表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水精演義  作者: 亞今井と模糊
八章 深々覚醒編
244/457

228話 好きということ

 ベルさまは巻物を机から取り出して、僕に差し出した。この部屋で黄色い巻物は異質さを放っている。 


「まずは土理王から地獄への紹介状だよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 巻物を広げて中を確認する。

 

 ……全く読めない。

 

 水精と土精では使う字が違うのか?

 いや、そんなはずはない。垚さんやグレイブさんと市へ行ったときも、そんなことはなかった。


「それは地獄の字らしい。私も読めないよ」

 

 潟さんも覗き込んできたところで、ベルさまが片手を上げた。見ても無駄ということだ。

 

 地獄の字ってこんなに複雑なのか。曲線と直線と長線と短線と……丸とか四角とかも入っている。

 

「これが面倒なことですか?」

「とてもね」

 

 ベルさまからは言い様のない疲労感が溢れていた。仕事で疲れたという雰囲気ではない。

 

「土理王が直々に届けに来て、長いこと居座るものだから仕事が滞って滞って」

 

 ベルさまはバサバサと書類の束を振ってみせた。それをやや乱暴に未決事項の箱に放り込む。

 

「土理王さまが直接来るのって珍しいんですか?」

 

 お使いが届けに来るのが一般的だろうけど、別に本人が来ても良い。……とは言え、僕のためにわざわざ申し訳ない気もする。

 

「珍しいどころか……理王が自分の王館を長く空けることはないよ。やはり王館に理王がいないと色々支障が出るからね」

 

 ベルさまは僕が王太子になる前、結構な頻度で視察に出ていた。焱さんが怪我をしたとき、火の王館へ行ったこともある。それに火理王さまだって、先代木理王さまが危篤の時、木の王館に行っていた。

 

「他の王館に少し行く程度なら問題ないけど、緊急時でなければ避けるよ」


 そういうものなのか。

 

 話の流れで、金理王さまと初めてあったときのことを思い出した。金精と一悶着あった次の日、金理王さまは僕を迎えに来てくれた。

 

 でもあの時、金理王さまは金の王館の境界に立っていた。金の王館から出ないようにしつつ、ギリギリの所まで来てくれたわけか。

 

「土理皇上が直々に……となると、話が長くなりそうですねぇ」

 

 呟いたのは潟さんだ。遠い目をしているのは何故だ。僕と会ったときは、そこまで話の長い印象はなかった。

 

「あぁ。紹介状を作るのが如何に面倒だったか……に始まって、雫が土精に手を出したと文句をたらたらと述べ、果ては王太子時代の話を掘り返された」 

「それは日が暮れそうですね」

 

 ベルさまはうんざりした顔をしている。それから首を後ろに倒して体を伸ばした。

 

「日暮れどころか、日の出前から来てたよ」

 

 それはどの時間が基準なのか。朝から晩までいたのか、それとも夜から昼までいたのか。いずれにしても本当に長い時間滞在していたらしい。

 

 それにしても、ベルさまと会ってそんなに話が長いとなると、考えられるのはひとつだけだ。

 

「土理王さまは御上のことが好きなんですね」

「「はぁ?」」

 

 ベルさまと潟さんの声が見事にハモった。睨まれているわけではないけど、変な目で見られている。

 

 これは残念な者を見る目だ。この視線を浴びるのは久しぶりだ。でも、そんなにおかしなことを言った覚えはない。土の王館で会ったときも、ベルさまが退位するのではないかと焦っていた。

 

 好きだけど素直になれない。そんな感じだ。

 

 そうだ。好きと言えば……。

 

「御上。お願いがあるのですが」

 

 何の前触れもなく突然、話を変えてしまった。ベルさまが少し意外そうな顔をした。瞬きを数回して、表情を改める。

 

「珍しいね。何?」

そえるという仲位ヴェルの精霊を王館に置いていただけないでしょうか?」

 

 直球でお願いする。潟さんの配偶者だとは言わなかったのに、ベルさまは目を潟さんに向けた。

 

 顔は動かない。視線だけを動かす様子を見ていると、簡単には説得できないような気がしてきた。

 

「……理由は?」

 

 潟さんを見つめたままだけど、僕への質問だ。潟さんはベルさまから目を逸らして、やや下を向いてしまった。

 

「欠員補充と言いますか……」

 

 苦し紛れの言い訳だ。ベルさまにこんな理由が通じるわけはない。

 

そえるが漣の代わりになるのか?」

 

 案の定、ベルさまは呆れた様子で溜め息をいた。更に肘掛けに体重を掛けて、姿勢を直そうとしている。これは話を切るときのベルさまの癖だ。

 

「というのは表向きの理由で、ただ単に新婚さんを引き離したくないだけです」

 

 率直にそう言うと、ベルさまは中途半端な体勢で止まってしまった。瞬きもせず、濃い色の瞳が僕を捕らえている。

 

「…………ぷっ……フッ……ハハハハッ」


 ベルさまが壊れた。

 

 いや、元へ。ベルさまが急に笑い出した。残念ながら、顔は伏せてしまって見えない。こんなに笑うベルさまを見るのは……もしかしたら初めてかも知れない。ベルさまの新鮮な一面を見られた。

 

「…………流石は雫だね。その正直さが好きだ」

 

 好きだと言う言葉にドキリとする。

 

 どうも好きだという感情に敏感になっているみたいだ。世界に好かれているせいだろうか。 

 

「配偶者が気になって、潟さんも仕事に支障が出るかもしれませんし」

 

 今度は潟さんが驚いた顔をした。職務怠慢の予告をされたようなものだ。顔の前で忙しく手を振っている。

 

「最初の理由だけなら即刻却下だったけどね」


 ベルさまが体を背もたれに預けた。口元に手を置いて、少し考え込んでいる。

 

「雫。添の所へ視察へは行っていないよね。何故、候補になかったか分かる?」

「領域がはっきりしていないからですか?」

 

 泉や塩湖と違って、雨や波は領域がはっきりとは決まっていない。雨伯が良い例だ。竜宮城という居城はあるけど、本体が雨だからどこにいるのか掴むことが難しい。 

 

「それもある。でも私が視察先から外した理由はそれが主じゃない」

 

 詳しく聞こうとすると、口を開いた瞬間、ベルさまに遮られた。

 

「すぐに返事は出来ない。少し考えておこう」

「お願いします。もしダメなら潟さんを塩湖に返してあげてください。直接、王館に通う方法もあるかと」

 

 ベルさまはチラッと潟さんを見た。その視線を待っていたかのように、潟さんが一歩進み出る。 

 

「御上。私は雫さまを第一に考えております。添のことは大切ですが、まずは……」

そえる沿ふちの子だろう。大事にするのは悪いことじゃない」


 知らない名が出てきた。

 でもベルさまは今後こそ、椅子の上で体勢を変えてしまった。もうこの話は終わりだろう。

 

「それと面倒なことが、もうひとつ」


 すっかり忘れていた。

 

 ベルさまの話を先に聞くべきだったのに、自分の話ばかりしてしまった。


「森が無患子むくろじの視察に行ったらしい」


 ベルさまは机の上に肘をついて、両手を組んだ。潟さんはひとり話に付いていけず、僕とベルさまを交互に見ている。

 

 申し訳ないけど、今は説明してあげる余裕がない。

 

「それで……何かあったんですか?」

「木理は命令ではなく、森に依頼という形で理力の確認に行かせたそうだ。理力が同じ性質なら親子と言えるし、似ていれば親族と捉えて良い」

 

 命令でないことにどんな意味があるのか。

 嫌なら拒否出来るとか。

 

 外出しないように言われていたのに出掛けてしまえるとか……僕の嫌な思い出だ。

 

「『理王の親になんて無礼なことをするのか』と森の理力調査を拒絶した上、『息子が理王なら自分達を高位精霊に引き上げろ』と理不尽な要求をしてきたらしい」

「はぁ!?」

 

 ベルさまに向かって、変な声を出してしまった。

時々聞かれますが、当小説はBLではありません(声を大)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ