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水精演義  作者: 亞今井と模糊
八章 深々覚醒編
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232話 地獄への入り口

 土の王館・謁見の間。……といっても土理王さまに謁見するわけではない。

 

 初めて来たときはちゃんと謁見だった。鑑定後の水晶刀を受け取りに来たときだ。あのときは垚さんと土理王さまがじゃれあっていた。

 

 けど、今はそんな雰囲気はない。室内の厳かな空気に、嫌でも緊張感を引き出される。雨が降ったわけでもないのに雨香ペトリコールを感じる。湿った空気に少しだけ落ち着くことが出来た。

 

 木太子の桀さんは、僕たちよりも早く来ていた。僕たちが到着したとき、所在なさげに槌に手を乗せて、ぶらぶらさせていた。ずっとひとりで待っているのは暇だったろう。

 

あらいさん。久しぶり。元気そうですね」

 

 当たり障りのない挨拶を投げる。桀さんはいつもと変わらない様子で僕たちを迎えてくれた。

 

「ししししし雫も元……雰囲気がかかかかか変わかわかわかわ」

 

 うん、いつも通りの桀さんだ。安心する。


「お喋りはやめるさー」 


 人型のグレイブさんが上段から声をかけてきた。いつの間にそこにいたのか、坟さんは玉座の座面に二本足で立っている。

 

「玉座に理王以外が座って良いのかな」


 坟さんに聞こえないように、声を潜めて潟さんに言ってみた。潟さんは首を傾げて僕に耳打ちする。

 

「座ってはいないから良いのでは?」

 

 立っているから良いと……。

 もっとダメだと思うのは僕がおかしいのか?


「それじゃ、今から地獄の扉を開くさー。あっしが開けたら、露払いが引き継ぐから後はそっちに従いなー」

グレイブが案内役ではないのですか?」

 

 潟さんが間髪いれずに尋ねる。坟さんが案内役だって聞いたから、てっきり導いてくれるのだとばかり思っていた。桀さんと潟さんも不思議そうにしている。

 

「案内と言っても土師クリエイターの役目は入り口を開くだけさー」

「そうですか」

 

 潟さんは納得いかないような顔をしている。でも坟さんはシッシッと何かを払うような仕草で、潟さんを黙らせた。


「じゃ……くさー」

 

 グレイブさんはそう呟くと玉座の肘掛けから短刀を取り出した。そんなところに隠しがあるなんて知らなかった。水の王館も同じなのか、あとで確かめてみよう。

 

 そんな呑気なことを考えていたら……

 

 坟さんが短刀で自分の腹を刺した。

 

「グ、グレイブさん!?」

 

 自分の声が謁見の間に響いた。その大きさに構っている余裕はない。坟さんに駆け寄ろうとしたところを、潟さんに止められた。

 

「あわばばばばばわわわわわわ」 

 

 桀さんは平常運転だ。

 

グレイブ、何のつもりですか!?」

「……右に回すさー」

 

 坟さんがそう言うと、玉座が激しい光に包まれる。間近で花火を見ているようだ。見ていられなくて腕で目を庇う。

 

 バチバチという音が収まるのを待って、腕を下ろした。横の二人も同じような動きをしていた。

 

グレイブさん?」

 

 見上げる玉座に坟さんの姿はなかった。その代わり、玉座の背もたれに短刀が刺さって、柄が突き出ていた。

 

 階段を駆け上がって玉座に近づく。刺さった短刀が異質さを放っていた。そこに惹き付けられるようにそっと柄に触れた。

 

 あれだけ火花が出ていたのに熱くはない。試しに抜こうとしたらビクともしなかった。

 

 後から上ってきた桀さんにも引っ張ってもらう。力持ちの桀さんなら抜けるかと思ったのに、やっぱり全然動かなかった。


「雫さま。それを右に回すのでは?」


 見かねたのか、潟さんが声をかけてきた。確かに姿を消す直前、坟さんは右に回すと言い残した。

 

 試しに右に捻ってみる。

 

 ガチッという音が鳴った。解錠されたような手応えもある。柄を握ったまま引いてみると、玉座の背もたれが開いていった。

 

 柄がドアノブの役目を果たして、玉座の背もたれ部分が扉になっていた。左側から少しずつ開いていく。玉座の中が見えるけでもなく、ただ吸い込まれそうな真っ暗闇が広がっていく。

 

「これは噂に聞く『王太子の試練』ですか?」

 

 潟さんが顎に手を当てて考えている。でも残念ながらそれは違う。

 

「おおおう王太子の試練は同じ玉座でも背面からです。そそそそれはどの王館も同じはずです」


 桀さんの説明に僕も頷く。王太子二人に否定されると、潟さんが扉に手を掛けた。


「ということは、ここが地獄への道。……私が先に参ります」

 

 潟さんは腰の大剣に手を軽く乗せた。いつでも抜けるように用心している。

 

 扉の中はただ暗いだけだ。何の音もしないし、何も見えない。

 

「未知の領域です。まずは私が先に入り、確かめて参ります。雫さまたちは少し後からどうぞ」

 

 潟さんが玉座の座面に足を掛けた。なんとなく見送ってしまってはいけない気がする。

 

「そそそれならそれがしが先に入ります! 某、こう見えて頑丈なのです!」

 

 桀さんが潟さんの足を掴んだ。そのせいで潟さんはバランスを崩して、玉座から落ちそうになった。

 

 ついでに僕も潟さんの腕を掴んで引き止める。

 

「それなら……僕が地獄行きの原因なんだから、僕が先に行きます!」

「雫はダメです!」

「雫さまは最後です」

 

 何故だ。即却下された。打ち合わせでもしていたかのようだ。


「露払いナリ! 露払いナリ!」

「わっ!」


 何の前触れもなく、暗闇から頭が飛び出してきた。潟さんの腕を放して後ずさる。

 

 本当に頭だけだ。髪もない。いや、そんなことより首から下がない。

 

 潟さんは太刀を構え、桀さんも槌を肩に担いでいた。

 

 僕だけ反応が遅れている。


「紹介状ナリ!」

「っ!」

 

 二人に比べ僕だけ何の準備も出来ていなかった。そのせいで懐に入れていた紹介状を頭に奪われてしまった。 

 

 頭は紹介状を咥えて、再び玉座の向こうの闇へ飛び込んでいった。

 

「待って!」

「雫さま!」

「雫!」

 

 頭を追って玉座の闇に飛び込んだ。

 

 足場がなくなって、すぐに浮遊感が襲ってくる。そのはずなのに風を切る感じがない。落下しているのかどうかも怪しい。どっちが上だか分からなくなってきた。


 しかしそれも束の間。

 

 突然、トッと足が地に着いた。同時にムズムズとした浮遊感が消える。ホッと一息ついて辺りを見る。

 

 真っ暗だ。

 何も見えない。目を開いているのか閉じているのか分からなくなりそうだ。


 ここが……地獄タルタロス

 

 そう呟いたはずだった。確かに声に出したはずだ。それなのに自分の声が聞こえない。


 ーーっあらいさん! せきさん! どこですか!? ーー

 

 大きな声で叫んでみた。でもやっぱり聞こえなかった。

 

 自然と焦りが生まれる。でもその気持ちを強引に抑え込んだ。

 

 深呼吸をして自分の耳を塞いだ。ゴーという音とドクドクという音が聞こえる。自分の中の血液が流れる音だ。この音が聞こえるということは耳に異常はない。

 

 次に自分の喉に手を当てて小さく声を出す。喉は震えている。声帯も機能しているということは、自分の体に変化はない。

 

 音を伝えるためには振動が必要だ。それならこの空間には振動する物質がないということだ。

 

 意識を自分の体から周りへと移す。幸い辺りは理力に満ちている。王館レベルの理力の多さだ。この分なら理術は発動できそうだ。

 

 心の中で詠唱をする。

 

 ーールールの子 命じる者は雫の名 この身を包み この場を満たせーー

 

 水の音は聞こえない。でも確かに湧き出ている。指に触れた冷たさがその存在を主張している。頭から足の指先まで、水が全身を飲み込んでいく。

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