25話 水拐い
あれ、僕寝てた?
寝ぼけているのか、頭が回らない。
今日って、出掛けて何日目だっけ?
やけに揺れるんだけど、なんでだっけ?
「よし! この辺でいいだろう」
身体全体に伝わる振動と、耳元で聞こえた大きな音で覚醒した。少し遅れて鈍痛が襲ってきた。
目を開けると地面があり、埃っぽくて咳き込んでしまった。
「ん? 起きたんじゃないか?」
「あ?」
この感じだと寝ていたわけではなくて、気絶させられていた可能性が高い。
まったくよく襲われるなぁ。
頭のどこかで他人事のように考えている僕がいる。考えることを放棄しているわけではなく、率直な感想だ。
兄姉に襲われたのは昨日だったかな、今日かな。
体を起こそうとして動けないことに気づいた。後ろで腕を固定されているみたいだ。
「なぁ。こいつで良いんだよな?」
髪を掴まれた。強引に顔を上げさせられる。髪よりも首が痛かった。
「あぁ。間違いない」
「火鼠の衣なんて上物を着た水精が他にいるかよ」
今度は何人だろう。視界に入るのはほんの一部だ。耳に入る声の方が人数は多い。
でもそれだけでは何者かもよく分からない。また僕の知らない兄姉だったりして。
「こんなボロボロの服に価値あんのかぁ」
頭を解放されて、頬が地面に落ちた。そのせいで目に砂が入ったかもしれない。ゴロゴロと痛んだ。
「火鼠の衣はどんなにボロでも高温で焼けば元に戻るって話だぜ?」
へぇ、そうなんだ。
だから淼さまは汚しても破いても構わないと仰ったんだ。そういえぱ、淡さんも後で直してやると言っていた。
淡さん、心配してるかな。
「おい。武器は取り上げておけよ」
「おぅ。何か持ってんのか?」
二人が近づいてくるのが見えた。その内の一人が僕を跨いで、腰に手を掛けてきた。
「何だこれ? 長いナイフ持ってるぜ。こんなうっすい刃で切れんのかよ」
「うっ……」
鞘を残して刀を抜き取られた。それは淼さまが持たせてくれた刀だ。ついでと言わんばかりに蹴られたせいで、抵抗できなかった。
使わないことを祈るといわれたけど、使わないというのは、盗られることではない。淼さま、ごめんなさい。
そうだ! またブリザードで……!
「詠唱できないように口塞いどけよ」
「そうだな。おい、布かひも持ってねぇ?」
「おぅ。おらよ」
まずい!
早口で詠唱をしてしまおうとしたけど、間に合わなかった。また頭を掴まれて口を塞がれてしまう。
「んーっ、んんっ」
「うるせぇよ!」
また蹴られた。どうしよう。ピンチばっかりだ。結局、何人いるのかもよく分からない。
もしかして、十人くらいいるんじゃないだろうか。すぐに攻撃している様子はないので、話に耳を傾ける。
「こいつどうする?」
「引き渡すことになってる」
「ただでか? 対価はないのか」
引き渡す? 誰に?
「まぁ、待てよ。あいつはもう少しで昇格なんだとよ」
「だから?」
昇格に何故僕の引き渡しが必要なんだろう。話についていけない。
「昇格したら季位の水精を何体でも俺らに寄越すって言ってんだ。煮ようが焼こうが、好きにしろってな」
季位の水精を煮ようが焼こうが?
何か物騒な話になってきた。嫌な予感がする。
「信用できんのかよ」
「出来るわけねぇだろ。だから渡す前にこいつも煮るか焼くかしてやるんだよ」
この展開、昨日今日で味わったばかりな気がする。
「煮ると焼くの間違いじゃね?」
「はっ、違いねぇ」
何人かが近寄ってきた。顔は分からないけど、橙色の頭が見えた。
「やり過ぎて消すなよ?」
「火精がいつまでも水精に怯えてると思うなよ」
「あぁ、消えるギリギリまでやってやろうぜ」
まずい! 火精だ!
淼さまが言っていた奴らだ。水精に恨みをもつ火精。弱そうな水精を狙っていると言っていた。
僕は本体が少ないから僅かな火の攻撃でも……消えてしまうかもしれない。
「んーっ! んー!」
「うるせぇなぁ」
「『火球』!」
やられるっ!
反射的に目を閉じた。
ドンッという衝撃と…………あれ、何も起こらない。肩に当たったはずなのに。
恐る恐る目を開けて肩を見る。当たったところが白くなっていた。
火鼠の衣が僕を守ってくれたようだ。
「チッ、おい。それ脱がせておけよ!」
「腕縛っちまった、くそっ! おらよ!」
「ぐっ……ぅ」
蹴られた。三回目だ。外套を中途半端に脱がされた。後ろ手に縛られたところで引っ掛かっている。
「これならいいだろ?」
「まずはどうする? 髪でも燃やしとくか?」
「ひひっいいねぇ。威力上げちまうか?」
わざと僕に聞こえるように大きな声で喋りだした。向こうにとっては本気ではないかもしれないけど、僕に対しては十分な脅しだった。
喉がゴクリと鳴った。
「ふ……炎の気 命じる者は」
「おい、まて! それじゃあ、髪だけじゃすまねぇ、火ダルマんなるぞ!」
「うるせぇ、俺の姉貴は水精に消されてんだ! これくらいで済むかよ」
あぁ、流没闘争の犠牲になった火精の家族だ。本格的な恨みがあるのだろう。
僕はこいつらが思ってるよりも遥かに弱い。普通は消えない程度の攻撃でも僕は消えてしまう。今度こそ……まずい!
「手加減ならこれくらいだよなぁ、坊主? 火の理力 命じる者は 灯の名 火玉を集め 大気を焼かん『大火球』」
大水球と同じくらいの火の玉だ。僕も大水球が使えれば打ち消せるのに!
体を丸めて衝撃を覚悟したのに、今度はそれすらなかった。
「何だ、こいつ?」
何って? 僕が聞きたい。
体を縮めたせいで腰に残っていた鞘に目が向いた。今まではなかった赤い粒が付いている。
そうか、七竈の笄だ! 鞘につけてたの、忘れてた! 確か、七回までは火の攻撃を防いでくれる!
「全然効いてねぇよ!」
「弱いんじゃなかったのか!?」
「くそっ、誰だよ、んなこと言ったのはよ!」
弱いです! 合ってます!
火を防げるのはあと六回だ。その間に口を何とかして詠唱できれば、僕でも理術で抵抗できる!
「ちくしょう! 俺たちの親父はな、親友だと思っていた水精に傷つけられたんだ! そのせいで元の半分の力も出せねぇ!」
「お前も同じようにしてやる! 気の熱よ……」
この二人は兄弟か。僕にも少し余裕が出てきたのか、客観的に周りを見られるようになった。
「『燃焼』!」
「『火石』!」
あ、二人同時だ。
「ぐっ……ごほっごっ、ほ」
火は防げても重い威力は防げない。一瞬炎に包まれたあと、まともにお腹に衝撃が来た。咳こんでしまう。
腰を見ると赤い物体が増えていた。七竈の赤い実だ。先ほどまで一つだったのに、今見たら三つある。
なるほど、受けた攻撃の数だけ実がなるんだ。あと四回。
「何でこいつ、効かねぇんだ?」
「もっと強いやつでやって良いんじゃねぇの?」
「かもな。なら……『炎爆』」
ボンッという音が耳元でしたがすぐに消えてしまった。
「全然燃えてねぇよ。焦げてすらいねぇな」
「うっ……」
髪を掴まれて上を向かされる。背筋を鍛えるような体勢だ。首を痛めそう。
「気持ちわりぃな」
「ぐっ……ふ」
頭を地面に叩きつけられた。痛いけど氷柱で刺されたほどではない。消えてしまう可能性を考えれば、こんなの大したことはない。自分に言い聞かせる。
「持ってる理力が多いんじゃないか」
「いや、あいつの話では、弱いからほどほどにってぇことだ」
「弱い? 『火球』も『燃焼』も『火石』も『炎爆』も全部効かなくてどこが弱いんだよ! あぁ!?」
「俺に言うな!」
仲間割れ? 僕に意識が向いていない今がチャンスだ!
顔を地面に擦り付ける。ちょっと顔が痛い。擦りむいたかもしれないけど、それくらい良いや。何とかしてこの布を取りたい。
「くそっ! ちくしょうっ!……『高熱炎焼』《ハイフレイム》!」
また衝撃が来るかと思ったけど、それはなかった。僕の周りの温度が急激に上がり、ゴゥッという炎に包まれた。
熱くないけど息が出来ないっ。苦しい!
七竈を見るとまだ守ってくれている。強い理術でも大丈夫みたいだ。
七竈の笄が守ってくれるのは、あと二回。
「っふ……」
息が出来るようになった。目を瞑って思い切り顔を擦りつける。今度は顔が鈍く痛んだ。切れたかもしれない。でも口に少しでも隙間が出来れば良い。何度も何度も地面に顔を擦り付けた。
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