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水精演義  作者: 亞今井と模糊
八章 深々覚醒編
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241話 地獄からの帰館

「良かった、ご無事で。どこか痛むところはありますか?」

 

 潟さんが僕に手を出している。その手を掴んで立ち上がった。指先が良く冷えていて、まるで氷でも握っていたかのようだ。

 

「僕より潟さんは大丈夫ですか?」


 潟さんはどこまで分かっているのだろう。潟さんは僕の手をゆっくり下ろして、自分の手を見つめている。

 

 握ったり開いたりして感覚を確かめているようだ。調子が悪いのか、それともただ冷えているだけか。

 

「実は……暗闇の中で、雫さまの無事だという声を聞いてから、記憶がありません。一体、何があったのですか? 雫さまは黄龍と対面できたのですか?」

 

 固まっていた間の記憶はないようだ。

 

 体が粒子にされて、貸し出されていたとは言いにくい。しかも戦闘に使われていたし、僕も攻撃した。

 

「えーっと、とりあえず目的は達成したよ。僕のことも解決したはずだから大丈夫だ」

 

 自信を込めて言ってみたら、何故か不安そうな顔をされた。それでも深くは追及してこない。すぐに僕から目を逸らし、辺りをキョロキョロし始めた。

 

 僕も改めて周りを確認する。ここは土の王館の謁見の間だ。ここから地獄タルタロスへ行ったのだから、帰ってくるのも当然この場所だ。

 

「木太子はどこですか?」

「あ、何か先に帰ったって……ん?」

 

 外からドタドタと複数の足音が聞こえる。二十、いや、三十……異常な数だ。潟さんが扉に向かって立ち、僕を後ろに庇った。

 

「何事でしょう」

「気配は土精だね」

 

 土の王館にいるから土精がいて当然だ。

 

 すぐに入ってくる様子はない。入り口近くまで移動して、扉の左右に分かれた。壁に張り付くように立って、外の様子を窺う。

 

「隊長! 報告通り、謁見の間から強力な理力が感知されました!」

「水の理力です! 推定二名と思われます」

「突入しますか!?」

 

 状況が良くない。侵入者か何かと誤解されているらしい。

 

「僕たち、不審者だと思われてる?」

「そのようですね。我々の地獄タルタロス行きは、全土精に伝わっているわけではないでしょうから……仕方ありません」

 

 潟さんが壁から背を離して勢い良く扉を蹴った。他所よその王館でそんな行動はやめて欲しい。……いや、水の王館でもやらないで欲しい。

 

 重厚な扉は潟さんのひと蹴りで意外と簡単に開いた。外開きだったせいかもしれない。そっと外を覗くと、土精が何人か顔を押さえて倒れていた。

 

「お、お前たち何者だ!」

 

 精霊のひとりが尻餅をついたまま僕たちを指差している。鼻が赤い。この重い扉にぶつかったのだろう。


「不届き者が……。水太子の雫さまに対して無礼千万」

 

 潟さんが太刀に手を掛けている。その手を押さえて、潟さんの前に立った。

 

「潟さん、潟さん! ちょっと待った!」

「騙されるか! 水太子が何故ここにいるんだ! いるわけないだろう!」

 

 何故か信用してもらえない。潟さんが怒り始めた熱が背中から感じられる。

 

「本当です。僕、いや私は水太子の雫です」

 

 徽章きしょうを掲げて見せる。流石にそれを見ると、土精たちの中から今までと違うざわめきが起こった。

 

 徽章の存在がありがたい。最近、身分証明として便利に使わせもらうことが多い。まだまだ王太子としては新米だ。徽章がなければ王太子だと認識してもらえない。ちょっと情けないのは相変わらずだ。

 

「ほ、本当に水太子なのか? あ、いや、なのですか?」

「そうだと言っているでしょう。この不心得者が。貴様ら、雫さまを不審者扱いしやがって、ぶっころ…………いや、良い覚悟ですね」

 

 僕が穏便に済まそうとしているのに、潟さんが暴走しそうだ。

 

 土精たちが完全に怯えている。水に有利な土精を怯えさせるなんて、潟さんが本気で怒ると凄まじい。

 

「……っし、し失礼しました! てっきり侵入者かと。あの、何故こちらに? 御上が謁見とは聞いておりませんが」

「土理王さまの許可を得て用を済ませてきたところです。確認してもらっても良いですよ」

 

 侵入者でなくても、水太子とその護衛が土の謁見の間に居座っていたら別の問題がある。でも土理王さまか垚さんに聞いてもらえば分かるはずだ。

 

 土精の一人が、あっ! と大きな声を出した。皆の注目が集まる。

 

「あの、も、もしかして一ヶ月前に地獄タルタロスへ旅立ったという……」

「あ、それですそれです。……え、一ヶ月前?」

 

 話が分かる精霊がいて喜んだのも束の間。意外な事実を聞かされた。黄龍が時間の流れが違うと言っていたけど、まさかこんなにずれているとは思わなかった。

 

「てっきり木太子と一緒にお戻りだったのかと」

「木の太子はいつ頃戻ったんですか?」


 先に帰ったあらいさんのことが気になった。

 

「木太子は三週間ほど前にお帰りになりました」

「そんなに……」

 

 桀さんは一週間しか地獄にいなかったのか。桀さんの用事は木理王さまのことだったと思う。あっさり終わったのは良いことなのか、それとも逆に何も解決しなかったのか。

 

「はい。内乱の直前にお戻りになったそうで……」

「内乱!?」

「どういうことです。木精がクーデターを起こしたのですか?」

 

 僕と潟さんの両方から責められて、土精はタジタジだ。潟さんが胸ぐらを掴んでしまったので、慌てて外させた。

 

「木精だけではありません。金精もです」

「金精も!?」

 

 別の土精がフォローしてくれた。灰色の頭をしている。他の土精に比べて体ががっちりしているから石の精霊かもしれない。

 

「詳しく話しなさい。雫さまが留守にしている間に何があったのです」 

 

 潟さんがまた掴みかかっている。でも大丈夫そうだ。服は伸びているけど本人はびくともしない。

 

「王館に留め置いた月代の精霊たちが御上を謁見の間に監禁していたそうです」

「なっ!?」

 

 開いた口が塞がらない。しばらく月代の精霊たちの話を聞かなかったけど、急にこんなことになるなんて、想像もしていなかった。

 

「それでどうなったの?」

「金精は太子の活躍で収まったようですが、木精は王館の内外で睨み合いが続いております」

 

 金精は鑫さんの活躍で収束か。鑫さんの実家の精霊たちだからなんとかなったのだろう。何故今ごろになって……。

 

 しかも木の王館ではまだ未解決らしい。二つの王館で同時に、謀反や反逆が起こるなんて。

 

「それで、我々も厳戒態勢をしいておりまして、大変失礼しました」

 

 最初に喋った精霊が詫びを入れてきた。冷静に見てみると、周りの精霊と服が少し違う。リーダー格らしい。

 

「み、水の王館は?」

 

 ベルさまは無事だろうか。

 

「水は……何かあったか?」

 

 灰色の精霊が隣の黒っぽい精霊に尋ねる。勿体ぶらないで早く教えて欲しい。

 

「いや、何も……なかったとは思いますが、あ、いや待てよ。何か届いたとか言っていたような」

 

 歯切れが悪い。もう待ってはいられなかった。

 

「あ、雫さま! お待ちくだ……」

 

 潟さんの声が遠くに聞こえた。でもそれは無視して足元からの水流に身を任せた。 

 

 ベルさまの無事を確認しなければならない!


 僕がいない間にベルさまに何かあったら、悔やんでも悔やみ切れない。

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