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水精演義  作者: 亞今井と模糊
九章 众人放免編
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270話 会議の後

 ベルさまが帰ってきた。早く帰ってくれば良いなとは思ったけど、想定外だ。

 

「御上、お早いお帰りですね」

 

 僕の代わりに潟さんが声を掛けた。ベルさまはちょっと不機嫌そうだ。

 

「そんなに早かったか?」

 

 言い方にトゲがある。ちょっとどころではなく機嫌が悪い。

 

 潟さんも悪気があったわけではない。でも疲労のせいか、下手に話しかけたら不興を買う。ベルさまに聞こえるように潟さんに命じて、僕の部屋に下がらせた。


 ベルさまが自分の席に着くのを横目に、僕は声を掛けずに席を立った。

 

 部屋の奥へ入って棚から茶器を二つ取り出した。最近、自分ではあまりやらなくなってしまったけど、お茶の淹れ方くらいは覚えている。久しぶりとはいえ、体に馴染んだ作業だ。 

 

 盆に茶器と茶菓子を並べて、ベルさまのところへ戻る。ベルさまは少し目を驚いた顔で僕を見上げた。

 

「改めて、お帰りなさいませ」

 

 昔はこうやってベルさまの帰りを待っていた。最近は逆だ。視察から帰ってきた僕を、ベルさまが待っていてくれる。

 

 久しぶりに昔に戻った気がする。

 

「お茶か……。久しぶりだね」

「どうぞ。お疲れでしょう」

 

 受皿ソーサー茶器カップをベルさまの前……利き手寄りに並べる。後から茶菓子を置いた。

 

 ベルさまは茶器に手を当てた。すぐに飲もうとはせず、お茶の香りと温度を楽しんでいるようだ。

 

「良い香りだね。私の好みを覚えていたとは流石だ」

「ベルさまの好きなお茶を忘れるわけがないです」

 

 勿論、お菓子も。料理も、洗濯した後の襟の立て方も。

 書類の並べ方も、インクの壺を置く場所も。


 全部、覚えている。そう言ったらベルさまにストーカーだと笑われてしまった。

 

 ひとしきり笑った後、ベルさまはようやく茶器を口につけた。火傷の心配は……水理王には杞憂だ。

 

 袖が捲れて白い手首が見えた。昔とひとつ変わったのは、手首に釧が嵌まっていることくらいだ。

 

 修理されて以降は引き出しの中に収まっていた。でも今は僕と揃いの義姉上の釧が品良く腕を飾っている。


「会議はどうでしたか?」

 

 ベルさまの喉が上下するのを見届けてから尋ねる。

 

「……長かった」

 

 ため息と一緒に短く吐き出された言葉は、とても重かった。日数だけなら前の会議の方が長かった。でもベルさまにとっては今回の方が辛かったようだ。

 

「こっちは何日経った?」

「七日目です。丸六日は経ちました」

「そうか。思ったほどではないね。私が不在の間に何か問題は?」

 

 ベルさまが再び茶器に口を付ける。顔色が少しずつ良くなってきた。眉間のシワが消えかかっている。

 

「王館外で大きな問題はありません。ただ……」

「ただ?」

 

 疲れているベルさまに伝えたくない。でも理王としては聞いてもらわないといけない。

 

グレイブさんが……亡くなりました」 

 

 茶器を机に戻す手が一瞬だけ止まった。ベルさまは、そうと短く返事をしてそっと茶器を戻した。

 

「残念です」

 

 今から二日前だ。垚さんが知らせてくれた。理王会議中は公にはしないと言っていたから、またほんの一部しか知らない。実は潟さんにも言っていないことだ。

 

 垚さんは会議中でも土理王さまに連絡は出来る。けど、会議に支障が出るかもしれないから、伝えないと言っていた。

 

もどらなかったか」

「はい……残念です」


 原因は分かっている。地獄タルタロスの扉を開けるために魂魄こんぱくを消耗したからだ。重傷だとは聞いていたけど、まさか亡くなるなんて、思ってもいなかった。

 

 地獄への滞在時間が長くなるほど、土師クリエイターの負担は大きくなるそうだ。森さんが先に帰ってから、僕たちが戻るまで二十日以上経っている。

 

「土理王さまに謝罪に行った方が良いでしょうか?」

 

 僕たちのために地獄タルタロスへの扉を開けてくれた。僕がグレイブさんを傷つけたようなものだ。

 

「やめなさい。土師クリエイターへの侮辱だ。垚は何て言った?」

「僕のせいじゃなくて、耐えられなかった坟さんに問題があると……酷くないですか?」

 

 会議が終わって土理王さまが帰ってきたら伺うつもりだった。けれど垚さんは謝罪は不要だと言い放った。

 

「別に酷くないよ。垚が正しい。彼女は職務を全うしたのだから、それをねぎらうならともかく、謝罪はまずいよ」


 ベルさまにも謝罪を否定されてしまうとは思わなかった。

 

「土師としての仕事に誇りを持っていた者に、『そんな仕事をさせてごめんなさい』と言うつもりなのか?」

 

 そこまで言われてしまうと言葉に詰まる。ルールがどうこうというわけではないけど、僕が間違っているようだ。


「では謝罪ではなくてお悔やみなら……」

「それなら問題ないけど、弔問をする時間はないよ」

 

 ベルさまが茶菓子に手を伸ばした。カリッという軽い音とは対照的に、ベルさまの表情は重かった。

 

ルールが少し変わった」

「太子はひとりで行動しないこと……ですか?」


 何故か背筋が冷たくなった。背中を水母くらげにでも撫でられたような奇妙な感覚だ。

 

「そう。多少の例外を除いて、『太子はひとりで行動する』という理を変更する。初代さま方の承認も得た」

 

 理を変更するには初代も含めて全会一致が求められる。父上もそこに加わっているはずだ。何だかむず痒い。

 

「『すけ』という役職を新設することになったよ。太子の補佐役としてね」

 

 自惚れかもしれないけど、潟さんがヤキモチを妬きそうだ。


「その人選をしないといけない。それと、すけは『混合精ハイブリッドであること』が絶対条件だ」


 混合精と聞いて、まず浮かぶのがわかちゃんとたぎるさんだ。どちらかが僕の佐になってくれれば、気兼ねなく過ごせるけど……。

 

「『自らの属性を持たない混合精ハイブリッドから任命すること』だそうだよ。雫が考えている貴燈姉弟はダメだ」

 

 ベルさまには考えていることがバレバレだ。

 

 竹伯が言ってたのはこれだったのか。

 

 免が合成理術を用いるなら、こちらも三属性以上で対抗すれば良い、と竹伯は言っていた。

 

 混合精は初級理術しか使えないけど、その代わり二属性の攻撃ができる。

 

「雫が選べるのは、水以外の性質をもつ混合精だよ」

 

 例えば、僕のすけに土と火の混合精が就くとしたら、水と火と土の三属性を得ることが可能だ。仮に視察中に免と出くわしてしまっても、ひとりで相手をするよりは勝率が上がりそうだ。

 

 場合によってはこちらも合成理術で対抗できる。水球も火球も初級理術だけど、正しく組み合わせれば合成できる。威力抜群の水蒸気爆発エクスプロージョンだ。

 

「頼める精霊がいるでしょうか?」

「高位の混合精なんてそんなにいないからね。実際は消去法になるかもしれないね」

 

 ベルさまは手を僕に伸ばしながら、水精台帳を返すよう言った。すでに使い終わって切るので、ちょうど良い。

 

「雫のすけはどの混合精にしても他属性だ。他の理王からの推薦を受ける。逆に私は混合精ハイブリッドを他属性へ推薦しなければならない」

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