260話 月代断罪
「というと?」
僕への無礼を待っていた……というからには何か思惑があるのだろう。
謀反の話と鐐さんの話を聞きたくて、伺うと連絡は入れてあった。それを狙ったということか?
「身共も同じ理由で何度も裁くわけにはいかない。一つの罪に一つの罰が原則だ。勿論、例外はあるけどな」
金理王さまは視線を入り口の扉へ移した。
「金字塔をここへ」
金理王さまが声をかけると、鑫さんが動いた。それからすぐに鈿くんを連れて戻ってきた。
少し右へ退いて、鈿くんが正面に来られるように避ける。半水球を引きずって来たようだ。引きずってというよりも、足で押して来たらしい。転がる形にしておけば良かった。
「金字塔、今起きたことを正直に話せ」
鈿くんが足を半水球から下ろす。両手を地面から上げ、パンパンと砂を払うような仕草をした。室内なのでそれは必要ないと思うけど、きっと癖なのだろう。
「はい、御上! 月代の精霊は水太子にあいさつをしませんでした」
「他には?」
片手をピンと上げて、元気よく金理王さまに報告する。金理王さまの返事は素っ気ないものだ。
「水太子に礼をしませんでした」
「挨拶は礼のうちだな。もっと具体的に」
金理王さまが鈿くんに冷たい。そう思ったけど、金理王さまの目は鈿くんではなく、半水球に向けられていた。
「えーっと、道を塞ぎました! あと、『水精が勝手に入ってくるな』って怒鳴りました!」
鈿くんが更に声量を上げて答える。
半水球の中で何か騒いでいるようだ。何を言っているのか分からないけど、声が少し漏れている。
鬱陶しいので少し細工をする。こちらの声は聞こえるけど、中の声は漏れないようにした。
「今回の謀反に関しては、王館直轄地での強制労働を以って良しとした。身を粉にしての働き……ご苦労だった」
金理王さまの言葉に皮肉が混じっている。
金精にとって身を粉にして働くというのは、文字通り身を削ることになるらしい。
「だが、『水太子に対する無礼』はまた別だ」
金理王さまは別の金精を呼んで、分厚い紙束を持ってこさせた。古い紙と新しい紙が一緒に綴ってあり、厚い紙束がグラデーションになっている。離れた僕の場所からでも分かった。
それを金理王さまではなく、鑫さんが受け取った。
「金精には判例があってね。過去の裁きを元に、罪状がある程度決められているの。勿論、時代や状況なんかを鑑みながら、修正はするけどね」
鑫さんが何故か僕に向けて説明をし始めた。
今から月代の精霊を断罪する雰囲気だ。どういうわけか、立会人になってしまうらしい。
「ちなみに、多属性の太子への無礼は……挨拶を欠いた場合、所有理力の五分の一を没収」
本当に具体的だ。
鑫さんが既に付箋の貼ってある紙を効率よく捲っていく。
「罵詈雑言は名の没収」
罵詈雑言?
そんなに何か言われたかな。
帰れとか入ってくるなとか言われただけだ。僕にとっては罵詈雑言の内に入らないけど。金精には金精の解釈とやり方があるのだろう。
月代の精霊を見ると、鑫さんにすがるように半水球の片側に張り付いていた。
「業務妨害は本体もしくは領域の内、半分を没収」
それは避けてくれなかったことがカウントされているのか?
業務妨害というより進路妨害だ。何だか少しだけ強引に罪に結びつけている気がしてきた。
鑫さんが罪状を読み上げている間に、横の扉からまた精霊が入ってきた。金理王さまに銀色の丸い板を渡している。
あれは恐らく鏡だ。
以前、金の王館で不本意ながら問題を起こしてしまったとき、鑫さんが持っていたものだ。
金の王館での出来事が映像として記録されているはず。
金理王さまは以前、鑫さんがそうしたように鏡に手を翳した。それから聞き取れない言葉で短く何かを呟く。あれで鏡には映像が映っているはずだ。
そのまま金理王さまはしばらく動かなかった。鏡に何が映っているか、大体予想はつく。
「鑫。月代の精霊は水太子に無礼をはたらいた。これを放置すればいずれ、他の太子や……ひいては理王に対しても何をするか分からないぞ」
金理王さまは鑫さんに鏡を手渡そうとした。
鑫さんにも確認しておけということなのだろう。でも鑫さんは首を振って受け取ろうとしなかった。
「もう野放しには出来ない」
「十分すぎるわ。……ここまで耐えてくださり、感謝いたします。御上」
鑫さんが理王に対して礼をとった。とても丁寧で美しい拝礼だ。心から敬意と感謝が込められているのを感じた。
月代の精霊たちは信じられないものを見るような目で、鑫さんを見ていた。一方、鈿くんは半水球に肘を置いて、暇そうに欠伸をしていた。
月代は鈿くんにとっても親戚であるはず。これから処罰されようというのに、そんな態度で良いのか……。
「先程の罪状を全て合わせると……何が残る?」
「魂とそれに付随する理力が残ります」
金理王さまと鑫さんが話を進めていく。まるで台本でもあるかのようにスラスラと会話が進む。恐らく全て打ち合わせ済みだ。
「そうか。……では精霊としての存在は許す。月代連山は当主、及び当主代行を除き、金精原簿から除名。並びに……」
金理王さまは容赦なく、罰を言い渡していく。理力と本体を一部没収した上、名乗ることも禁止。
もう人型になることは出来ない。
半水球の中で、ひとり、またひとりと人型を失っていく。
鳥……鼠……さまざまな姿が見られる。驚きと絶望のせいか、尻餅をついたまま虫になる者もいた。
「こなたとしては、しっかり反省して欲しかった。でもダメね。いくら身を削ったところで心は変わらない」
鑫さんが寂しそうな目で半水球を見ていた。
「大丈夫だよ、月代には名のない精霊もたくさんいるから。伯叔父さんたちもうまく生きるよ」
鈿くんが鑫さんを慰めようといる。
「そうね。少なくともこれではっきりした意思は保てないわ。もう御上に謀反を企てたり、他の太子に無礼を働いたりはしないでしょうね」
名がなければ意思をしっかり保てないという。鈿くんだって鋺さんから名をつけられる前は、ややボーッとしていた。
海豹人の永も名がなかったころに、よく僕のことを認識できたと思う。
「全員終わったな」
金理王さまがそう言うころ、半水球の中はスカスカになっていた。主に小動物の集まりだ。小さいとはいえ人型だったころとは、体積が違う。
「月代はこれからどうなるんですか?」
「廃山だ」
金理王さまはピシリと言い放つ。
鑫さんを前にちょっと酷な話だ。鑫さんはどうなるのだろう。
「まぁ、そんなすぐの話ではないさ。月代には釛もいる。謹慎中だが鐐もいる。二人が健在の間は現状維持だな」
「そうですか、良かった」
鑫さんの帰る場所がなくなってしまうかと思った。当面はこのまま治まるだろう。
金理王さまは鈿くんに月代の精霊たちを連行するよう命じた。鐐さんの謹慎を解いて、回収に来させるようだ。
鈿くんが出ていったのを確認して、今度は僕から質問をする。
「そういえば、鐐さんが貴燈の滾と仲が良いと聞きましたが……本当ですか?」
鑫さんと金理王さまは一瞬、視線を交えた。
金理王さまは再び玉座に足を上げ、鑫さんが口を開いた。
「姉妹で似るものよね」
鑫さんは穏やかに、そしてやや自虐気味に微笑みながら僕に少し近づいてきた。
「こなたは御上が混合精だから好きになったわけではないけど、混合精に惹かれるものがあるのかしらね」




