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水精演義  作者: 亞今井と模糊
二章 水精混沌編
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23話 帰路へ

読んでいただき有難うございます。

 ハッと目が覚めた。


 自分の息が上がっている。背中が冷たい。


 すぐ近くで火がパチッとはねる音がする。


 火は危険だという淼さまの言葉が頭に浮かんだ。火から離れないと。所在を確認するため、首を僅かに動かした。


「雫! 気がついたか⁉」

「あ、あわさ……」 


 淡さんの顔が目の前にあった。赤い瞳に僕が映っている。


「動くな。気分はどうだ?」

「うん、なんか……鳥肌が……」


 淡さんが僕に覆い被さりながら、心配そうに覗き込んでいる。あまり心配をかけたくない。


「寒いのか? 湯を飲むか?」

「うぅん、寒くない。大丈夫、ありがと」


 寝かされた僕の近くでは火が焚いてあった。かけた鍋から湯気が出ている。程よい湿度もあって、寒くはない。


「腕はどうだ?」


 腕……?


 ガバッと起き上がってしまった。あわさんが反射的に避けてくれたおかげで、ぶつからずに済んだ。


「……治ってる?」

「治しておいた。痛みはどうだ?」


 治しておいた? どうやって?


「そんな顔されてもな。そういう理術があんだよ。それより痛みは?」

「うん、痛くない」


 念のため、腕を曲げたり伸ばしたりしてみる。手のひらも閉じたり開いたりしてみた。特に以上はない。服は裂けてるけど腕は何ともない。


 あ、この服!


「淼さまに借りたのに……どうしよう」


 外では絶対来ていろと言われた外套がいとう。氷柱が刺さって穴だらけだ。


「大丈夫だ。帰ったら直せるからそんなに心配すんな」

「本当? 縫うの?」


 かなり細かく縫わないと、見た目が悪くなってしまう。元通りになるとは思えない。


「縫いはしないけど、元通りにはなるな。任せておけ」


 あわさんが僕の背中を撫でてくれる。さっき鳥肌が立つと言ったからだ。温かい手が心地よい。 


外套がいとうよりあいつらがどうなったか聞くのが先じゃねぇ?」

「あ、そういえば。どうなったの?」


 今更だけど、あの五人はどうしたのだろう。淡さんの顔をを見たらホッとして、すっかり忘れていた。


「まだ雪に埋もれてる。簡単には溶かせないし、出て来られないだろう。取り敢えず放置!」


 淡さんは容赦なく言い切った。出てこないなら安心だ。淡さんに危害が及ぶことはないだろう。


「多分、あの様子だと本体の川まで凍りついてるだろうな。その内、身内の誰かが気づくだろ」


 確かに川が不自然に凍っていたら何かあったと思う。他にも兄弟がいるだろうから、誰かが探しに来るだろう。


「静かだなとは思っていたが、突然、壁が散るような音がした。俺はそれで気づいた。行くのが遅くなって悪かったな」


 淡さんが僕の背中を撫でていた手を止めた。背中が少し寒くなる。


「本当なら捕縛して水理王に突き出すんだが、五人一度には連れて帰れない。これはキツイお叱りを受けるな。雫を守れなかった上に加害者の放置」

「そんなことないよ。母上のとこで助けてくれたよ。そうだ! あそこで見せてくれた水球、凄かったよね! あとで教えて!」


 あわさんが目をパチパチしている。ちょっと視線をそらして、その内な。と言われてしまった。


「それより、もし動けそうならここを出るぞ」

「え? でも、明日の」


 予定だったはず……と続くはずだった言葉を遮られた。


「本当は明日の午後、発つ予定だったけどな。雪詰めのあいつらと一緒に過ごしたくないだろ?」


 ちょっと繰り上げようと言いながら、あわさんはわんに湯を注いだ。そこにパラパラと茶葉を入れて飲んでしまう。ワイルドだ。


 その様子を見ていたら、僕にも同じものを渡してきた。物欲しそうな顔をしていたのだろうか。


「……なぁ、あいつらホントに雫の兄姉きょうだいか?」


 椀に手を添えて温かさを味わう。じんわりとした温かさが心地よい。


「うん、多分」

「多分? 違うのか?」


 淡さんは純粋に疑問に思ってるだけだろう。


「僕を弟として扱ってくれるのは、美蛇みだの兄上だけだから。水は繋がっているけど皆、僕のことを弟だと思ってない」


 あわさんが片膝を立てて、そこに肘を乗せている。乗せた腕で椀を口に運ぶ姿はちょっとさまになっていた。


「話には聞いていたがここまでするとはな。脇腹と肩の怪我は浅かったけど、左腕は危なかったぞ。もう少し深かったら……」


 昔から多少の暴力はあったけど、ここまで本気で攻撃されたのは初めてだ。もしかしたら僕が覚えてないだけかもしれないけど。


 自分に向かってくる大量の氷柱つららと込められた殺気。恐怖と激痛。今、思い出しても怖い。


「それにしても、雫が外でも上級理術を使うとはな」


 あわさんがちょっと興奮気味に話題を変えた。僕は椀を口に付けて、茶葉の苦さを噛み締めていた。



 ◇◆◇◆



「大丈夫か?」

「うん、平気」


 温かいものを飲み終えて一休みしてから、すぐに荷物をまとめた。なるべく早く鍾乳洞しょうにゅうどうから離れたかった。


 万が一雪が溶けると、あの五人が動き出すからと淡さんからも急かされた。僕も早くびょうさまのところへ帰りたいので大賛成だ。


 外でも理術を使うという目的は達した。早く淼さまに報告したい。


 幸いなことに予定より早いのにも関わらず、そうさんが迎えに来てくれた。


 今度はちゃんと波乗板サーフボードも出来たので、引っ張ってもらった。行きのように急ぐ必要はないから、ゆっくりゆったり穏やかに川を進んでいく。


 外套がいとうを被っていても、穴だらけなので風が入ってくる。冷たい風は爽やかさで意外にも心地よかった。


「これだけ離れれば、仮に雪が溶けても追いかけては来ないだろう」

「うん……そうだね」


 元々、僕が目障りなだけだから、いなくなれば寄っては来ないとは思うけれど、兄三人を母上の所でやっつけてしまったので、怒って追いかけてくる可能性はある。


水理皇上すいりこうじょうに報告することが山ほどあるぞ」


 淡さんが波乗板に寝そべってしまった。凍らせてあるから冷たいはずだ。背中を傷めそう。


「あの……さ、淡さん。言いにくいんだけど」


 僕がオズオズと声をかけると、淡さんは明白あからさまに嫌そうな顔をした。


「なら言うな。嫌な予感しかしない」

「ひどい! 聞いてよー!」


 寝ているあわさんの脇腹をちょっとつねってみた。


「イテテ。何だよ」


 淡さんが半身を起こした。赤い瞳と視線がぶつかる。


「あの、市に寄って、びょうさまにお土産買っ」

「今、何つった?」


 淡さんの左の眉がピクッと跳ねた。怒っている……いや、まだ怒っていなさそうだ。でも多分、これから怒るはず。


「淼さまと先生におみや」

「何で増えるだよ? おかしいだろ!? お前、襲われたんだぞ? さっきまで怪我してたんだぞ! それで何で寄り道しようっていう発想になるんだよ!?」


 案の定、淡さんは怒り出した。顔が真っ赤だ。


 勿論、淼さまに早く会いたいとは思っている。でも、折角外に出たのだから、母上にあげたように贈り物を差し上げたい。


「交換する金は水理王の金だぞ?」


 言われてから気づく。例によってまた交換できそうなものはここにはない。


氷飲器アイスグラスとか」

「駄目だ。水精なら簡単に作れる」


 淡さんに冷たく却下される。


「お、お掃除します券とか」

「帰る気あんのか?」


 反論できなくて、首が勝手に項垂れていく。シュンッという効果音が自分でも聞こえた気がした。


「何でそんなに市に拘るんだ? 贈り物なら帰ってから用意すりゃいいだろ? 手伝ってやるぞ?」


 淡さんの好意は本当にありがたい。今だって僕のことを心配して言ってくれているのは分かる。


「……服」

「あ?」


 ……分かるけど。


外套がいとう。ボロボロにしちゃったから、お詫びをしたくて」

「それは後で直してやるって言ったろ?」


 淡さんはまたゴロンと横になってしまった。話は終わりと言いたいのだろう。


「でも」


 出発前に破れたり、汚れたりしても構わないと、淼さまは確かに仰っていた。けれど、これはあんまりだ。


 もちろん物で許してもらおうとは思わない。精いっぱい謝るつもりだ。


「無事に帰ってきましたって、気持ちもあるし、日頃の感謝の気持ちも伝えたい。早く出た分、時間はあるよね? あわさん、お願い!」


 淡さんに詰め寄って手を合わせる。起き上がらないままで、大きな溜め息をかれてしまった。


「……少しだけだぞ」


 そう言うと、淡さんは寝返りをうって反対を向いてしまった。


「ありがと、淡さん!」

「水理皇上のこと言えねぇな。俺も雫には甘い気がする」


 板を引く漕さんの速度が上がった。僕らの話を聞いていたのだろう。寄り道のために急いでくれたようだ。


 本当は漕さんにもあわさんにもお礼の贈り物をしたい。でも、まずはびょうさまだ。


「今日は水行日だ。ちょうどいいと言えばちょうど良い。最悪と言えば最悪」

「最悪? どうして?」


 この間は日行日だと、混雑するから大変だと言っていた。それに比べれば水行日はマシなはず。


「治安が心配だ。それに水理王に水の贈り物ってどうなんだよ?」

「えっと、ピッタリ?」


 何か問題が……? 僕の知らないルールがあったらどうしよう。


「水の理力でも知識でも何でも持ってる方に、水精が作ったものあげてどうすんだ?」


 あれ? 逆効果?


 ルールどころの問題ではない気がしてきた。


「帰る気になったか?」

「いや、あの見てから……」


 あわさんからまた溜め息が漏れた。前を行くそうさんからも、溜め息が聞こえた気がする。


 川の音だったことにしよう。

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