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水精演義  作者: 亞今井と模糊
九章 众人放免編
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285話 人間の目的

『必要な情報は手に入った?』

 

 父上は僕の茶器に入っていた。ベルさまの茶器から移ったみたいだ。でも同じような物だ。長くは持たないだろう。

 

 執務室を見渡す。

 

 ベルさまがいない。

 

「ベルさまはどこです?」

『僕の質問は無視なのかい?君の想い人は火理王と牢へ行ったよ』

 

 火理王さまが人間の魄失を見に来たようだ。ベルさまの言うとおり、早速他の理王から接触があったわけだ。

 

「そうですか」

『想い人は否定しないんだね』

「何で否定するんですか?」

 

 父上には僕がベルさまを好きだということがバレている。隠す必要はない。何を今更と思う。

 

『さっき当代がいるときは慌ててたじゃないか?』

「ベルさまに伝えるつもりはないからです」

 

 ベルさまの気持ちを無視してまで伝えるつもりはない。それに、その後の関係がギクシャクする方が余程怖い。

 

『ふーん。で、過去はどうだった?』

「精霊が人間を攻めようとしていたこともあったんですね」


 平和な世界を自ら崩そうとする気持ちが僕には分からない。

 

『そうだね。させなかったけどね』

「人間は生活に僕たちを利用していたんですか?」

『さぁ? それは自分で解釈して』

 

 父上は過去を見せてはくれても答えてはくれない。自分で何とかしろということだろう。

 

 それなら質問を変えよう。

 

「……僕が読んだ天地開闢の本は父上が遺してくれたんですね」

 

 精霊と人間が親しくしていた記録。人間を嫌う父上が正確に記してくれなかったら、暮さんの発言でしか情報を得られなかった。

 

『半分はね。でも僕はからだがもたなくてね。早々に退位しなければならなかった。残りは二代目に託したんだよ』


 あの後、無事に太子が決まったのだろう。そうでなければ三十三代まで続いているはずがない。

 

『二代目にも会ってきたでしょ?』

「二代目?」

 

 執務室でたくさんの精霊を見たけど、あの中でから誰かが太子になったのか? 

 

『そう。僕の侍従長だった子』

 

 父上から意外な答えが返ってきた。執務室ではなく、父上の私室で語り合っていた精霊だ。誰よりも父上の近くにいたから、意外ではないといえばそうなのだけど……。

 

「あの……人間を極端に憎んでいない精霊を太子にしたいって言ってませんでしか?」

 

 問題は人間をあからさまに嫌っていたことだ。正しく記録するために、人間の影響を受けていない精霊が良いと言っていたはずだ。 

 

『そう。彼は人間を憎んでいたけど、私情とルールを分ける冷静さを身につけた。それに僕の思いもよく理解していたから次代に相応しいと判断したんだ』


 僕が見た光景のあと、侍従長は急激に成長したようだ。個人的な恨みを抑えるのにどれだけ精神を削いだか分からない。 

 

『あの子はよくやったよ。バラバラだった理術を難易度別にして一覧を作り上げた。雫も指南書として使ったね』

 

 そういえば、初級理術一覧は第二代水理王のまとめたものだとベルさまが言っていた。原則持ち出し禁止なのに、先生が元理王の地位を利用して、僕に貸し出したそうだ。

 

 僕に貸すのは構わないけど、残った権力を無駄遣いしているとベルさまが嘆いていた。

 

 あの侍従長がまとめたのかと思うと、何だか感慨深い。一方的に知っているだけだけど、同じ侍従長出身ということもあって、ちょっと親近感が湧いてきた。


『残念だったのは混合精への迫害に目をつぶったことかな』

 

 親近感が一気に冷めた。


「何故、混合精は迫害されているんですか? 水の星にいたときから迫害されているみたいでした」

『…………今の雫はそれを知る必要はないよ』

 

 『今の僕は』なら、いつか分かるということだろうか。何故、今教えてもらえないのか。

 

「なんで……」

『質問がそれだけなら僕は帰るよ。もう過去は存分に見たんだよね?』

「あ、ま、待ってください」

 

 父上を引き留める。聞かなればいけないことがたくさんある。

 

 でもさっきも自分で解釈するよう言われてしまった。普通に質問しても答えてはもらえないだろう。

  

「……五山が水の星への道なんですね」

『そうだね』

 

 思った通り、完全な質問ではなく、事実確認という形なら父上は答えてくれた。父上の中で答えられるかどうかの線引きがあるみたいだ。

 

「人間が五山から入ってくる可能性もあるみたいですね」

『さぁ、どうだろうね。僕はちゃんと封印したよ』

 

 それは過去でもそう言っていた。攻め込もうという侍従長に封鎖した旨を確かに伝えていた。

 

「もし、その封印が解けたとしたら人間が攻めてきますよね?」

『僕にも分からないよ。今まで解けたことないし』

 

 それもそうだ。質問の仕方を間違えた。

 

『仮に人間が来るとしても、攻めてくるかどうかは分からないよね。どうして雫は攻めてくると思ったの?』

 

 逆に父上から質問が飛んできた。父上は茶器の縁に足をあげて、僕を見上げてくる。

 

「どうしてって……」

地獄タルタロスから帰ってきた後もそう言ってたよね。どうして?』

 

 地獄で見せてもらった未来の光景の中で、僕がそう口走っていたからだ。人間が攻めてくると僕自身がそう言っていた。

 

「僕が未来でそう言っていたから……」 

『では、雫が攻められると思っているだけで、実は違うかもしれないね』


 頭が混乱してきた。人間が攻めて来ないとしても、精霊界に来ているのは事実だ。

 

「雫の考えを否定しているわけではないよ。ただ思い込みはいけない。もっと冷静に……何故そう思ったのかを考えないと」

 

 小さな父上の顔を見下ろす。

 

 ついさっき見た過去でも父上は似たようなことを言っていた。私情と事実を切り捨てて、冷静に判断出来る者が理王に相応しいと。

 

 僕にも冷静な判断をしろとそう言っているに違いない。

 

「牢で『これで全部俺のものだ』みたいなことを言っていました。もしかして精霊界を手に入れようとしているのかも」

『そうだね。それはあり得るね。でも証拠はないよ』

 

 確かにそれだけでは人間が攻めてくることの確証にはならない。もう少し詰めないと話にならなさそうだ。でも幸か不幸か人間と思われる魄失はまだ何体かいる。

 

「他の……残りの魄失に聞いてみます」

『魄失相手にまともな会話が成り立つかな?』

 

 今まで何度か魄失と対峙してきた。会話が成り立つときもあれば、会話以前に襲われたこともあった。今回の衡山は後者だ。会話が出来るかどうか微妙なところだ。

 

 そうかと言って海豹人の皮を使って人間に戻しても、体がもたないようだし……。

 

『魄失同士ならともかく……話に応じない輩もいるからね』

 

 魄失同士は話をするのか。仲間意識みたいなものがあるのかも知れない。

 

「魄失って単独行動がほとんどですよね?」

『だからだよ。自分の獲物を盗られたら嫌なんじゃないか? 魄失同士で戦ってお互いの魂に傷がつくだけで、からだは奪えないからね』

 

 なるほど。魄失にも無益な争いを避けようとする意識はあるらしい。


『勿論、ひとりの精霊を狙って何体かの魄失が集まることはあるけどね』

「僕が魄失になって話をしてくるのはどうでしょう」

 

 海豹人の皮を被れば僕でも魄失になれる。反対に被れば戻れるから心配はないはず。

 

『止めた方が良いよ。太子がすることじゃない。何度もやると戻れなくなるよ』


 そんなに何度もやるつもりはない。一回だけだ。けど、この先必要になる時が来るかもしれない。その時に備えて今は止めておこう。父上まや反対していることだ。

 

「あ」

『どうした?』

 

 父上の茶器を僕の目線まで持ち上げる。父上はずっと僕の机の上にいるだけで、浮遊はしなかった。自由に飛び回れたのは過去の世界だけのようだ。

 

「父上って魄失でしたよね?」

『………………ん?』


 父上は小さな目を小刻みに瞬いた。


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