244話 土の王館での戦い
「まぁ、別に良いでしょう。今回は戦いが目的ではありませんから」
免が爪先で地面を軽く叩く。まるでノックをしているようにも見えるし、靴の履き具合を調整しているみたいにも見える。
免が少しだけ後ろに下がる。また何か仕掛けられるのかと警戒を強める。潟さんも地面に刺さった大剣を抜いて、再び構えていた。
「これだけ騒いでいるのに垚や警備が来ないとは……職務怠慢です」
潟さんが小声で冗談っぽく言う。口元には笑みを浮かべているけど、いつものニコニコした笑顔ではない。片側が自虐的にひきつっていた。
「木の王館へ応援に行っているみたいだよ」
僕たちも土の王館に出向いているわけだけど、それは棚にあげて潟さんに応える。お互い目はあわせない。視線は免に向けたままだ。
免の足下がグニャリと歪んで、人型が吸い出された。飛びかかってくるかと思って身構えたけど、そうではなかった。人型は僕たちではなく免の隣へ着地する。
細身の体。それに張り付くような灰色のドレス。肩から腕にかけて剥き出し姿。
「あれは花茨にいた精霊ですね」
「『逸』。免の手先だよ」
免の配下であることは分かっていた。ただ、免と並んで見るのは初めてだ。免はきっちり帽子まで揃えたスーツ姿だけど、逸は鑫さん並みに露出が多い。寒そうだ。
逸が免に何かを告げている。僕たちには聞こえない。でも逸が王館の地面から出てきたということは、他にも免の手下がいるかもしれない。
免ひとりの相手だって大変なのに、逸や他の敵まで、となると勝てる気がしない。いくら潟さんが一緒でも……。
「なるほど。晩は見つかりませんでしたか」
「ええ。それ以上は結界が強くて入り込めなかったわ」
風向きが変わって二人の会話が聞こえてきた。晩……暮さんを探していた? まさか取り返すために侵入したのか。
「まぁ、私との繋がりが切れた時点でそれは想定済みです。もう用はありません。その分、貴女が頑張れば済むことです。ご苦労でした。戻りなさい」
免がそう言って、逸の頭をやや乱暴に鷲掴みにした。逸は一言も返すことなく、免の右腕に飲まれていった。
今の感じだと暮さんに執着しているようには見えない。免の目的が今一つ分からない。
逸を右腕にしまうと免は僕たちに向き直った。
「逸は私の手先だと仰っていましたが、そうではありません。逸は私の右腕ですよ。とても大事な」
免が自分の右腕を撫でながら美しく微笑んだ。その笑顔にとてつもない魅力と言い表しがたい不気味さを感じる。
相反する二つの感情が自分の中でぶつかり合って、それを起爆剤に地面を蹴りあげた。剣を両手で持ち、頭上に振り上げる。
思い切り腕を下ろすと、剣は地面に刺さり、免はあっさり避けていた。当然だ。今の僕の動きは大きすぎて避けやすい。
だから避ける先を読んで剣を投げつけた。剣を躱す免の動きが不思議と鈍く見えた。
「……っ!」
当たりはしなかったけど、距離を詰めるには十分な一瞬だった。
丸腰のまま一気に免に近づき、左腕を掴んだ。免が目を見開いて、驚いているのを感じ取った。その顔を眺めながら、掴んだままの腕をくぐる。その腕を捻って免の背後に回った。
免の背中を押して膝を着かせる。
「……剣を捨てて接近戦ですか。雫らしくもない」
「僕らしいかどうかは僕が決める」
今までなら、免が怖くてここまで近づかなかったと思う。勝てないかもしれないとは思ったけど、近づくことに躊躇いはなかった。
免の冷たい手首を捻りあげる。
「お前の目的は何だ。何故王館に侵入した」
本当はもっと聞きたいことがある。
でもまずはここからだ。
足下で理力が動きだした。一瞬、焦ったけど危険は感じなかった。
土理王さまの理力だ。免の侵入に気づいているらしい。それはそうか。理王が気づかないわけがない。
見知った理力だと分かったので、そのまま免を尋問する。気づけば潟さんも近くに来ていて、免の喉に大剣を突き付けていた。
「ふっ。言ったでしょう。今日の目的は戦いではないと。私は提案をしに来たのですよ」
腕を捻りあげているのに余裕そうだ。
この後、何を仕掛けてくるか分からない。油断は禁物だ。
「提案?」
「ええ、そうです。貴方が地獄へ行ったと聞いて、是非私にも案内をしていただけないかと思った次第ですよ」
足の間から土が盛り上がってきた。僕と潟さんを避けるように伸びて、免の足を抑え込んでいる。土は免の体を這い上がり、ほとんど包み込んでしまった。
「ふざけるな。神聖な黄龍の場にお前など入れるわけないだろう」
免が地獄のことを知っていることが不思議だ。潟さんでさえ知らなかったのに。
しかも僕たちが地獄へ入ったことが漏れている。莬みたいに内通者がいるのか。それとも今回のように精霊を犠牲にして忍び込んでいるのか。
「そうですか? 貴方がたにもメリットはあると思いますよ」
免の体の中で、土から出ているのは顔と、僕が抑えている手首だけた。僕が手を放すと、土が即座に包み込んでしまう。
「もし、地獄へ案内してくださったら、今後一切、精霊を襲うことも、けしかけることも致しませんよ」
いけしゃあしゃあとそんなことを言う。
しかもほぼ全身土に埋まっているのに、涼しい顔をしている。
「何なら無患子達の説得も致しましょうか?」
「何で無患子の……無患子もお前がけしかけたのか?」
免に絡み付いた土が変化し始めた。徐々に目や腕が出来上がり、大量の埴輪が生まれた。
免の体に大量の埴輪がのし掛かって、身動きとれないようにしている。でもこれは一時的なものだ。免は大人しくしているけど、これで倒せるわけがない。
「さて、どうでしょうね。私はただ、無患子に教えてあげたのですよ。『木太子が地獄へ行った。木理王の両親と対面すれば貴方の悪行がバレてしまう。兄夫婦から託された赤子を川に流した事実が明るみに出る』とね」
怒りで頭が沸騰しそうだった。無患子は木理王さまの親ではなく、幼い木理王さまを川に流した張本人だ。無患子が僕と会った時、ビクビクしていた理由はこれか。
「無患子の登城理由は己の保身と王館の混乱です。王館が混乱すれば自分への責めどころではなくなると、そう思っているのですよ」
免が他人事のように言う。……いや実際、他人事ではあるけど、自分でけしかけておいて平然としていられるものだ。
「無患子の目的は分かりました。太子が揃っていますから間もなく押さえられるでしょう。それはそれとして、貴様を地獄へ案内するわけにはいきませんよ」
潟さんの大剣が免の顎を軽く擦った。
「貴様はこのまま捕縛し、各理王に引き回した上、処罰を決めていただきます」
免は目だけを動かし、視線を僕から潟さんへと移した。
「私を地獄へ連れていけば大勢の魂が救われるのに、応じてはいただけないのですね?」
潟さんが僕を見た。
黙って頷き、続きは僕が答える。
「何度言われても同じだ。断る」
正直に言うと、僕たちでは案内出来ない。土理王さまの許可と土師の案内が必要だ。入り口は分かったけど、入ることは出来ないだろう。




