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水精演義  作者: 亞今井と模糊
二章 水精混沌編
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閑話 水理王~ 雫との出会い②

読んでいただきありがとうございます

 爺ことれんに言われ東の地へ向かった。一緒に来るのかと思ったが、そうではなかった。どうも政治に関わりたくないらしい。

 

 しかも漣自身も詳しい内容は聞いていないと言う。

 

 伝えられた内容は、華龍河かりゅうがわきよらが私に急ぎ審判を求めているということだった。

 

 漣によると華龍河は野心を持たない堅実な者らしい。彼女が私に接触を求めてきたということは、何かあったと思った方が良い、ということだった。


 なぜ河が海の波に伝言を頼むのかと聞こうとした。しかし、れんはそれを伝えるとすぐに姿を波に隠してしまった。


 波に飲まれて帰ってしまったらしい。仕事を増やしに来ただけか。それとも他の意図があるのか。


「華龍河は……ここだな」


 乗っている雲から大きな河を見下ろす。大地を割いたかのような大きく長い河だ。かなり上空から見下ろしているはずなのに、端が見えない。

  

 華龍河は先の戦いでも侵略に屈せず、己の本分を守っていたという。


 とは言え、周りに侵略されなかったのもこの河の持つ理力が大きすぎるからだろう。襲ったところで奪えなかったに違いない。


 しかし、高位精霊の仲位ヴェルなら王に直接、謁見を求めることが出来る。それにも関わらず、伝言だけ自分より上位の者に頼むという遠回しなやり方が気に入らない。


 その上、河そのものに違和感を覚える。漣の紹介とは言え、警戒しておくに越したことはない。

 

 下手したてに出てから不意を突こうとしてくる輩を嫌というほど見てきた。


 太陽の光を取り込んでキラキラと輝いている。率直に美しい河だと思うが、中から何が出ることやら。


 雲を操り河の近くまで降りる。ひんやりとした空気を感じた。河の冷気を感じながら、河面へ向かって飛び降りた。


 水が避けて道を作る。


 道というよりもトンネルに近い。川の水が理王たる私を主の元へと案内しているはずだ。


 この分では探すことはしなくて済むだろう。


 まぁ、用があったのは向こうらしいから案内するのは当然といえば当然だ。だが、それでも罠かもしれない。

 

 王太子時代から散々そういう目にあってきた。


 しばらく水のトンネルを移動していると、急に視界が開けた。


 その先に一人の女性がひざまずいていた。深いみどり色の髪は長く、立ち上がったとしても床まで届くだろう。まさにこの大河をそのまま表しているような美しく豊かな髪だ。


「御上におかれましてはご機嫌うるわしゅう。此度こたびのご来訪、誠に恐れ入ります。仲位ヴェル・華龍河のきよら、拝謁致します」


 相変わらず儀礼的なやり取りをしなければならないのは面倒だが仕方がない。初対面の相手ならば尚更だ。


「面を上げよ」

 

 近づいて目の前に立っても華龍河は跪いたままだった。しかし、頭の位置は少し上がったようだ。美しい髪が床を撫でていく。


 碧の髪が床を這う様子は、川底から生えたあしが流れに沿う様子に似ている。


「率直に尋ねよう。余に審判を求めているそうだな?」


 求めるのが救済ではな審判というところで真意を図りかねる。


「身内のこと……本来ならばわたくしが処理すべきことでございます。しかし、母として我が子のことを判断するのは偏見がございます。恐れながら御上のご審判を仰ぎたく存じます」


 ふむ、なるほど。

 

 子供たちがルール違反をしているけど、本当に違反しているかどうか分からない。更に子供のことだから母が判断すると贔屓ひいきが入るということか。


 確かに漣の言うように自分を見失わない堅実な者のようだ。我が子可愛さにルールを犯すような真似はしないと宣言しているようなものだ。

 

 だが、これだけで信用できるわけではない。


「用件は分かった。ではもう一つ尋ねる。これは許されることではないが、なぜ子を庇わない? 黙っていれば余が気づかない可能性もある。それを華龍どのは自ら罰するでもなく、隠すでもなく、余の審判という形をとったのは何故だ」

「それは……」


 詰め寄るように言うと華龍河が一瞬動揺した。しかし、それは私の言葉を受けたからではない。

 

 こちらに近づいてくるひとつの気配があった。華龍河は私から目を背け、その気配に神経を研ぎ澄ませている。


「あぁ、母上。こちらにいらっしゃいましたか」 


 低い声に丁寧な口調。冷ややかな優しさが含まれた男の声だ。

 

 私がいることには気づいていない。

 それもそのはず。河の水が私の気配を隠そうと取り巻き始めた。


「困りましたね、母上。お体が思わしくないのですから、ちゃんと静養なさらないと」

 

 華龍を母と呼ぶということは息子だろう。しかし先程の華龍の態度は息子に対するものとは思えない。

 

 親しみや愛情というよりも警戒と恐れが入っていた。

 

「分かっていますよ。少し気分が良いので散歩をしていたのです。それより……見てきたのですか?」


 まとわり付く水の動きに乗じて出来る限り気配を抑える。いくら華龍が私を隠そうとしても、自身の意思で抑えなければ私の理力を隠すことは難しい。


「えぇ、泉は看取みとってきました。さぁ、母上。お部屋に帰りましょう。ゆっくりお休みになれば、心穏やかに過ごせますよ」


 声が遠くなっていく。

 

 何となくだが状況は読めた。


 華龍河かりゅうがわは監視されている。自ら処罰を下さないのではない。下せないのだ。

 そして、私に直訴しなかったのではないく、出来なかったのだ。


 なぜれんは接触出来たのか、後で問いただす必要がある。

 

 息子は泉を見てきたと言っていた。この近くに泉があるのか?


 気配を消して河から上がる。雲を呼び寄せて上空から泉を探した。河の子が泉というのも珍しいが、子だというのだから近くにあるはずだ。


 改めて見ても大きい河だ。支流も多い。恐らくこの支流すべてが彼女の子供たちなのだろう。


 何だ……?


 上流にある窪地くぼちが目に入った。土が剥き出しになっている。これだけ水が豊かなのだから、例え窪地で日当たりが悪くても、苔や草くらいは生えそうなものだ。


 気になって雲を下げてみる。

 

 近づいてみると水が少し溜まっているのが確認できた。雨が溜まった……にしては報告がない。不思議に思って雲から飛び降りた。


 ……ふむ。水が溜まったというよりは、むしろ……ん?


 誰かいる。

 土手どてもたれるように立っているようだ。


 この気配は水の精で間違いない。だが、今にも消えそうだ。寿命が尽きかけているのだろうか。


 そう思っていると、水の精が私を見た。その瞳はすでに水の色ではなかった。恐らく土の色に染まったのだろう。水精には珍しい茶色い瞳をしていた。


 若いな……。寿命ではないのか?


 屈んで水溜まりに手を浸けてみた。


 泉だ。


 これは雨水などではない。僅かだが泉の水で間違いない。

 

 恐らく華龍河の水が地下から湧いているのだろう。母親と似た理力を感じる。


 そして……まだ涸れるべき泉ではないということも感じた。


 なぜ涸れかけているのか?

 こんなに若い精霊がなぜ消えそうなのか?


 答えはもう分かっていた。そして華龍河の意図もある程度読めた。


 こうなると助けるのが筋だが、あとはこの精霊自身の性根しょうねを読みとらなければならない。自らの滅びを認められない精霊は後に災いとなる。


 審判を下さなくてはならない。助かるかどうかはこの精霊次第だ。


 理王にのみ受け継がれるうたがある。

 即位したとき先々代から教わったが、使うのは初めてだ。


 泉から手を抜いて立ち上がる。土手にもたれた精霊は私の手を見つめている。だが、今にも目を閉じそうだ。 


『巡れや巡れ

 流れる水よ

 この世の行の穢れを集め

 この世の悪を凍らせよ


 舞えや舞え舞え

 飛び散る水よ

 この世の行の癒しとなりて

 この世の善に渡らせよ』


 濁った泉の水が僅かながら渦を巻く。草の根を弾き出し、土を飛ばし、ほとんど何もなくなってしまった。


 泉の精は目を閉じてしまった。助からなかっただろうか。魄失はくなしになるとしたら、その前に始末しなければならない。


 ふと足元から何かが上がってくるのを感じた。視線を下げると一滴の雫が浮上しているところだった。


 左手を出して受け止める。触れた瞬間、私の手の中で小さく跳ねた。

 

 真ん丸という言葉が相応しい雫だ。さながら小さい真珠のようである。


 しかし精霊として保てるギリギリの量だ。土手にいる水精がちゃんと存在しているのを確認する。


 聞こえてはいないだろうが、先に手を打つか。説明は後ですればいい。


「そなたに『雫』の名を与えよう」

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