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水精演義  作者: 亞今井と模糊
二章 水精混沌編
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22話 戦闘の行方

「馬鹿なの? 自分の足場と防御まで昇華させて、肝心の氷柱を全て消せてないなんて」


 本当に僕は馬鹿だ。残念ながら姉の言う通りだった。


 最初は頭上も氷壁で防ごうと思った。でもそれでは退路が断たれる。だから、襲ってくる氷柱を消そうとしたのに、足場の氷と前面の氷壁まで一緒に昇華させてしまうなんて……。


 お陰で防御が全くなくなってしまった。左腕もジンジンする。


「ふん、所詮は最下位の季位ディルということだ。我らに及ぶわけがない」

「えー、もう終わりー? もうちょっといたぶりたかったなー」

「…………消したい」

「消すのは駄目だ。が、まぁ、もう少しくらいならいいだろう」


 痛い……痛い。左腕が痛い。苦しい。


 波乗板は氷から水に戻っただけで消えてはいなかった。不幸中の幸いだ。まだ僕を支えてくれている。


 痛くてこの後どうしたらいいか、考えが浮かばない。額から脂汗が落ちる。


「何するの?」

「そうだな、兄上達は水球でやられたらしいから、こいつにも水球を返してやろう」

「ほう? というと?」

「……ぶつける」

「あら、楽しそうね。じゃあ……『氷柱演舞』!」


 詠唱する声が聞こえたけど、僕の詠唱はもう間に合わない。ただ耐えるしかない。目をつぶって覚悟を決めた。


 ズガガカカカカカッ! という鈍い音が耳元で鳴った。後ろに服を引っ張られる。


 左腕を押さえてうずくまっていたところを、後ろの壁に縫い止められた。


「っ!」

「あら、ちょっと当たっちゃった? 当てるのはこれからよ? まとさん?」


 後ろの壁に押さえつける目的だったみたいだけど、何本かは服ではなく、僕自身を傷つけていった。


「ずるいよ姉上!」

「……今のなし」

「抜け駆けはするな」

「ちがうわよ! ほら、素敵な的が出来たじゃない?」 


 まともに刺さった二本のせいで、脇腹と肩に激痛が走っている。打ち付けた背中も痛い。


 痛いところばかりだ。頭が痛みで支配されている。


「じゃあ、顔は十点、左腕は五点、それ以外は三点ねー」

「勝ったら何かあるのか」


 痛さでいっぱいの僕をよそに、兄姉たちは盛り上がっている。その間に壁から離れようと少しだけもがいてみた。


 途端に激痛が走る。小さな呻き声が出てしまった。


 それでも僅かな期待を込めて、自分の腕を見た。服を押さえつける氷柱はびくともしていなかった。


「んー、兄上達からのご褒美を独り占め」

「……良い」

「あら、あなたの方がずるいじゃない?」

「まぁ、いいだろう。我らのうち誰が賞されても損はない」


 苦しい。熱い。腕を火傷したみたいだ。


 火傷といえば……淼さまと一緒に食事をしていた頃に作った汁物スープ。全然熱くなくて、温め直しに行ったっけ。ずいぶん前のことみたいだ。


 …………淼さま……会いたい。


 ーー日々、無事に過ごすこと。そして無事に私の元へ帰ってくること。絶対に消えてはならない。これが雫への初めての命令だ。


 淼さまの言葉が浮かぶ。

 ……そうだ。

 淼さまの……御上おかみの命令だ。

 無事に帰らなきゃ。

 絶対に消えるわけにはいかない。

 御上の元へ。


「……帰らなきゃ」


 痛い……帰りたい。


 痛みしか認識していなかった頭に、別の感情が湧き出てきた。


「じゃあ、一人三球ずつね」

「大水球でもいい?」

「駄目だ。普通のにしろ」

「……けち」

「まぁまぁ」


 攻撃しなければやられてしまう。いや、防御が先だ。けど、防御してもさっきと同じようなことになら意味がない。


 攻撃も防御も同時にしなければこのまま的にされてしまう。


 攻撃も防御も……何か少し前にそんなことを言われた気が……。


 ーー敵から身を守るのにも攻撃するにも有効な手段のひとつじゃが、今の状態だとーー


 ……先生……元気かな。


 緊迫した状況を受け入れるのを拒否しているようだ。淼さまや先生のことが頭に浮かんできた。


 でもおかげで思い出した。最後に練習しようとしていた上級理術。


「じゃあ、俺から行くぞ!」


 パンッ! という音を伴って水球が弾けた。足に新たな痛みが走る。


「足か……三点だな」

「残念、次は私ね」

「姉上……ズルだめ」

「ズルって何よ! しないわよ!」


 皆、僕に水球を当てるのに夢中だ。そんなに楽しいのかな。


 番が回ってきた兄姉が嬉々として、水球を振りかぶっている。


「水の塵……っう!」


 今度は顔面に水球が飛んで来た。パシャンッ! という音で一瞬、息が詰まる。


「やった! 顔だから十点ね!」

「……ズル?」

「してないってば!」

「代われ。次は我がやる」


 滴り落ちた水が、掠めた氷柱つららの傷にキンと染みた。次の衝撃が来る前に少しずつ詠唱を進める。


「命じる者は……っ!」


 頭にバシッ! と固いものが当たった。水球とは思えない固さだ。


「頭か……頭は顔に入るのか?」

「頭は頭だよー。三点だねー」

「チッ、あいつが動くからだ」

「まぁまぁ、次は僕ねー」


 頭がクラクラする。足元に氷の粒が散らばっていた。水球の中に氷が入っていたらしい。投げやすいように加工してあったようだ。ズルは今の奴じゃないか。


「雫の名」


 バンッ‼


「ーー!!!!」


 斬られた腕に当たり、あまりの痛さに声が出なかった。


「やったー! 左腕だー、五点だね! はい、兄上の番」

「…………んふふふふふ」


 あちこち痛くて、もうどこが痛いのかよく分からなくなってきた。


かたを作らず」


 次の水球が投げられた。頭の上の方でパーンッと鳴った。派手に水滴が散っている。


「おい、どこに投げてんだよ」

「零点ね」

「何やってんの兄上ー」

「下手すぎる」

「…………」 


 和気藹々《わきあいあい》と楽しそうだ。僕もまた淼さまとの楽しい日々に戻りたい。淼さまのご飯を作ったり、掃除したりしていたい。


 ここは嫌だ。

 このまま帰れないのは嫌だ。


「吹雪いて走れ」


 淼さまにまた「雫」と呼んでもらいたい!


「おい。こいつ、何かブツブツ言ってないか?」


 まずい、気づかれた。

 でも、詠唱は終わっている!


氷雪風乱射ブリザードっ!」


 辺り一面吹雪が吹き荒れ、辛うじて点いていたランプが消えた。真っ暗になった。


「うおぉっ! こいつ! なんでこんなっ……」

「いやぁああ! なにこれーー!」

「痛い痛い痛いっ!」

「………ぐっ! うぅぐぁ」

「くそっ! 一旦退くぞ!」

「水壁が邪魔! きゃあぁっ!」

「早く解除しろっ! ぅあああっ!!」

「お前ら口閉じろ!! ァガッ!」



 五人の叫び声が聞こえる。でも僕は動けないまま、頭の中で先生の声を聞いていた。


 ーーこの術のデメリットは自分の視界も悪くなることじゃーー


 真っ暗だったのが真っ白になって……真っ白になって……目を閉じた。







 ふと気づくと水面が上に見えた。あぁ、水の中か。


「ははうえ……」

「るい? どうしたのです? こちらへいらっしゃい。かわいそうに、またこんなに怪我をして」

「遠慮せずにおいでなさい。母が癒してあげましょう」 


 …………何これ?


「ははうえ、これはなぁに?」


 傷だらけで母の膝に乗っているのは、僕?

 ということは……あぁ、夢か。


「あぁ、これは徽章きしょう。母の紋章が彫ってあるのですよ」

「もんしょう?」

「るい!」


 あ、誰か走ってきた。


「また殴られたのか?」

「おにい……」

「かわいそうに。大丈夫か?」


 あ、兄上だ。


「だめじゃないか、すぐにお兄ちゃんに言えっていつも言ってるだろ?」

「はい」

こん、それくらいに」

「母上からもあいつらに言ってください。あぁ、それとお客ですよ?」

「分かりました。るい、良い子で待っているのですよ」

「はい、ははうえ」


 はは、僕もこんな時があったんだ。母上の徽章を勝手に取ってしまっている。


「るい、何を持ってるんだ?」

「もうしょー!」

「もうしょ……? あぁ、紋章か。母上は高位精霊だからね。紋章があるんだよ」

「こおりせいれい? おにいちゃんは?」

「私はまだ高位じゃない。まだ、な」


 兄上の手が僕の頭を撫でる。


「るいも大きくなったら」


 ゾクゾクゾクゾゾゾッ!

 全身に鳥肌が立った。一撫でする毎に深くなる鳥肌。気持ち悪い。


「お兄ちゃんを、高位精霊にさせてくれよ?」

 

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