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水精演義  作者: 亞今井と模糊
九章 众人放免編
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290話 vs搀

針千本ハリセンボンとは水中にいるものかと思っておりました」

 

 針だらけの人型になってしまった搀を見て、潟さんが冗談を言う。額から汗が一筋流れていった。

 

「いや、潟さん。針千本ハリセンボンの針は大体三百前後だから。多くても五百くらい」

「あぁ、そうでしたか。アレは千本どころか一万本は越えていそうですね」

  

 お互い軽口を叩いているけど、ビリビリと肌を刺すような威圧感がある。怒りと殺意の他何物でもない。

 

 今まで対峙した敵とは違う。理力はあまり感じないし、戦い方も根本的に異なる。言葉にならない不穏さを潟さんも感じ取っているに違いない。

 

「雫さまのお作りになった芸術品を破壊するのは忍びないのですが……」

「遠慮なく壊しちゃって」

 

 針まみれの搀が、潟さんには芸術品に見えるらしい。冗談だと思いたい。僕がやったこととは言え、気持ち悪くて不気味だ。

 

 それでも搀から戦う意思をひしひしと感じる。

 

 もちろん雨粒の針だけで倒せるなんて思っていない。戦闘は覚悟の上だ。

 

「潰してやる潰してやる潰してやる潰してやる」


 最初から会話が成立するタイプではないとは思ったけど、更に危険な感じがする。

 

「雫さま、ここは私が。二度と遅れはとりません。雨伯たちを探しに行って下さい」 

 

 潟さんがそう言ってくれた。本格的な危機を感じているのだろう。けど、搀を目の前にして逃亡するみたいで嫌だ。しかも離れた所では菳もまだ挽と戦っている。

 

 二人を残しては行けない。

 

 搀は針の音を立てながら、黒い箱を取り出した。ここからでも摘まみが付いているのが見えた。


「過重力出力最大!」

 

 針まみれの指で摘まみをグルッと捻る。立て付けの悪い扉みたいな音がギィーッと鳴った。

 

 その直後。

 

「っ!」

「うわっ」

 

 まず足に来た。それから肩だ。ズシリと重い。

 

 さっきと同じだ。腰が地面に引っ張られるような感覚。

 

 あの箱が重力を変化させているらしい。搀の理術だと思ったけど、道具によるものだったのか。

 

 変わった道具もあったものだ。一体何の目的で作ったのか、製作者を問いただしたくなった。

 

「ヒャハハハハハハハ! 立ってるだけでやっとだろーが」

 

 悔しいけどその通りだ。膝を着きそうになるのを踏ん張って耐えている状態だ。


 潟さんに至っては僕より体格が良いせいで、足元がやや凹み始めていた。


「っ重力がこんなに厄介だとは思いませんでしたね」

「そ、うだね」

 

 さんの手には細い銀の煌めきが握られている。両手の指の間に挟んでいるから、恐らく八本のドリル。それを僕らに投げつけてきた。

 

 大きく振りかぶったわけでもないし、その動きなら簡単にかわせると思った。

 

「っ!」

「ぅ……雫さま!」

 

 痛みを感じたときには、すでに腕と足に一本ずつ刺さっていた。僕の指くらいの太さはあるドリルが右の太ももと左腕から生えている。

 

 痛みを堪えて引き抜くと、潟さんも左足から一本抜いていた。

 

「潟さん、泉水おみずあげようか?」

「……はは、ご冗談を。これしきかすり傷です」

 

 僕は結構痛い。でも、自分の理力を巡らせば何とか止血はできる。

 

「手強そうですね」

「そうだね」

  

 速い。


 搀の見た目の動きよりも速すぎる。これも重力の効果か。

 

「ヒャハハハハハ! お返しだよー! 針まみれにしてやる!」

 

 搀の手には次に投げる分がすでに握られている。余程恨みを買ったらしい。

 

「そういえば先生の授業で習ったよ。重力加速度っていうのがあって、重力によってスピードが変わるんだ」

「……それ今……いえ、左様ですか」


 物理学だったと思う。目に見えないものは理力だけではないと、先生が教えてくれた。今頃それを思い出すとは……それに思い出したけど、どう対処するかまでは習わなかった。

 

 先生も重力を戦闘で使うことは予想外だったに違いない。自分で何とかしなくては。

 

 重力……重力…………そうだ。

 

「っ多重氷壁!」

 

 搀が投げの構えに入った段階で、三重に氷の壁を構築した。単純だけど一枚よりは二枚、二枚よりは三枚だ。それ以上増やすと、向こうが見えなくなってしまう。

 

 純度が高ければ透明な氷の壁になるけれど、ここで泉の水を消費する気にはならない。

 

 八本のドリルを無事に防いだ。三本ほど、一番手前……三枚目の氷壁を半分くらい突き抜けている。危なかった。


「くそくそくそくそっ!」

 

 搀が地を蹴って向かってきた。攻撃を防がれたことに立腹している。棍棒を大きく振りかぶっている。その動きでバラバラと針が抜け落ちていく。

 

 潟さんは足を引きずって僕の前に立ち、棍棒を素手で受け止めた。衝撃も相まって潟さんが地面にめり込んでいく。

 

「ハハハハハハハハ! いつまで持つのかなー?」

「くそ! 『鉄砲水』!」

 

 潟さんが悪態をつきながら豪流を放つ。でも大した勢いはない。水は重力に従ってジャバジャバと落ちてくる。搀を押し返す勢いにはならなかった。

 

「ヒャハハハハハハハ! 潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ!」 

 

 僕も剣を抜いた。足は動かないけど、力を振り絞って剣を搀に投げつける。剣は思ったよりも飛ばずにすぐに落ちてきた。まるで土に引っ張られるみたいに。

 

「おっと、そんなんであたしに当たると思ってるわけ? キャハハハハハ」


 今のは目眩ましだ。当たればそれはそれで良いけど本命は土壌の水。竜宮城の庭が保有している水だ。

 

 搀が余所見をしている間に詠唱は済んだ!


「地の水よ 命じる者は 雨の末 自由の下に 抜け出し暴け……『重力水操作』!」

 

 地鳴りが響く。重力があるからこそ動ける水がある。

 

 土壌の中に蓄えられた水はほとんどが動けない。でも重力をかけられた水……重力水は、土から抜け出すことができる。


「なんだ?」

 

 搀は地鳴りに不安を掻き立てられたのか、地から足を離した。宙からの攻撃に変わり、潟さんへ余計に負荷が掛かる。

 

「潟さん、少し我慢して!」

「心得ました!」

 

 潟さんが膝まで埋まってしまった。庭の硬い土にはヒビが入っている。手入れの行き届いた庭を荒らしてしまったけど、罪悪感は無視だ。

 

 今、土壌の水は過重力のせいで、ものすごいスピードで土壌を動き回っている。その速さを保ったまま潟さんの足元へ集めて、一気に噴き上げる。

 

「『噴水ファウンテン』!」

 

 勢いの良い水に潟さんが持ち上げられた。あまり上がらないかと思っていたけど、助走が長かったこともあって、スピードが勝った。

 

 残念ながらあっという間に低くなってしまったけど、潟さんはその一瞬で棍棒を押し返し、搀に尻餅をつかせた。その衝撃で針がほとんど落ちた。

 

 顔も体も血まみれだ。敵ながら痛そう。僕がやったことだけど、結構残酷だったかもしれない。使い所を考えないといけない。

 

「はっ!」

 

 潟さんが大剣を振り下ろす。もうすでに噴水はない。重力に負けて土に戻ってしまった。

 

 今度は潟さんが宙に浮いた状態だ。まるで搀と位置が入れ替わったようだ。重力の大きい分、重い剣が素早く落とされる。剣先はちょうど搀の頭上を狙っている。

 

「ヒッ!」

 

 大剣はやや逸れて搀の右腕を落とした。

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