会いたくはないけど、菳はもっと会いたくないだろう。

 

 潟からも菳たちからも離れて、正面入口があったところへ回る。ここなら大丈夫だ。歩を止めてこちらから声をかける。


「何か用か、まぬが

 

 何度も会っているせいで、今の免に戦う意思がないことが分かってしまう。免の気持ちなど分かりたくもない。

 

「おや。先々代水理王のお悔やみを申し上げようと思ったのですが。ご挨拶もなしとは」

 

 僕が振り返らないのが気に入らなかったのか、免はやや語気を強めた。ザリッと土を踏む音が聞こえた。大方、宙から下りたのだろう。


「……それは悪かったな。そっちこそ、めんのことは愁傷だな」

 

 心にもない言葉を述べる。それはお互い様だ。 

 

「これは恐れ入ります」

「用がそれだけなら帰れ」

 

 僕がそういうと少しの間があった。免がどういう顔をしているか、見なくても分かる。


 完全に背後だけど距離は掴めている。いつでも飛びかかれる距離だ。

 

「見てたのか? 睌の目で」

「睌の目ではありません。睌が私の目です」

 

 ピシリとした言い方が気になる。少し免らしくない。いつもの余裕ぶった免と少し違う。

 

「……好きだったのか?」

「はい?」

「睌のこと愛してたのか?」

 

 まぬがは以前、愛する者を取り戻したいと言っていた。もしかしたら、愛する者とはめんのことで、ごく最近取り戻したという可能性もある。

  

「ふ、ふふっ、ハハハッ。面白いことを言いますね、雫は。睌は私の一部です。自分の体を愛するなんて水仙ナルシストのすることですよ」

 

 余裕がない割には緊張感がない。免の様子が気になって振り向いた。免は珍しく腹を抱えて笑っていた。顔が見えない。

 

「それ以前に……愛する者を戦いに赴かせるほど私は愚かではありません。愛する者は大事にしまっておかないと」

 

 一瞬、狂気めいたものを感じた。ひとしきり笑い終えても、免はまだ下を向いていた。

 

「私が愛しているのは、今も昔も雲泥子ウンディーネだけです」

 

 雲泥子ウンディーネの名には聞き覚えがある。どこかで聞いたのか、思い出そうとした矢先、顔をあげた免の顔に思考を止められる。

 

 調った顔は相変わらずだ。でも、本来なら目があるべきところが窪んでいる。それでも生理的な瞬きはするらしく、瞼の皮がフルフルと揺れていた。

 

 攻撃してこない上、少しだけ余裕のない理由が分かった。睌を倒したから免の目に影響が出たらしい。

 

 同じ理屈なら、もしひくさんを倒しておけば、免は両手を失ったかもしれない。

 

「まぁでも、睌はよくやりました。命令通り恒山を開け、众人しゅうじんの魂を解放したのですから」

 

 目がないので口元だけで微笑む姿は不気味だ。こっちの血の気が引きそうだ。

 

「あぁ、これはご心配なく。人間の魂を二、三人ほど喰えば治りますから」

「人間の……」

 

 免は長い指を目の窪みに突っ込み、グリグリと掻き回した。見ている僕の腕に鳥肌が立ってきた。

 

「高位精霊の理力たましいならひとり分でも余りますが……雫が癒してくれますか?」

「断る」

 

 即答すると、免はまた笑い出した。からかわれているような気がする。

 

「残念。尤も、治るのは体だけで睌は戻りませんがね」

「何しに来たんだ」

 

 ポロポロと自分の情報を吐く免に、段々不安になってきた。普段なら秘密だらけで、また今度と言いながらすぐに去ってしまう。

 

 今回はどうだ。

 

 目がない状態で僕とゆっくり話をしている。何が目的だか分からない。

 

「そんなに焦らずに……たまには二人でゆっくり話しませんか? 竜宮城の速度が落ちたようですから、時間はありますよ」

「僕はお前と二人で過ごしたくはないな」

 

 二人で過ごすならベルさまが良い。それ以外には有り得ない。

 

「そうですか、残念。貴方にはフラれてばかりです」

 

 免はそう言うと、いつもの灰色の帽子を取った。何をするのかと警戒していると、帽子の中から黒っぽい塊を取り出した。十字に伸びた軸、その端に薄い刃が四枚付いている。

 

 まぬがの武器かもしれない。見たことのない武器だ。どんな攻撃がくるか分からない。

 

「そう警戒しなくても攻撃はしませんよ。これは無人航空機ドローンと言います」

「どろ……?」

 

 ドロと聞いて一瞬、ぬりの顔がちらついた。多分、彼女は関係ない。

 

「ドローンです。最新型のAIエーアイを搭載しております」


 AI……はやぶささんと同じ種族だ。まさか隼さんも免の仲間なのか?

 

 いや、隼さんは先生の知り合いだ。免の仲間ということはないだろう。

 

 僕の心理的な焦りに気づかないまま、まぬがはドローンの中心に金色の板をぶら下げた。純度が高そうなきんだ。

 

 免はそれを空に放つ。ドローンは鳥のように空を飛んでいるけど、音が五月蝿い。

 

 免がドローンを空へ放った。ドローンは僕たちの頭上を旋回してから、まっすぐ飛んでいった。何かを目指しているようだ。

 

「ご覧下さい。魄失の祝賀行進パレードを」

「な、何?」

 

 免がそう言うと恒山の辺りから真っ白な筋が伸びてきた。ドローンの後に付いて、一直線に飛んでいく。

 

 ここからだと、空に一筋の線が書かれたように見える。これが魄失だと分かるのは、免が魄失の祝賀行進パレードだと言ったからに他ならない。もし、免が何も言わなければ、これ全部が魄失だとは気づかなかったろう。 

 

「私の基地アジトに向かっております。人間の魄失は欲深ですからね。少しの黄金でもこんなに動く。扱いやすくて助かります」

「人間を集めてどうする気だ?」

 

 免の口は美しく弧を描いている。免がいつもの調子に戻ってきた。本当は目が見えているのではないかと思ってしまう。

 

 人間の魄失を得られることへの達成感か。いや、それ以上に大きな何かを感じる。

 

「衡山を爆発させたのもお前なのか」

「はい。……正確には私の左脚にやらせました。他の五山も開きましたので、相当数の魂が手に入ります」

 

 免に斬りかかりそうになる自分を何とか抑える。今、攻撃したら手痛い反撃を食う。

 

 免の右手は痙攣したように震えている。右手にはひくがいるはずだ。左手にも搀が……今の話だと脚にも配下がいる。ひとりで全部の相手をするのは難しい。

 

 それに……言い訳かもしれないけど、ここで戦えばもう竜宮城がもたない。

 

「ですが、先々代が恒山の魄失を減らしてくれましたので、目標数が達成できません。よって……」

 

 免はわざとらしく間をあけた。

 

 僕の反応をいちいち確かめるように右左へと首を傾けている。

 

「王館に宣戦布告します」

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