261話 混合精との恋
鐐さんと滾さんのことは、どうやら本当らしい。
金理王さまを前に言いにくいけど、聞かずにはいられない。
「失礼ですけど、鐐さんは混合精を……その、苦手っていうか、えーっと……」
言葉を選んでも伝わる内容は一緒だ。でも何て表現すれば金理王さまを傷つけないか、頭を巡らせる。金理王さまの様子を覗き見ると、玉座の上で盛大に欠伸をしていた。
「嫌ってはいないのよ。ただこなたが次代を残すために、混合精相手では駄目だと主張していたのよ」
「はぁ……」
本人を目の前に、他所の家の跡取り問題に首を突っ込んでしまった。非常に居心地が悪い。
「確かに鐐や他の皆が言うように、次代や政のことを考えれば、こなたと御上は別れるべきなのよ」
金理王さまは肘を膝の上に乗せて、鑫さんを見下ろしている。
この話をどんな気持ちで聞いているのだろう。
「でも……鐐も分かったと思うわ。心に決めた相手がいるとね、他の精霊とは魂繋できないのよ」
「まぁ、それはそうですね」
お互い好意を抱いているとか、信頼関係を築いているとか、そういった二人の結び付きがなければ魂繋したいとは思わない。
「魂繋したいかどうかというよりも、魂がうまく結び付かないのよ。他に想う精霊がいるとね」
独り身だけどそれは分かる。次代のことを考えたところで、魂繋できないのでは無意味だ。
それに相手にも失礼だ。
続きを促すように鑫さんをじっと見ていたら、金理王さまが咳払いをした。
「こなたも鐐も混合精を想ってしまったわ。こなた達は次代を紡げない。だからそのときは廃山になるわね」
「まだ分からないぞ。将来、鍇が魂繋して、生まれる子が高位ならば廃山を取り消せる」
金理王さまが話に入ってきた。
以前、金理王さまは両親ともに低位だと言っていた。低位から高位が生まれることは滅多にないらしい。
同じことが季位の鍇さんにも都合良く起こるとは思えない。
「そう……なると良いですね」
曖昧な返事しか返せなかった。
「雫。滾という精霊と親しいと聞いた。もし、貴燈山へ行くことがあったら『望むなら魂繋を許す』と伝えてもらえるか?」
「あ、それならちょうど今から行……ん?」
そう言いかけたとき、背後に気配を感じて振り返った。鈿くんが僕の真後ろに立って、僕の服を軽く引っ張っていた。
「鈿、太子に断りもなく触れてはダメよ」
鑫さんが鈿くんを注意した。それを聞いて鈿くんの手が僕の服から離れていく。軽い重みがなくなった。
「それと、もう少し離れて立ちなさい。相手がびっくりするわ」
「分かったよぉ」
続く注意に鈿くんはちょっとご機嫌斜めだ。ちょっと可哀想だけど、ここでは鑫さんが保護者だ。今後のことを考えて今の内から色々教えてもらった方がいい。
ちゃんと教えてくれる精霊がいるのは、ありがたいことだ。鈿くんにもそれが分かる日が来るだろう。
「鈿くん、僕に何か用だった?」
鈿くんは尖らせていた口を開いて、扉の方を指差した。
「お兄ちゃん、おじちゃんが迎えに来たよ」
「おじちゃん……?」
おじちゃんって誰だろう?
おじちゃん……等さんか?
金の王館に低位の木精が来るわけないと思いつつ、おじちゃんに相当する知り合いが思い付かない。
「護衛のおじちゃんだよ」
「あ…………潟さんだね」
そういえば、鈿くんは前も潟さんのことをおじちゃんと呼んでいた。本人は傷ついていたけど、ベルさまは諦めろと言っていた。
「お兄ちゃん、どうしたの? おじちゃん、待ってるよ」
「潟が来たなら早く戻った方がいいわよ。来てくれて助かったわ」
「こちらの情勢も伝えたしな。これから土の王館で何か実験をすると聞いたぞ、君も行くんだろ?」
帰る雰囲気になってしまった。鑫さんに会うのは久しぶりだから、まだ話したいことがあった気がする。
でも仕方ない。今はまだゆっくり話している時ではない、と自分に言い聞かせる。
「では失礼します」
「あぁ。水理によろしくな」
「月代の馬鹿どもが片付いたから、こなたも後から伺うわ」
鑫さんが珍しく実家を蔑む言い方をした。今回のことは流石に目に余ったのだろう。
「お兄ちゃん、またね」
鈿くんが扉を引いてくれた。押すとき以外は普通に手で開けるようだ。その小さい体のどこに、巨大な扉を引く力があるのか疑問だ。
「鈿くん。今度、潟さんに会ったらおじちゃんって言わないで、潟さんって呼んであげて」
鈿くんは不思議そうにしながらも、素直に了承してくれた。鑫さんの高い笑い声を背中にして、謁見の間を後にした。
「お帰りなさいませ」
「ぅわぁ!」
出てすぐに声をかけられるとは思わなかった。廊下の壁に張り付いていた潟さんに気づかなかった。
「随分と長居をされていたようですが、何かありましたか?」
さっき僕が鈿くんに言った内容は聞こえていなかったようだ。
「いや、別に……」
話した内容を隠す方が逆に怪しい。潟さんから、完全に何かあったという目で見られている。
「月代の断罪に付き合ってただけだよ」
自分で言っておいてなんだけど、『お茶に付き合ってきた』という感じで軽く言ってしまった。
この処罰で多くの精霊が名を失った。その事実を伝えるには、不適切だったかも。
「そうでしたか。解決しましたか?」
潟さんは潟さんで、あっさりした反応だった。すでに半分くらい興味を失っている。
大方、僕が関係してないなら良い、くらいに思っているのだろう。
「穏やかに収まれば良いな」
月代の今後がどうなるのか。僕の関与するところではない。
跡を継ぐ高位が、二人とも混合精と結ばれるなんて……運命の悪戯だと思う。
「混合精はどうして次代を残せないんだろうね」
ふと口をついて出た。ほとんど独り言みたいな言葉だったけど、潟さんはそれを聞き逃さなかった。
「危険だからでは?」
「危険……混合精が?」
潟さんが用意してくれた水流に入って、水の王館へ戻る。着いた先は私室の前だった。
「二属性でも他の属性よりかなり有利です。苦手な属性も二倍ですが、耐性も二倍です」
煬さんが良い例だ。
火と土の理力を持っていて、水に弱い火精のはずなのに、土の理力のせいで耐性があった。僕の理術が貧弱だったせいもあるかもしれないけど、まるで効いていなかった。
先生が前に言っていたけど、煬さんは混合精の中でも最強クラスらしい。理王候補になるくらいだから、強いに決まってる。
「だから『初級理術しか使えない』という理でバランスを取っているのか……」
ひとりで納得してしまった。
潟さんは私室の扉を開きながら、何かを思いましたような声を上げた。
「お迎えにいった理由を忘れるところでした。火太子が先ほどお戻りになりました。土の王館へ向かった方がよろしいかと」
そういう大事なことは先に言って欲しい。




