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水精演義  作者: 亞今井と模糊
二章 水精混沌編
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24話 水の市

「何か良いもんあったか?」

「うぅん」


 僕とあわさんは再びマーケットに来ていた。市に行きたいという僕が我儘わがままのせいだ。


 淡さんが言った通り、今日は水精が品を並べていた。


 ガヤガヤと混み合ってるのは木行日と変わらない。でも何だろう。なんか想像していたのとちょっと違う。


「木精の日とだいぶ違う気がする」


 客引きの声は飛び交っているし、品もたくさん並んでいる。


 でも雰囲気が違うと感じるのはどうしてだろう。


「当たり前だ。木精は自分の木や草で取れたものや作ったものが多い。水精はそういうのはあまりねぇな」

「そういう意味じゃないんだけど。でも確かに、食べ物がほとんどだね」


 そうさんと別れて市に来て、端から端まで見てきた。木精は花などの収穫物や棚や櫛などの加工品が多かった。


 今日、見た感じだと、水精は八割ほどが飲食系だ。魚介類、塩、海藻、あとは、削った氷というダイレクトなものもあった。


「母上にあげたみたいなのがいいなぁ」

「装飾品なら、さっきの珊瑚細工のところか」 

「うーん……」 


 母上に贈った櫛を思い出す。でも例え同じ櫛でもびょうさまの銀髪には合わない気がする。


 それに淼さまにはもっと、実用的なものを贈りたい。淼さまはあまり装飾品のイメージがない。


「もうそろそろ帰るぞ。決めないなら今回は諦めろ」

「待って! さっきの文具品のとこに戻ってみる」


 さっきは通りすぎたたながあった。気にはなったけど、何となく立ち止まれる雰囲気ではなかったので、諦めたのだ。


「あ、おい待て! 一人で行くなって」

「ごめんっ!」


 品切になっていないことを望んだ。流行る気持ちを押さえきれず、その場所まで早歩きで戻った。


「すみません。これ見せてください」

「……どれだ?」

「そのペンです」


 僕が指し示したところには装飾の細かいペンが置いてある。おばさ……お姉さんは僕をじろりと見たあと、黙ってペンを渡してくれた。


「ありがとう」

「…………ふん」

「態度が悪いな」


 淡さんがボソッと呟いた。幸い本人には聞こえてはいないみたいだ。どうして淡さんはいつも喧嘩腰なんだろう。


「お……姉さん、これ」

「金貨五枚」

「え?」


 僕が価値を聞く前に対価を提示してきた。何故、金貨と交換することが分かったのか不思議だ。


「欲しいならさっさと寄越しな。持ってんだろ?」

「えっと……」


 笹のおじさんとは随分雰囲気が違う。水の精は皆こんな感じなのだろうか? 


 突然のことに反応できないでいると、あわさんが一歩前に出ていた。 


「待て。その価値を聞こうか」

「見て分からないんかい。やだねぇ、これだから素人は」

「これが欲しいんじゃないのか?」


 淡さんが腰の袋をジャラジャラさせた。水精の女性は顔を歪めてちょっと悔しそうな顔をした。


「これは貝のペンだ」

「そんなこと見りゃ分かんだよ。だから何だよ?」


 淡さんは掴みかかりそうな勢いだ。今は簡素な柱を掴んで耐えているけど、ミシミシという音がする。


「……貝殻を加工して軸を作ってある。インクは貝殻を焼いて粉にして、それを水に溶いたものをろ過し、さらにそれを丸一日煮詰めて作ったものだ。手間がかかっているから価値が高いんだよ! いらないなら返しな」


 思っていたよりも手間がかかっている。それなら対価が高くて当然だ。


「ふん。確かに手間はかかっているな。だが、竹伯が三月をかけて作った櫛よりも高いとはどういう了見だ?」


 言われてみれば確かに。インクを作るのに丸一日掛かったとしても、軸にもっと時間がかかるなら、そう言ってくるはずだ。時間を言わないということは、インクを作るよりも短い時間で出来ているということ……か。


 僕だけだったらうっかり流されていた。しっかり者の淡さんがいてくれて安心だ。


「木精の事情なんて知ったこっちゃないね」

「そうか。雫、やっぱりさっきの珊瑚の店にしようぜ」


 淡さんがまた喧嘩を吹っかけている。でも、ちょっと演技っぽい。長い付き合いだから分かるけど、言葉が少し棒読みだ。 


 店の女性がちょっとだけ動揺し始めた。やっぱり金貨が魅力的なのかな。


「あの方に胡散臭い物を差し上げるわけにはいかないからな。お母上の櫛と同じ金貨二枚半か、せめて三枚で交換できるものにしよう」


 あわさんがきびすを返した。続けて僕の腕をとる。でも動きがゆっくり過ぎる。ちょっと不自然だ。


「……三枚で良い」

「何か言ったか」


 微かな声が耳に届いた。淡さんにも聞こえたはずだ。淡さんは僕の腕をつかんだまま、振り向かずに空に向かって聞き返した。


「金貨三枚で良いと言ったんだ! どうすんだい!? いるのかいらないのかはっきりしな!」


 どうしたものかと思って淡さんを見る。淡さんは黙って頷いてくれた。妥当な対価なのだろう。


「じゃあ、これください」

「さっさと金貨を寄越しな」


 持ったままだったペンを掲げて、改めてそう告げる。言った直後に、手のひらを上にした腕が伸びてきた。水精とは思えないカサカサの手だ。


「しょーがねーなー。ほらよ」


 淡さんが大げさな仕草で金貨を三枚取り出し、女性の手に雑に乗せた。女性はあわさんを思い切り睨むと大きく舌打ちをした。


「チッ。用が済んだならさっさと行っちまいな!」

「早く行くぞ。雫」

「ん、あぁ、うん」


 淡さんに腕を引かれて、その場を去る。出来れば包んで欲しかった。けどそんなことを言える雰囲気ではなかったから仕方ない。


あわさん、待って。これしまうから」


 裸のペンを手に持ったまま歩いているのは何か変だ。誰かを刺してしまいそうだ。


「ん? あぁ、そうだな。引ったくられるかもしれないから、しまった方がいい。終わったらさっさとここから離れるぞ。どうも雰囲気が悪い」


 引ったくられる心配をしていたわけではないのだけど、そうは言わずに肩掛けを少しずらした。


「ちょっと端に寄った方がいいかな」

「あぁ。じゃあ、あそこに移ろう」


 少し先の道端に品が並んでいない空間があった。ちょっとだけ広いので、一旦そこで荷物を降ろす。


 鞄を外すと、どうしても外套がいとうの穴が目立ってしまう。肩と腕は特にボロボロだ。


「喉、乾いたね」


 思ったより乾燥していたみたいだ。鍾乳洞にいたから余計にそう感じるのかもしれない。


「まぁ、この混み具合なら仕方ねぇ。木精の市より混んでるな」

「お水飲む?」


 多分、飲み水も出せるはずだ。

 こんなことを気軽に聞けるようになるなんて、自分のことながらちょっと感動だ。


「いや、まだいい。市を出てからにしよう」

「うん。………『水の箱』」


 水の箱にペンをしまう。うまく出来て良かった。


 荷物に加えても水の箱が崩れる様子はない。他の荷物が濡れていないこともちゃんと確認した。


 あわさんは、さっきからピリピリしている。自然を動かすのに忙しく、僕より高いところにある頭が、細かく動いている。首が疲れそうだ。


「ホントは先生の分もあると良かったんだけど」

「今日は諦めろ。早く帰った方がいい」


 これ以上、淡さんに我儘わがままを言うつもりはない。淼さまへの贈り物が手に入ったから、今度は大人しく淡さんの言うことに従う。


「そうだね。……よいしょっ。お待たせ!」

「おぅ。じゃあ、行くか」


 背中を向けた淡さんに続いて一歩踏み出した。




  はずだった。




 強い力に引っ張られて、淡さんの赤い頭が見えなくなった。





  ◇◆◇◆



「雫?」


 振り向いた時には遅かった。


 しまった! だから来るのは嫌だったんだ!


 混雑が鬱陶うっとうしい。治したとは言え、雫も怪我をしたばかりだ。流没闘争後、荒れている水精の市になど来たくなかった。


 さっきの場所まで戻ってみるが、当然ながら雫はいない。更に水精の気配が多すぎて分からない。


 ……どこだ。どっちへ行った。


 辺りを見渡しても何の手掛かりもない。当然ながら足跡も残っていない。マーケットに行きたいと言い出した時、もっと強く止めておくべきだった。


 こんな失態をするとは。


 無闇に動いても仕方がない。少し冷静になってみる。もしかしたら、その辺に隠れていて、自分をからかっているだけ、という都合の良いことを考えてみる。


 実際、そんなことはありえない。雫はそんなことをする奴ではない。だが、一瞬でも冷静になったのが良かった。


「……火精?」


 表通りの市に背を向ける。僅かだが慣れた火の気配がする。火精が水精の市にわざわざ出向くなんて珍しい。せいぜい、親しい水精の頼みを断れなかった奴くらいだろう。……俺とか。


 そうでなければ、水理皇上と火理王おかみの予想通り。弱い水精を狙った火精だ。


 火精の気配を辿るために集中する。大分離れてしまったが熱を辿ることはできた。


 外套がいとうを頭から被る。脱皮した蛟の皮を縫い合わせた外套は、こういう時も役に立つ。


 水の攻撃を緩和する他、火精である俺の気配を弱めてくれる。雫の火鼠の衣も火の防御はするが、脱げてしまえばそれは望めない。


「くそっ! こっちか⁉」


 最悪の事態を想像してしまった。裏通りへ向けて全速力で走り出した。

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