表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水精演義  作者: 亞今井と模糊
八章 深々覚醒編
234/457

218話 世界の好意

 土精達が苦痛から解放された。肩で息をする者、ほっと息を吐く者、頭を振って目をパチパチと瞬く者、反応は様々だ。

 

 皮膚がボロボロになってしまった精霊ひとも潤いを取り戻していた。


 土理王さまの様子から判断すると、どうやら僕が皆を傷つけてしまったらしい。


「今のは……何をなさったんですか?」

創造はじまりの唄だ」


 土理王さまは短く答えた。何のことだかさっぱりだ。

 

 土理王さまは回復していく土精達を前から後ろまでしっかり見ている。


 僕に対しては多分怒っている。答えてくれただけマシか。


「理に反せず死に行く者を救う唄だ。寿命を全うした場合は除いてな」


 そう思っていたら意外にも解説をくれた。


 侍従長が隣の精霊に支えながら立ち上がろうとしていた。近くにいるので僕も手を貸そうとしたら、ヒッと息を飲んで、避けられてしまった。更に悪い印象を持たれてしまったらしい。


「理に反せず死に行くってどういうことですか? 誰かに襲われたり……とかですか?」

「分かっているなら聞くな。お前にも経験があるだろう」


 土理王さまは侍従に手を貸しはしない。ただ見ているだけだ。皆の回復を確認すると、くるっと体の向きを変える。完全にお付きたちに背を向けてしまった。


 僕からは横顔しか見えない。でも、肩の力が抜けてほっとしているのが良く分かった。王然としていても心配であることに違いはない。


「僕……今までも無意識に誰かを傷つけたんでしょうか」


 経験があるだろうと言われ、少し考えてみた。戦闘になったことは何度かあったけど、自分から好んで戦ったことはない……と思う。


 でも今みたいに、気づかない間に誰かたくさんの精霊ひとを傷つけていたらと思うと、恐ろしい。


 ひとりで不安になっていると、土理王さまが素っ頓狂な声を出した。

 

「はぁ? 逆だろ。お前は被害者だったんじゃないのか?」


 土理王さまは変なものを見る目で僕を見上げてきた。黄色みがかった大きな瞳に僕が映っている。


「被害者ですか?」

「そうだ。涸れかけたお前を救ったと水理が言っていたぞ?」

 

 十年前のことだ。


 寿命でもルール違反でもなくて、泉が消えそうになっていたあの日。


 ベルさまが僕の泉にやってきて、唄を歌ってくれた。少しフレーズは違う気がするけど、意識が朦朧としていたので詳細は思い出せない。


 それと、芋づる式に思い出した。


 焱さんが片腕片足を失って、瀕死の怪我を負った時も火理王さまはこんな唄を歌っていた。

 

 今でもあの時のことを思うとゾッとする。自分が消えかけたときよりも、焱さんがいなくなってしまうことの方が怖い。

 

 気づけば焱さんが怪我した辺りの腕を撫でていた。


「だけどな。今の感じだと加害者になる日も遠くないぞ。今、こいつらがお前を少し悪く言っただけでこのザマだ。あ、それに関しては余も謝罪する」

 

 唐突に土理王さまが謝罪を述べた。乾燥から立ち直っていた侍従長たちは気まずそうだ。

 

「あ、いえいえ。大丈夫です」


 気にしないでと言う意味を込めて、努めて笑顔を作る。先頭二人を見たら、更に怯えていた。顔が引きつっていただろうか。


「そもそも理王や王太子は世界のルールと結びついている。だがお前はそれだけじゃない。世界が味方をしている。お前を傷つけるものは世界が守ろうとする。気を付けろ」

 

 ベルさまにも似たようなことを言われた。

 

 世界が僕と繋がりたがっていると。

 それがこんなことを引き起こすなんて……。

 

「ど、どうやって気を付ければ良いんですか?」

 

 僕の意思でやっているわけではないので、どこをどう気を付けて良いのか分からない。

 

「余に聞くな、余に。水理に聞けば良いだろ」

 

 ベルさまのことを口に出すときに、ちょっと嫌みっぽくなるのはどうしてだろう。ベルさまのこと嫌いなのかな。

 

 土理王さまはふんっと鼻から勢い良く息を噴射した。

 

「ついこの前、ベ……御上の周りを取り巻いていた理力も僕の方へ移りそうになったんです。それもこのせいですか?」

 

 詳しく聞ける方に聞いてしまおうと思って、先日の出来事を話してみた。

 

 すると、土理王さまは大きな目を更に見開いた。

 

「何!? 水理は退位するのか?」

 

 場がざわつき出した。侍従たちも顔を見合わせている。僕の発言で誤解が生まれてしまったようだ。

 

「しません! まだしないって言ってました」

「そ、そうか」

 

 土理王さまはちょっとホッとしている。

 

 さっきまでベルさまのこと嫌そうだったのに。いぶかしむ僕の視線に気づいたのか、土理王さまは気まずそうに目を逸らした。

 

「水理は……水理とはまだ決着がついていないからな! 今、退位されては困るだけだ!」

 

 別に何も言っていない。それなのに、土理王さまは言い訳をするように早口で捲し立てる。

 

「決着?」

「そうだ。お前には関係ないぞ。……それよりお前のことだ」

 

 土理王さまがわざとらしい咳払いをした。こんなに咳払いが似合わない精霊も珍しい。

 

 可愛いらしい見た目で、年寄りじみた咳の仕方はとても不自然だった。

 

強者つわものの水理でさえ、お前の影響を受けるのか」

 

 今、ベルさまのこと、強者って言った?

 

 嫌っていると思ったけど、そうではないみたいだ。今の感じだとベルさまの実力は認めているようだ。でも認めたくない……みたいな。


 土理王さまが僕の顔をじっと見つめてきた。顎に手を当てて少し考える素振りを見せている。

 

「そういえば、水理もお前も始祖の子だったな?」

「え? あ、は、はい。」

 

 予想外の質問に返答が一拍遅れてしまった。 

 

 ベルさまは大精霊の子。

 僕は初代理王の子だ。

 

 大精霊も初代理王も始祖の精霊だから、土理王さまのいうことは間違いない。

 

 でもベルさまと同じくくりで言われるなんてちょっと動揺してしまう。


「……となると、お前のその状態はその辺の理王でも対応不可能、か。よし! 余の出番だな」

 

 その辺の理王……。

 

 色々突っ込みどころのある単語が、頭の中でぐるぐるしている。

 

「水太子。塩は少し待て。量が多いからちょっと時間が欲しい。それと黄龍おうりゅうの場へ紹介状を書いてやる」

 

 土理王さまは自信たっぷりに僕に宣言する。すぐに後ろを振り向いて、塩の手配を侍従に命じる。


 お付きの一人が頭を下げて足早に去っていった。でも侍従長は面白くなさそうだ。

 

「御上……。かの地へ水太子を入れるのですか?」

「そうだ。余が許可するんだ。問題ないだろ?」

 

 土理王さまは侍従長を見向きもしない。でもこれは決して嫌っているからではない。目や顔を見なくても真意が通じるという信頼の証だ。

 

「しかし、水精を我らの聖地に入れるなど」


 侍従長が腰を屈めて上目使いで僕を見る。その目は恐怖で溢れていた。

 

 それでも土理王さまに言うべきことはきっちり言う。恐怖を殺して仕事をきっちりこなす辺りは優秀だ。

 

「始祖の子なら黄龍も受け入れるはずだ。お前も文句はないな?」

「も、文句など滅相もない。わ、私は道理を申したまででして……」

 

 僕に関する話をしているはずなのに、僕は置いてきぼりだ。

 

 それにしてもさっきから黄龍という単語が頻繁に出てくる。


「黄龍って……大精霊の黄龍ですか? この世には存在していないと聞きましたが……」


 いつだったか、先生が言っていた言葉を思い出す。


 ーー精霊として今も存在しているのは四人の大精霊のみ。

 

 ーー土の黄龍は精霊が暮らす大地を自らの魂魄こんぱくで作ったのじゃ。

 

「そうだ。何だ、もうそんなことまで知ってるのか。流石に最初から目を掛けてただけあるな」

 

 土理王さまが意外そうな顔をした。会って短い時間なのに色々な表情をする方だ。

 

「すぐ行く必要はない。先に塩を分けてやるから、その見舞いとやらを終えたら行ってみると良い。会えるか会えないかはお前次第だけどな」

 

 土精を苦しめてしまったのに、この親切さはどこから来るのだろう。ベルさまへの対抗心かな?

  

「黄龍の場はどこにあるんですか?」

 

 すぐに行けるところだと嬉しい。やっと粗方の視察を終えたから、出来れば王館で仕事を整理したい。

 

 土理王さまはニヤリと品のない笑みを浮かべた。可愛い見た目に似合わない邪悪さを感じて、少し背中が寒くなる。

 

地獄タルタロスだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ