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水精演義  作者: 亞今井と模糊
八章 深々覚醒編
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223話 塩湖での出来事

「お、奥さんですか?」


 娘さんじゃなくて?


 ついついそえるさんのことを観察してしまった。上から下までどう見ても、子どもだ。じろじろ見ていたら、案の定、添さんが顔を真っ赤にして怒り出してしまった。


「何よ! 何か文句あるの!?」


 いや、文句というか……何というか。


 精霊ひとを見た目で判断してはいけない。土理王さまだって、雨伯だって、僕よりずっと年上なのに見た目は子供だ。


「雫さま、申し訳ございません。気性の荒い妻でして……そえる、挨拶を」


 添さんは僕に噛みつかんばかりだ。潟さんが襟を掴んで押さえている。


「はぁ? なんでこんな奴に」

そえる


 潟さんが声を低くした。さっきかちわたさんに対して怒ったときのような声色だ。


 その声に添さんはビクッと肩を竦める。その向こうで、何故かかちわたさん達までビクビクしていた。


 添さんはチラッと僕を見た。悔しそうに唇を噛んで、ぎこちない動きで潟さんを見上げる。


「だって……こいつのせいで貴方が怪我したんじゃない」


 添さんは涙声だ。


 うんうん。その気持ち、分かる。


 思わず頷いてしまう。


「私の怪我ははげしの企みによるものです。雫さまは関係ないでしょう」


 直接的な原因はそうかもしれない。でも大元の原因は僕が頼りないせいだ。


 口を挟もうとすると、添さんが潟さんにすがり付いた。


「それにっ! ……こいつがいなきゃ、貴方は王館に行かずに済んだじゃない!」


 添さんが潟さんの服を掴んで揺さぶる。添さんの力では潟さん自身はびくともしていない。ただ、前髪が規則的に揺れている。


「ずっと一緒にいられたのに、こいつがっ……こいつが弱すぎるから、貴方が護衛する羽目になったんじゃない!」


 添さんが僕を指差した。


 その直後、塩湖の水が急激に引き始めた。ここから見えるほとりの水が、奥へ奥へと引き寄せられている。


 塩湖の一部が異様に盛り上がっていた。塩湖の中央部と思われる部分だ。水はそこへ集まってぐんぐん上へ伸びていく。


「あ、兄貴……」


 すっかり気配を消していたかちわたさんが心配そうな声を出した。


 さっきの件もあるし、無茶をすれば目の治りが悪くなる可能性がある。


「潟さん。怒らないで。僕は率直な意見を聞きたいから」


 何とか潟さんを宥めようとする。けど潟さんは首を横に振った。その傍らには添さんがしがみついている。添さんの肩には潟さんの手がそっと乗っていた。


「私では……ありませ、ん」


 潟さんがもう片方の手で自分の目元を押さえた。体が前後に揺れている。


「潟さんっ!」

「潟!」

「兄貴!」


 潟さんが膝をついてしまった。膝をついても、上半身はまだフラフラしている。


 塩湖の盛り上がりは更に高くなっていた。まるでたけのこのようだ。高さはすでに筍どころか、竹でも及ばない。もはや水の塔と言っても良い。


 グルグルと回転しながら、まだ伸びていく。塩湖中の水を集める気だろうか。


「誰か、が塩湖わたしの水を、使っています」

「潟、しっかりしてっ!」


 添さんが心配そうに潟さんの背中を擦っている。かちわたさんはどうしていいか分からず、おろおろしている。


 そうこうしている内に、塩湖の動きが変わった。


 中央の塔から無数の細い水流が編み出された。今度は塔というよりも、枝の多い木のようだ。


「雫さま……お逃げください」


 潟さんが肩で息をしている。相当苦しそうだ。声も掠れている。


「雫さま」

「大丈夫。何とかするから」  


 潟さんの怒りではない。とすると世界の理力の仕業のはず。


 僕が止めないと。


かちわた。雫さまを……」

「で、でも兄貴」


 潟さんが馮さんの腕を引っ張った。僕を連れて離れるように指示をしている。


 でもその会話は無視だ。潟さんたちから離れて、塩湖のほとりに向かう。さっきまで水があった場所だ。水が中央に引き寄せられて、湿った砂があらわになっていた。


 水の枝の先に真っ白な氷の粒がたくさん付いている。ここからだと小さく見える。けど、多分近くで見たら、ひとつひとつが拳くらいの大きさがあるだろう。


 そのひとつが枝から放たれる。


 豪速球だと思ったのは一瞬だけだった。すぐにこっちに飛んで来る……と思ったのに、なかなか来ない。


 遅い。


 ゆっくり宙を漂っているように見える。白い球が時間を掛けて僕の元へ辿り着いた。木の実をもぎ取るように、宙からそれを取り上げる。


 氷の粒だと思っていた物は、塩で出来た球だった。石のように硬い。さながら岩塩だ。


 でもこの速度なら、水壁か氷壁で防げそうだ。何なら氷盤でもいけるかもしれない。


 理術を仕掛けようとすると、体がフワッと浮いた。続いて頬に風が当たる。


「ちょっ……かちわたさん! 下ろしてっ!」


 かちわたさんに足元を掬われた。馬の姿に戻った馮さんの背に強引に乗せられている。お腹が馮さんの背骨に当たっている。揺れる度に鳩尾みぞおち辺りがひどく痛んだ。


 かちわたさんは、ついさっき乗せてもらった時とは比べ物にならないくらい速い。どんどん畔から遠ざかってしまう。潟さんたちの姿が見えなくなってしまった。


「キャアッ!」


 そえるさんの悲鳴が聞こえた。


 添さんが狙われている。添さんが僕を悪く言ったと世界に判断されたら、無事では済まない。


 土精たちは土理王さまがいたから何とかなった。今、ここには水理王はいない。まして、何が起こっているのか、分かるのも僕しかいない。


かちわたさん。戻って」


 潟さんの真似をして出来るだけ声を低くしてみた。


 馮さんは止まらない。気づけば左右を水棲馬ケルピーに固められていた。


 馮さんと潟さんの関係がどういうものなのか分からないけど、潟さんを恐れていることは確かだ。さっき会ったばかりの僕の言うことなんて聞きやしない。


 でもそうはいかない。馮さんのたてがみを強めに引っ張った。


「……かちわた。戻れ、太子の命令だ」


 言葉に理力を少しだけ纏わせた。案外器用なことが出来るようになってきたものだ。


 馮さんは前のめりになって、ようやく止まった。その反動を使って馮さんから飛び降りる。


 戻れとは言ったものの、止まってさえくれれば良い。


 雲を呼んで飛び乗り、一息で戻った。馮さんは着いてこようとしたけど、途中で振りきってしまった。


 元の場所へ近づくと塩で真っ白になっていた。まるでひょうが降ったみたいだ。そしてまだまだ飛んで来ている。


「潟さん、添さん!」 


 ゆっくりした飛び方なのに、潟さんと添さんは避けることが出来ていない。


 潟さんの方がダメージが大きい。塩湖を使われて只でさえ、調子が悪いのに、添さんを自分の体で匿っている。


 容赦なくぶつかっている塩の弾丸をまともに受けていた。


 僕も宙を漂う塩が邪魔で、中々近寄れない。時々払い落としながら二人に駆け寄る。


 潟さんの肩に手を置くと、潟さんが顔を上げた。僕の気配だと分かったみたいだ。


「雫さ、ま。来てはいけま……」

「大丈夫。今、何とかするから。……『水の箱』!」


 二人まとめて水の箱に入ってもらった。塩の弾丸がどこから来ても大丈夫だ。潟さんが何か言っているけど、残念ながら聞こえない。


 ……ということはこちらの声も聞こえないはず。ちょっとくらい大きな声を出しても平気だろう。


「僕の大切な精霊ひとたちをどうして傷付けるんだ!」


 誰もいない塩湖に向かって叫んだ。

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