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水精演義  作者: 亞今井と模糊
八章 深々覚醒編
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235話 氷雨の霈

 黄龍が握った三本の指から光が漏れている。まばゆいほどではなく、ぼんやりとした明かりだ。辺り一面、真っ白なのに光まで白くて目立たない。

 

 黄龍がゆっくり指を開くと、塵を呼び集めたように細かい粒子が人型を作り出した。

 

「目覚めたか、ひさめよ」

 

 外跳ねの白い髪は顎の辺りで切ってあり、快活さを窺わせる。この姿は竜宮城の肖像画で見たことがある。


 ひさめさん……雨伯の子。僕の義姉。焱さんの叔母。ベルさまの……。

 

「んー……眠い」

 

 霈さんがゆっくり目を開いた。澄んだ青い目は空のようだ。眠そうに目を擦っている。そのまったりとした動きの割に隙がない。

 

「黄龍閣下。おはようごじゃいまひゅ」

 

 霈さんは盛大な欠伸をしながら、黄龍に挨拶をしている。ついでに伸びをして腕をぐるぐる回している。

 

「始祖の精霊の前で欠伸をする奴がどこにおるのじゃ」

 

 霈さんは義理程度に膝をついた。敬意を払っていると言えるギリギリの態度だ。

 

「ここにいるじゃありませんか?」

 

 黄龍が苦笑しながら諌める。それに対して霈さんは悪びれもせず、すぐに立ち上がった。膝を曲げ伸ばして屈伸運動をしている。この堂々とした態度は雨伯に似たのだろうか。

 

からだの動きに違和感が残っていますね。まだ復活には早いんじゃありませんか?」

「流石に鋭いのぅ。今回は仮のからだじゃ。我慢せい」

 

 黄龍が威厳たっぷりにそう告げる。それに怯まず霈さんはギロッと眼光を鋭くした。

 

「復活にはまだ早い? 道理で眠いわけですね! まだ復活しきっていないのに起こすなんて、黄龍ともあろう方が頓珍漢とんちんかんなことをなさいますね」

 

 何か怒ってる。眠いところを起こされて大層ご機嫌斜めだ。

 

「霈よ。儂は……」

「黄龍閣下。私がここに来たとき、復活には千年ほどかかると仰いましたね。だからしばらく安心して眠って良いと。もう千年経ったのですか?」

「い、いや、まだ二百年くらいじゃな」

 

 黄龍が圧されている。頑張れ、黄龍!

 

 足が勝手に後ずさる。自然と体が逃げていた。

 

「二百年! へー、二百年ですか? 長い間虚無の空間にいて年数も数えられなくなったかと思いましたが、そうではないようですね」

「霈よ……無礼にも程があるぞ?」

 

 僕もそう思う。黄龍の言葉に頷いていた。

 

 僕もさっき尾を掴んだり、ちょっと反発するような言葉遣いをしてしまったけど、比べ物にならない。

 

 何なんだ、この精霊ひと

 

「私が無礼者なら閣下は外道ですね」

「そこまで言わなくても……」

 

 関わりたくないと言うのが正直な意見だ。でも黄龍が可愛そうになってきた。黄龍の大きな瞳が心なしか潤っているように見えた。

 

「……貴方、誰? 勝手に会話に入ってくるなんて失礼ね」

 

 霈さんのターゲットが僕に移った。胸を射抜くような視線に何とか耐える。青い瞳はどこまでも澄んでいて、空が入っているのかと思うほどだ。

 

「僕はしずくです」

「しずく? 雨垂れのしずく……は死んだのよ。もういないわ。しかも全然似てないじゃない」

 

 過去の出来事を王館の地下で見せてもらった。霈さんの最期を見たとき、しずくの名を呼んでいた。きっと大事な弟だったのだろう。

 

「知っています。僕は十年ほど前に雨伯と縁組みをして、御上から雫の名をいただきました」


 僕がそう言うと、霈さんは少し黙って考え込んでしまった。それから少しして僕と一気に距離を詰めてきた。

 

「それなら私の義弟おとうとね」


 顎を掴まれて下を向かされる。霈さんは思ったよりも背が低かった。態度が大き……いや、元へ、堂々としているからもっと大きく見える。そんなことを思っていたら、首の辺りを両腕で抱き込まれた。

 

「良く見たら可愛いわ! 流石よ、義弟!」 

「ぐぇっ!」

  

 絞め殺される!

 

 僕に対するこの態度……間違いなく雨伯一族だ。身内意識が強いと言うなんと言うか。

 

 でもこの振る舞いはどことなく華龍の母上にも似ている。良い意味で包容力があり、悪い意味で猪突猛進だ。

 

「霈よ、その辺にしておいてやらんと雫が眠りについてしまうぞ」

 

 黄龍が助け船を出してくれた。確かに苦しくて意識を持っていかれそうだ。

 

 それを聞いて霈さんは少しだけ腕の力を弱めてくれた。けど決して離れはせずに黄龍を見上げた。

 

「何ですか、黄龍閣下。焼きもちですか?」

「違うわぃ! 儂の話を聞かんか! 霈を早くに起こしたのは、その雫の相手をしてもらうためじゃ」


 霈さんは僕の伸びすぎた髪を撫で始めた。多分、頭に手が届かなかったんだろう。

 

「可愛い義弟の相手ならいくらでも。じゃあ、雫の話を色々聞かせて? 雫は何の精霊なの? 何でこんなところに来たの?」

 

 霈さんってサバサバしているけど、意外と他人の話を聞かない。

 

「あ、ぼ、僕は泉の精霊でして。霈さんは氷雨ひょううですよね?」

「よく知ってるね! でも義姉上あねうえって呼んで」

「待て待て待て待て待て待て」


 黄龍から話を止められる。

 

 僕と霈さんの間に、ちょっとだけ強引に爪先を割り込ませて、物理的にも止められた。

 

「黄龍閣下、何をなさるんですか? 折角これから楽しもうとしていたのに」

 

 霈さん改め義姉上は、時々欠伸を噛み殺している。まだ目覚める予定ではなかったから、眠いものは眠いのだろう。


「相手と言うのはそういう意味ではない。雫と戦ってやって欲しいのじゃ」

 

 黄龍がのっそりと体を動かした。

 

 義姉上と戦う。そう聞いてもピンと来ない。二人で顔を見合わせた。

 

「はぁ? どうして私が可愛い義弟と戦わなくてはならないのです? 耄碌もうろくしましたか?」

「いや、そこまで言わなくても」

 

 こんなに短時間で同じ突っ込みをするとは思わなかった。黄龍は一瞬言葉に詰まったように見えた。でもすぐに持ち直す。

 

「お前さんだから頼むのじゃ。可愛い義弟と戦って傷つけるような真似はするまいな? これが他の奴ならどうだか知らんが……。お前さんが引き受けないなら、またぐっすり眠りにつかせてやろう。雫の相手は誰か他の奴に頼むとしようかの」

 

 今度は義姉上が言葉に詰まる番だった。目頭を擦りながら反論を考えているみたいだ。

 

「黄龍……閣下。どうして僕と義姉上が戦う必要があるのですか?」


 義姉上が悩んでいる間に尋ねてみる。義姉上は隣でうんうんと何度も頷いていた。

 

「それが分かったときには解決するじゃろう。分からなければお前さんはそれまでの精霊だったと言うことじゃ。その不便な魂魄こんぱくで生きるしかないのぅ」

 

 黄龍はそう言いながら体を伸ばし始めた。上で硬直している桀さんへ頭を向けている。

 

「儂が木太子の相手をする間、好きに戦うが良い。おぉ、そうじゃ。お前さんには一応これをやろう」

 

 黄龍の言う『お前さん』が僕なのか義姉上なのか一瞬分からなかった。黄龍の差し出してきた指を見て、僕のことだと理解する。


「これは? 何ですか?」

 

 小さい袋が黄龍の爪の先に引っ掛かっている。すでに口が軽く開いていて中身が見えている。

 

 見た感じだと、脱穀前の米か麦のようだ。穀物には違いないだろう。

 

「ここは魂だけの場所じゃ。儂が離れればお前さんのはくが剥がれるかもしれん。それを防ぐものじゃ。一粒食べよ」

 

 グイッと袋を押し付けられる。

 

 得体の知れない物を口に入れる勇気はないけど、食べないと先へ進まない。

 

「毒など入っておらん。希少な笹麦ささむぎじゃ。味わうが良い」 

 

 ジィッと視線を感じる。義姉上が所在なさげに僕を見ていた。覚悟を決めて一粒摘まんで口に放り込んだ。モソモソした感触ばかり際立って、美味しくはない……と思う。

 

「宜しい。では戦闘開始」

 

 いきなりすぎる。

 

 黄龍はそう言うとパッと姿を消してしまった。左右上下見渡してもいない。上の方の桀さんもいなくなっていた。

 

「後は丸投げなのね。まぁ、仕方ないわ。黄龍閣下が戦えと仰るならそうするしかないね。何かお考えがあるようだし」

「そ、そうですね」

 

 義姉上はもうやる気だ。若干長い袖を捲り上げて、屈伸運動をしている。その時細い手首にくしろが光っているのが見えた。

 

「模擬戦とでも思えば良いね。雫はどこまで戦えるの?」

「どこまでって……」

 

 戦った経歴を思い出す。初めが兄弟姉妹で、次がメルトさんで、次が水銀で、次が木偶坊パペットで、次が……。まぬがは数えて良いのか?

 

「上級理術は使えるの?」

 

 何だ、そっちか。真面目に戦闘履歴を考えてしまった僕がバカみたいだ。

 

「一応、理術は一通り」

「じゃあ、本気でやって大丈夫だね」


 義姉上の即答に背中が一気に寒くなった。


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