276話 銅苔の本気
魄失七体を捕縛した。
その直後に再び轟音と振動に襲われる。ここに来てから一番大きな噴火だ。
足が砂に飲み込まれないように、分厚い氷を張って踏ん張った。
「淼さま、危なーい!」
間延びした声とは裏腹に、菳が僕の頭上に飛び出してきた。上を見ると視界が養父の皮で埋まっていた。
「『一部被覆』!」
何となく気配で分かっていたけど、大きめの岩が落ちてきたようだ。菳がそれに気づいて対処してくれたらしい。
「菳、ありがとう。助かったよ」
「ふへへー、菳も役に立つよー」
菳が照れている。不思議な笑い声とともに軽い咀嚼音が聞こえた。
「待って、菳。何食べてるの?」
「へー? 銅だよ。この岩、銅がいっぱい入ってるから食べちゃったよ」
「……食べたら眠くなるんじゃないの?」
この状況で寝られたら困る。そう言おうとした瞬間、再び魄失が現れた。僕たちを捉えたらしく、まっすぐ向かってきた。暗い海底でぼんやり明るさを放っている。目立ちすぎだ。
菳を後ろに庇って位置を確認する。目立ってはいるけど、光が彗星の尾のように伸びて、正しい位置が分かりにくい。
しかも今度は何体いるのか分からない。なまじ存在が見えているせいで、正確な数が分からない。接近撰の方が良いだろうけど、菳をひとりにするのは危ない。
捕縛は厳しそうだ。退治するしかない。
「うわ、また出たー」
「菳! 寝ないでね」
本能的な問題だから、厳しいかもしれない。
沈歌姉妹は菳も被害があるから使えない。ここで多数を一気に片付けるとしたら……。
「寝ないよー。淼さま、僕がやるー」
「ちょ、ご、菳!」
どの理術で対応しようか悩んでいる内に、菳が勝手に飛び出してしまった。
いや、勝手に……ではない。指示を待つか、僕に言ってから動けと言っておいたから、自分がやると宣言してから飛び出していった。意外と律儀だ。
「ご、菳?」
ぼんやりした明かりで何が起こっているか、うっすら確認できた。
菳は水中とは思えない素早い動きで、魄失一体一体に近づき、軽く触れてすぐに離れていく。魄失が近づいた菳を襲おうとしたときには、菳はもう次の魄失に向かっている。
向かっているというよりも、魄失の方が菳に狙いを定めているのだけど、菳の動きの方が断然早い。菳を見失った魄失は、戸惑いで動きを鈍くしている。
「菳、何してるの?」
「見ててー」
魄失の一体が僕の声に反応した。獲物を見つけたと言わんばかりに、まっすぐ僕に向かってくる。魄失は体を奪おうとするから、生身の精霊なら誰でも良いのだろう。
「寄越セ……全部、俺のダ」
不快感はあるけど、以前のように鳥肌が立ったり、悪寒がしたりはしない。
玉鋼之剣なら魄失も斬れる。一体なら理術よりも斬った方が確実だ。
「内の気よ 命じる者は 水の佐 結合強め 害意を倒せ……『銅剣生成』」
目の前の魄失が叫び声をあげて動きを止めた。腹からは剣が突き抜けていて、魄失自身が放つ光で鈍く光っている。
僕が剣を抜く前に、菳が詠唱を済ませたようだ。断末魔を上げながら魄失が消滅した。
上を見ると他の魄失も次々と倒されていく。腹からは一様に剣が突き出している。その剣の元には苔がびっしり這っていた。
「淼さまに触るなー」
菳がそう言うと銅剣が魄失を切り裂いた。まるで剣自体に意思があるように滑らかな動きだ。
「淼さま、ただいまー」
「お、おかえり」
菳が海底に降りてきた。まだ上の方では悲鳴が聞こえているから油断は禁物だ。
「どんな理術を使ったの?」
「さっき食べた銅で『銅剣生成』を使ったんだよ?」
菳は見ててって言ったでしょ、と少し不満そうだ。
「勿論、見てたよ。見事だったね」
「ふへへー」
銅剣生成は分かる。金精の初級理術だ。鑫さんなら金剣になるだろうけど、金精なら簡単に使える理術だ。恐らく水精にとっての水球並みだろう。
でも手に取る武器を作るのが普通だ。今のようにあちこちに剣を生やすのは一般的ではない。
「それは分かるけど、苔も使ってなかった?」
「うん。『植付繁殖』で魄失に苔を植え付けてから、そこに銅を集めたんだよー」
それは菳にしか出来ない。独自に編み出した理術だ。
純粋な金精が今と同じような攻撃をしようとしても難しいだろう。まず自身の金属を相手にくっ付けるところからだけど、それが出来ない。表面に粘着性のあるものか、磁石でもないと金属自体は相手に付かない。
その点、苔は表面がボコボコしていても這わせられる。菳はその苔に銅を含ませて、銅剣を生成した。
魄失が苔をどう思ったかは分からないけど、普通は苔から金属が出てくるとは予想しにくい。相手を油断させられる。
混合精は初級理術しか使えない。でも組み合わせれば、誰も予想できない戦い方が出来る。菳と同じような木と金の混合精がいたとしても、戦い方までは真似できないだろう。
「菳も役に立つでしょ?」
恐らく菳は胸を張っているのだろう。魄失が放っていた光がなくなって、残念ながら誇らしげな姿は見られなかった。
「そうだね。頼りになるよ。それより海水は大丈夫?」
「ねー、それより淼さま。ちょっと思ったんだけどー」
僕の話は無視なのか。
まぁ、今の様子だと大丈夫なのだろう。養父上の皮衣が効いているようだ。
「噴火が起こると魄失が降ってくるよねー」
「うん。僕もそれは思ってた」
菳の指摘は正しい。でもそうとも言い切れない。
海底に着いてから噴火は二回起きている。その後、落石もある中、魄失が数体ずつ現れている。噴火と魄失が連動しているのか、それともたまたまなのか。
二回だけだと、噴火で魄失が現れると言い切ることが出来ない。
「中に魄失が詰まってるのかなー? 見てこようかー」
「うーん、火口は立入禁止だから難しいな」
それに中を覗くのは危険行為だ。
話をしていると、また噴火が起きた。かなり小規模だ。これで魄失が降ってくれば、噴火と魄失が連動していると言って良いだろう。三回も偶然が連続で起きるとは考えにくい。
菳も黙っている。魄失の気配がないか、集中しているのだろう。
「来る」
魄失が現れた。今度は二体の気配だ。
もう間違いない。噴火が起こると魄失が現れる。そして、噴火の規模に合わせて現れる魄失の数が変わっている。
二体の魄失が重なった瞬間を狙って、ひと振りで切り捨てた。噴火が起こる度に現れるなら、捕縛してもキリがない。
「さて、どうしようかな」
噴火そのものは抑えられない。けど、このままだと噴火の度に魄失が海に散らばってしまう。
僕がここに張り付いているわけにもいかない。何かを仕掛けておかないと……。
「ねぇ、菳。銅苔は海の中でも生きられる?」
「……んごごぴ」
静かだと思ったら、菳はすでに愉快なイビキをかいていた。




