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水精演義  作者: 亞今井と模糊
九章 众人放免編
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295話 水理王への嘘

 竜宮城を表す赤い印が点滅しながら地図上を走っていく。外を見ると雲がすごい速さで流れていた。地図で見るのと実際の移動ではかなり差がありそうだ。

 

 王館の上は避けて通るように頼んだ。ベルさまが雨伯の来訪かと勘違いするかもしれない。

 

 でも竜宮城が近づいたことには気づいてしまうだろう。それなのに、王館で止まらず北上を続ければおかしいと思うに違いない。

 

 ベルさまは今も玉座で雨伯を待っているのだろうか。まだ距離があるうちに連絡をしておくべきだ。

 

 潟さんはもう一度城内を見てくると言って、部屋を出ている。今ならベルさまと話が出来そうだ。

 

 水球をひとつ、机の上に置いて話しかけた。

 

「ベルさま……聞こえますか?」

『あぁ、雫。連絡しようかと思っていたところだ。帰ってこないから心配したよ』

 

 すぐに反応してくれた。心配をかけてしまった。

 

「すみません、もっと早く連絡すれば良かったんですけど、遅くなってしまって」

『いや、大丈夫だよ。何かあったのか? 一応、こちらに向かっているようだけど』

 

 やはり竜宮城の接近には気づいている。僕でも分かったのだから、ベルさまが気づかないはずはない。

 

 雨伯と菳のことを、ベルさまに言わなければいけない。でも伝えたら帰ってこいと言われるかもしれない。帰ったら動きが取れない。

 

『雫?』

 

 黙ったままの僕を不審に思ったのだろう。ベルさまが心配そうな声で僕を呼んだ。

 

 そんな声で呼ばれたら会いたくなってしまう。でもそういうわけにはいかない。

 

「何でもないです。ちょっと色々あって……」

『色々? ははぁ、また雨伯が駄々でも捏ねてるのか? さては副虹伯にお菓子を没収されたな』

 

 何故だろう。そんな場面は見たことがないのに、光景が目に浮かぶようだった。

 

 副虹伯とは霓さんのことだろう。お菓子を食べ過ぎて止められている雨伯の姿が想像できた。

 

『雨伯と話は出来たの?』

「あ、え、ええーと。とりあえず用は済みました」

 

 ベルさまと会話を繋ぐ前に、話をよく考えておくべきだった。今さら返答に慌ててしまう。 

 

『用が済んだのなら登城は不要だと雨伯に伝えてくれるかな?』

「分かりました」 

『雫はもう帰ってくるよね?』

 

 ぐっと心臓を鷲掴みにされたような苦しさを感じた。

 

「えーっと、それなんですけど……ちょっと養父上とゆっくり過ごそうかな~と思って……」

 

 我ながら苦しい言い訳だ。

 

 人間が侵入したかもしれないこの状況で、養家でくつろいでいる場合ではない。


『それは……少しなら構わないけど、どうしてこっちに向かってるの?』 

「あ、あのですね。恒山に連れていってくれるって言うので、ちょっと様子を見てきます!」

 

 王館に向かっているわけではないと伝えられた。

 

『雨伯が恒山に……?』

 

 雨伯が連れていってくれる、とは言っていない。ベルさまを騙しているようで気分が悪い。

 

 ぐっと理力が濃くなって王館が近づいたのを感じる。王館の真上は避けているけど、窓から王館の一部が見えた。

 

『ただいま王館の西側を通過中です』

 

 突然、地図の女性が声をあげた。今まで静かだったのに何故このタイミングで!

 

 頭の中だけで話しているつもりだったのに、何故かベルさまにまで聞こえている。

 

『……雫、今の女性は誰だ?』

 

 ベルさまの声が低い。これは怒る少し手前だ。雨伯がいないことがバレてしまったか。

 

「い、今のはエムシリさんです。養父上はちょっと席を外していて……」

絵毟えむしり……誰だ?』

 

 雨伯の配下には低位精霊も多い。まさかベルさまは全て覚えているのか。

 

『私たちの通信に割り込んでくるとは、ただの精霊ではないな。霓は何をしているんだ?』

「霓さんもいなくて……その」 

 

 竜宮城には名前のない精霊もたくさんいる。わざわざ名前を言うべきではなかったかもしれない。

 

 エムシリさんは雨伯の使用人ではない……とすると一体何者なのだろう。敵ではないと思うけど、まだ確信が持てない。

 

『霓がいない? 潟と菳は?』


 ベルさまの声が低いことに加え固くなっていく。本気で怒るまでの距離が短くなっている。湖に張った薄い氷を踏んでいるような危機感に直面している。

 

 雨伯がちゃんと竜宮城にいるように見せかけないとまずいことになりそうだ。 

 

「今、二人とも席を外していて……あ、あの僕が用を言いつけたので」

 

 二人が怠けているとでも思われたら可哀想だ。必死に言い訳を重ねる。


『絵毟と二人きり? ……雫、私に何か隠してない?』


 まずいまずいまずい。

 雨伯も菳もいないことに気づかれてしまう!


「あ、養父上、お帰りなさい!」

 

 ベルさまと話をしながら扉を開けた。ノブを握ったまま、ベルさまに扉の音が聞こえるように勢いよく閉めた。

 

「ベルさま、養父上が戻ってきたので、また連絡しますね!」

『あ、待て雫……恒山は』

「わ、あーっ養父上、引っ張らないでください! ……ベルさま、ごめんなさい、また連絡しますね!」

『しず……』

 

 一方的に通信を切ってしまった。ちょっとわざとらしかったかもしれない。

 

 もう罪悪感で胸が張り裂けそうだ。どうしてこんなに嘘をつかなければいけないのか。寄りによって敬愛するベルさまに、嘘を言う必要があるのか。

 

 それもこれも全部。挽と搀のせいだ。ひいては免のせい。


 もう絶対許さない。元々許すつもりなんてない。けど、今回は本気だ。早く菳を連れ戻して、免を倒して、ベルさまのところに帰る。ベルさまに嘘をついたことを謝らなくてはいけない。

 

『まもなく目的地に到着します』

 

 地図から冷静な報告が上がる。

 そこへちょうど潟さんも戻ってきた。

 

「雫さま。念のため地下貯蔵庫まで見て参りましたが、特に異常はありませんでした」

「ごくろうさま」

 

 二人で城内を確認してもこの地図の女性を発見できなかったから、念には念を入れたのだろう。今度はさっきよりも慎重に捜索してくれたみたいだ。

 

『恒山上空に到着しました』

 

 着いた。

 

 窓から外を見ても空が見えるだけだ。部屋から出て下が見える場所へ向かう。建物から出ると途端にひんやりとした空気に包まれた。

 

 庭の端へ立って空を見下ろす。

 

 もやがかかって何も見えない。上空には靄がなくて、地上だけだ。まるで恒山を隠しているかのようだ。

 

「何も見えませんね」

 

 潟さんが地図を持って着いてきてくれた。

 

 何も見えないのは事実だ。でも靄の中で複数の理力が混ざってどろどろと渦巻いている。

 

 そこにひときわ大きな……懐かしい理力を感じる。巨大な靄にも飲み込まれず、漂うだけで屈しない強固な理力だ。

 

「父上……」

 

 潟さんがポツリと呟いた。

 

 先生がいる。

 間違いない。

 

「恒山へ入れないにしても近くまで行けないかな」

 

 雲を飛ばしてもこの状況だと靄に飲み込まれてしまうだろう。僕の言葉を聞き取って地図の女性が反応した。

 

『恒山へ進入しますか?』

「立入禁止なんでしょ?」

 

 それはしつこいくらい言われている。ベルさまからも立入禁止だと念を押されている。

 

『立入禁止です。ってることは禁止・・されております。ご着席ください。竜宮城ごと進入しますか?』

 

 着席! ナニソレ!?

 早く言って!

 

「つまり立っていなければ良いと。座るか……もしくは横になっていれば良いのでしょうか」

『竜宮城を進入させますか?』


 ここまで来たら後には引けない。潟さんと顔を見合わせてお互い頷く。

 

「恒山へ」

 

 地図から羽音のような高い音がする。竜宮城の動きがガクンと止まった。

 

『了。恒山への進入を開始します。竜宮城の予想損傷割合は七割です』

 

 な、何が七割だって?

 

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