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水精演義  作者: 亞今井と模糊
八章 深々覚醒編
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216話 水太子への注意

「ベルさま! 見つけました!」


 執務室の窓から部屋に飛び込んだ。窓の鍵が開いていたのが幸いだった。


 一刻も早く木理王さまに知らせたくて、近道してしまった。急いでいたせいで、ベルさまが執務室にいないという可能性を考えていなかった。


 声をかけてしまってから、所在を確認する。幸いいつもの席にベルさまは居てくれた。表情こそ変わらなかったけど、銀髪が少し乱れていた。勢い良く振り向いたのだろう。


「遂に帰りもそこから入ってくるようになったんだね」


 ベルさまは困ったように笑っている。その笑顔につられて、自分の口角が上がったのが分かった。


「随分早い帰りだね。海豹人の領域に行ってきたんじゃないの? 何が見つかったって? まぬが?」


 一瞬、転びそうになった。靴に雲の湿気が残っていたから……ということにしよう。


 まぬがと出会ったら、こんな風に帰ってこられない。ベルさまの極端な冗談に付いていけない。


 ベルさまの机に近づく。

 そこでふと思った。


 僕がいない間、何してたんだろう?

 謁見の格好ではないから書類の整理?

 それとも何か別のこと?


 僕がいない間、ベルさまは何をして過ごしているのだろう。ちょっと気になる。


 でも今回、それは置いておいて……。


沾北海せんぽくかいには行って来ました! それで……」

「なら、あと二ヶ所は?」


 口調は厳しくない。けどベルさまの表情は少し険しくなった。職務怠慢と言われている気がして、続きを言うことが出来ない。


「こ、これから行く予定です。今日明日には」

「…………そう。なら良いけど」


 ほんの少しのがとても怖かった。

 ちょっと怒ってる?


「それで何を見つけたの?」

「あの、も、木理王さまのご家族を見つけました」

「…………は?」


 ヒィッ! ベルさまの目が怖い!


 ものすごい冷たい目をしている。視線だけで心臓が凍てつきそう。


 僕が仕事をサボって木精の事情に首を突っ込んだ、と怒っているのかも知れない。


 唇が勝手に震えている。でも黙ったままでは余計に怒りを買ってしまう。


「っ、沾北海からの帰りに福増ふくましという川へ立ち寄りましてっ、茘枝ライチ無患子むくろじが川に詰まると言うのでぇ……」 


 早口で捲し立てる。何とか水精絡みだと言うことを伝えたかった。ただ、ちょっと強引な理由付けだったから段々自信がなくなっていく。自分の声が小さくなっていくのが分かった。


福増ふくまし? 高位ではないね。どの傘下だ?」


 ベルさまが首を傾げた。


 理王が把握しなければならないのは、ほとんどが高位だ。だけど、ベルさまは低位の精霊も多く記憶にとどめている。


 そのベルさまでも知らないとなると、今まで大した問題を起こしていないということだ。


 良く言えば、その領域が平和に治められている。悪く言えば、賞賛に値するものが何もない。いずれにせよ、目立たないところだ。


「す、すみません。帰ってから調べようと思って」


 怒られるのを覚悟して、目を瞑った。ついでに肩も竦んでいる。


「本人に聞けば良かったのに。それで?」


 ベルさまの雰囲気が少しだけ和らいでいた。でもまだ油断は禁物だ。


「それで上流まで行くと、無患子むくろじの木があって……」


 経緯をベルさまに説明する。

 ベルさまは僕を叱責することなく、時々相づちを打ってくれた。


「……概ね分かった。でも今の話だと福増川はあまり困ってなさそうだね。むしろ、茘枝ライチを有効活用しているようだ。水太子の出番ではないね」


 ギクッと心が震える。

 ベルさまの言うことは正しい。僕もそう思っている。


「そ、それで、流す時間だけでも教えてもらえれば、福増川も対処しやすいと無患子むくろじに伝えてきました」

「……それも木太子を通すべきだったね」


 僕から桀さんへ伝え、桀さんから担当高位精霊へ。更にその高位精霊から無患子むくろじ茘枝ライチに指示する。それが正しい手順だ。


 時間がかかって仕方ない。 

 問題が解決する前に別の問題が起こりそうだ。


「筋を通さないと、皆がうまく回らない。少し踏み込みすぎだよ。それに……木理は自分の身内を探しているのか? 私は初耳だよ」


 ……しまった。木理王さまの気持ちを考えていなかった。木理王さまにとって、家族と言えるのは育ててくれた先代木理王さまだ。


 家族がいないから欲しいだろうなんて、僕の勝手な気持ちで、余計なことをしたかもしれない。


「すみません、でした」


 僕が頭を垂れると、ベルさまは前髪を掻きあげながら机に肘をついた。


「まぁ、水精絡みの理由付けをしたと聞いて安心したけどね」


 ベルさまがため息をついた。呆れさせてしまったのか、それとも安堵からか。


「流石に理由がなければ行けないとは思いました」


 ベルさまはそう言いながら、バラついた書類の束をトントンと整えた。まとめて既決事項の箱に重ねている。


「木理にはそれとなく、伝えておこう。雫が偶々(・・)立ち寄った場所で、偶々(・・)親類と思われる木精と接触した、と」


 ベルさまはものすごく力を込めて『偶々(たまたま)』と繰り返す。僕が思っている以上に、危ない行動だったのかもしれない。


「……雫は桀と仲が良いからね。昔ならいざ知らず、水太子は木精とばかり付き合っていると思われるよ」

「反省します」

 

 王太子としての自覚が足りない。

 

 ベルさまの身の回りのことだけ考えていられた頃とは違う。頭では分かっていたつもりだったけど、まだまだた。


「雫がそんな勝手なことするはずない。と思うのと同時に、漣はどういう教育をしたんだ。と思ったよ。あぁ、そうだ。漣と言えば」


 何かを思い出したように下の引き出しに手を掛けた。


「先生から連絡が?」

「いや、せきの方だ。やはり激絡みだったみたいだよ」


 ベルさまが手紙を僕に差し出してきた。開封済みだ。宛名部分には水理王の紋章が、差出人には潟さんの紋章が入っていた。


 渡してくれたってことは読んで良いということだろう。ちょっと失礼して中身を取り出した。


 ベルさまへのご機嫌うかがいに始まり、登城していないことへの謝罪が長々と書いてある。几帳面そうな字を流して読んでいると不吉な文字が目に飛び込んできた。


塩湖ラグーンが決壊?」


 中盤からが本題だった。飛ばして読んでいたのを大急ぎで戻る。僕もつい先日、免に決壊させられそうになったばかりだ。まさか潟さんまで免に襲われたんじゃ……。


「潟の近くには、雫がこれから行こうとしている海豹人の領域がある。そこが激に襲われたころ、ちょうど潟も帰っていたからね。助けに行ったんだろう」


 手紙には海豹人を助けに行ったとは書かれていない。不意を突かれて決壊させられたと記してあるだけだ。ベルさまはどこからそれを読み取ったのか。


 とりあえず免絡みの事件ではなかった。激のことなら、終息しているからこれ以上深刻な事態にはならないだろう。


「潟さんは大丈夫なんですか?」


 いくら免が関係なかったとはいえ、潟さんの状態が気になる。手紙を送ってくるくらいだから、無事は無事なのだろうけど。


「雫が思っている以上に潟の塩湖は大きい。雫の泉の七十倍くらいの水量があるから、問題ないだろう。ただその分回復には時間がかかるね」


 七十倍……。


 僕の泉は小さいから比べてはいけない気がする。でも七十倍って……想像できない。


「ちょうどこれから海豹人の領域へ行くんだから、ついでに会ってくると良いよ。あと、どうせ帰って来たんだから見舞い品を持って行ってもらおうかな」

「分かりました。何を持って行きましょう」


 そういえば潟さんの好きなものって何だろう。何を持って行ったら喜ぶのか。桀さんの所へ行って、メロンでも貰ってこようか。


 でも、今ベルさまから木精とばかり仲良くしていると注意されたばかりだ。しかも木理王さまのこともあるから少し間を開けた方が良い。

 

 焱さんに聞いて、潟さんが好きなものを教えてもらおうか。


 いや、『俺に聞くな、俺に』と言っている焱さんの姿が容易に想像できた。


 そうこうしている内にベルさまが、サラサラと何かを書きつけていた。それををピッと小さく破いて僕に渡す。

 

「それをぎょうに渡して」


 行き先が土の王館になった。

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