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水精演義  作者: 亞今井と模糊
二章 水精混沌編
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26話 帰館

「おい! これも効いてねぇぞ!」

「何だよ、こいつ! もう、さっさと引き渡しちまおうぜ」


 口の布を外そうともがいていると、数人の足が何歩か下がったのが見えた。攻撃が効かない僕を気味悪がっているようだ。


 残念ながら僕自身の力ではない。


「気色悪ぃ……」

「くそぅ! まだだ! 水精なんか! ……水精なんかにっ!! 炎の気 命じる者は はぜるの子 灰も残さず 骨まで燃やせ 『爆炎焼ばくえんしょう』」

「おい! それは!!」 


 さっき止められた理術かな。詠唱の最初はさっき少し聞いた気がする。そこまで止めるってことは結構強い理術なのだろう。もしかしたら上級かな。


 案の定、息が苦しくなったのを必死でやり過ごす。七竈には六つ目の実がなってしまった。


 あと一回だ。


「おい、うそだろ……『爆炎焼』が効かないなんて。高位の水精だって多少のダメージは受けるだろ……」 

「んだよ、お前の詠唱の仕方が悪いんじゃねぇの? 俺がやってみるか?」

「あんだと? じゃあ、やってみろよ!」


 また仲間割れだ。


「そうか……炎の気 命じる者は 火の太子 灰も残さず 骨まで燃やせ『爆炎焼』」


 さっきの詠唱と同じだけど、一部が違う。それだけで周りの理力がごっそり向こうに流れていった。


 威力が全然違う気がする。ワンフレーズ違うだけで同じ理術のはずなのに。


 ここままだとまずい!

 

 七竈ナナカマドで火そのものは防げても、僕自身の息が続かないかも知れない。急いで思いきり息を吸って体に空気を溜める。反射的に目を閉じた。


 ………………あれ? 苦しくない。


 ゴゥッという炎の音もさっきより遠いような。恐る恐る目を開けると、火の海が広がっていた。


「炎の海を彷徨さまよいながら消えろ」


 近くで聞きおぼえのある声がする。動く範囲で首を動かすと、外套がいとうを頭から被った人物が立っていた。


 器用に片手で外套を外すと、そこから見慣れた赤い頭が出てきた。


 淡さんが来てくれた!


 助かったという気持ちが心の奥から溢れ出す。肩の力が一気に抜けた。


「大丈夫か?」


 あわさんが口の布を外してくれる。ようやく息苦しさから解放された。ずっと布を噛んでいたせいで顎が痛い。


「はっ……ありがと、淡さん」

「他に、言うことはあるか?」


 淡さんの顔が怖い。本当に怒っているのが嫌でも分かった。


「……ごめんなさい」


 淡さんは僕の後ろに回る。屈んで手をほどいてくれた。不自然に固定されていたから、肩もギシギシしている。強引に動かすとあちこちが鈍く痛んだ。


「俺は早く王館に帰ろうって言ったな?」

「……はい」


 静かに語られる分、余計に怖い。怒鳴られた方がマシかもしれない。


「一人で動くなとも言ったな?」

「……はい」


 素直に謝る。返す言葉が見当たらない。


「こういうことになるからだ」

「……はい。ごめんなさい」


 淡さんの言う通りだった。まっすぐ王館に帰っていれば、こんなことにはならなかったんだ。


「本当にごめんなさい」


 自然に謝罪の言葉が出た。あわさんは盛大にため息をつきながら、脱がされかけた外套を掛けてくれた。


「俺も悪かった」

「へ?」


 間の抜けた声が出てしまった。何故、淡さんが僕に謝る必要があるのか分からない。


「何のために付いてきたのか。兄弟の時と言い、今度と言い、雫を全然守れてねぇ」

「そんなことないよ!」


 目の前で手を振って否定する。淡さんにはいっぱい助けてもらっている。これ以上、守って欲しいなんて言わない。


 淡さんの後ろに僕の荷物が転がっているのが見えた。淡さんの横を通りすぎて、焼け跡に足を踏み入れる。


 熱さは全く感じない。真っ黒になった地面は見た目に反してすっかり冷えていた。


「警戒していたのにこの様だ。情けねぇ。帰ったら俺も訓練する。絶対もっと強くならねぇと……理王に相応しくあるように」


 理王に……?


 淡さんが今、何と言ったのか。

 遠くて聞き取れなかった。


「それより、あのババアだ! 何故俺たちが金貨を持っていると知ってたのか。それと竹伯の対価を示したときも動揺していなかった。恐らく知ってたんだ。普通はここで伯位アルの名を出せば、いくら他の属性でも少しくらいは驚くだろ!?」


 そういう淡さんも伯位アルなんだよね?

 そこは気にしなくていいの?


 さっき何て言ったか聞こうと思ったのに、今のでタイミングを逃してしまった。


 荷物の汚れを軽く払って背負う。自分の服も土埃つちぼこりがすごいので軽く叩いた。砂がサラサラと落ちていった。


 ところで、十数人いたはずの火の精霊はどこにいったんだろう。火の海が収まると、そこには誰もいなかった。辺りを見回しても誰もいない。


 まさか火精が火に飲まれた?


 自分で考えて、それはないと否定する。水精が水で溺れるようなものだ。


 それは流石に僕でもあり得ない。


 それよりさっきから気になっていたことがある。あわさんはあの炎をどうやって出したんだろう。


 火精が苦手な水の理術を使わなかったのは、何か理由があるのだろうか。


「あの、淡さ……」

「あのババアだけじゃない! 品を並べている連中が……今、何か言ったか?」


 淡さんはまだ怒っていた。


「あ、いや、なんでも……ないです」


 淡さんは大層ご立腹だ。今、話しかけるのは止めよう。火に油を注いでしまうかも知れない。


 淡さんは不思議そうな顔で僕を見ていた。でもすぐに気を取り直して、荷物を背負った。


「まぁ良いや。今度こそ帰るぞ」 

「うん!」


 早く帰りたい。

 びょうさまに会いたい。


 会ってまず何の話をしようか。

 それから、王館に帰ったら、あわさんから光る水球の作り方を教わろう。

 あと、このボロボロになった衣も直してもらわなわきゃ。


 あわさんが僕を振り返る。でも足は止まっていない。今度こそ置いてかれないようにしなくちゃ。


 ほとんど小走りで淡さんについていった。それを見かねた淡さんが腕を掴んできた。もう、はぐれる心配はなさそうだ。


 来たときよりも遠く感じるのは早く帰りたいからだろう。


 たった二週間なのに、ずいぶん離れていた気がする。母上や兄上と十年会ってなくてもこんな気持ちにはならなかったのに……。


 僕の心が弱くなったのかな。それとも、水精の兄弟とか、ガラの悪い火精とかに絡まれたせいで、安心できるところに戻りたいだけかな。


「やっと見えてきたな」


 淡さんがずり落ちてきた鞄の紐に手をかけた。それを反動をつけて背負い直す。


 僕は王館が見えた瞬間から前ばかりを向いていた。そのせいで隣をよく見ていなくて、淡さんの肘にぶつかりそうになった。


 不安や襲われたからではない。ただ、純粋にびょうさまに会いたい。


 寄り道したことを怒られてもいい。

 外套をボロボロにしたって怒鳴られてもいい。

 淼さまの顔を見たい。


「雫、待てって。急に速度をあげるな」


 そんなこと言われても足が勝手に動いてしまう。今度はあわさんが小走りだ。


「ったく。ちょっと待てって。おい! 水門の精に告げる! あわ・雫、帰館した! 開門!」


 淡さんが何か叫びながら僕の肩を掴んだ。もうすぐなのに何故止めるのかと思った。そこで初めて自分が黒い門の目の前に来ていることに気づいた。


 恥ずかしい。淼さまに会いたい一心で門が見えてなかったようだ。こんなに大きな門がみえないなんて……。


 門がゆっくり開いて、すぐに入れてもらえた。あわさんと門番の精が何か話している。


 手続きか何かあるのかもしれない。でも早く戻りたい。そう思いつつも淡さんを待っていると、赤い小蛙花ラナンキュラスが目に入った。


 吸い寄せられるように足が向く。その先には白い水芭蕉がある。さらにその先には池があって水連が浮かんでいる。


 ここは二週間前に通った。記憶を辿りつつ、自然と体が動いてしまう。


 後ろの方からあわさんの声が聞こえた気がする。けど、黒い建物が見えた時にはもう走り出してしまっていた。


 黒い建物は水の王館だ。あそこに行けば……。




 ◇◆◇◆




「あぁー。……行っちまった」


 一応声はかけたが、耳に届いていないのか。二週間前に帰り道が分からなくなると言ってた姿が嘘のようだ。


「よろしいのですか? えんさま」


 門番の一人が話しかけてきた。二人とも深い茶色い髪と目を持ち、その姿は似通っている。水精には珍しい色だ。


「まぁ王館内に入ったし大丈夫だろ」

「はぁ……まぁ、焱さまがそう言われるなら」 


 高い声も似ていて、口の動きを見なければ、どっちがしゃべっているのか分からない。


「やれやれ、俺は火の王館に寄ってからだな。ぬりぬた、お前たちも戻って良いぞ。水門ここはしばらく必要ないだろう」

「かしこまりました」

「では、失礼します」


 二人の水精が人型を崩し、どろどろと土に還っていった。すぐに足下を移動している気配がする。敵だったら身構えているところだ。


「さて、俺も一旦帰るか」


 火理王へ帰館の報告をするため、赤い王館に足を向ける。背後でズズズッと門の消える音がした。

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