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水精演義  作者: 亞今井と模糊
二章 水精混沌編
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21話 忍び寄る

 あっという間に半月が経とうとしていた。母上の河を出てから、僕と淡さんは近くの鍾乳洞で寝泊まりしている。


 淡さんが食料や寝袋など、野宿に必要なものを全部持っていたので助かった。まるで最初からこうなることが分かっていたみたいだ。


 しかも、どこに入れてあったのかというくらい小さく納まっていた。淡さんは荷造り上手だ。


「雫、水くれ」

「うん。はい『水球ボール』」


 淡さんは火起こしで汚れた手を水球の中に入れた。手を擦り合わせて洗っている。


「かなり楽に出来てるみたいだな」


 水球から手を取り出しながら、淡さんが僕の手元を指差した。


「うん。もう大丈夫だと思う」


 母上の河にいたときに流れを掴んだのが良かったのか、理力の流れは分かった。でも失敗が怖くて、この洞窟に来たばかりの頃は一番簡単な水球でさえ出来なかった。


 またお湯が湧いたらどうしよう。とか、波乗板みたいになったらどうしよう。とか悪いことばかり考える。


 こんなことでは淼さまを失望させてしまう。


 …………淼さま、元気かな? 


 この十年離れたことがない。そのせいかちょっと離れただけなのに、突然思い出して寂しくなってしまった。


 淼さまのことを考えていたら、何故か左手に水球が乗っていた。予想外のことにびっくりして落としてしまった。


 それを淡さんにしっかり笑われた。集中していない方が理術が使えるなんて、先生に怒られそうだ。


 やろうとすると変に緊張してしまうからだと淡さんは言った。だから、失敗しても良い、くらいの気持ちで臨むように助言をくれた。


 実際そう思うようにしたら、他の理術もどんどん出来るようになった。


「明日には王館に戻るからな。折角だし、色々やってみろよ」


 そうだ。明日は王館に戻る。淼さまに成果を見せたい。そのとき、緊張して何も出来なかったら嫌だ。今の内に少し練習しておこう。


「そうだね、やってみる。ちょっと離れるね」

「おぅ、何かあったら呼べよー」


 淡さんから離れて広い空間にやって来た。上からは鍾乳石が氷柱のように下がっている。目の前には自然が作り出した水溜まりがあった。


 持ち主である精霊はいないみたいだ。もしいたら、侵入している時点でとっくに怒られているだろう。


 さっきは出来たけどやっぱり水球からだ。詠唱も整理したい。


「気の理力 命じる者は 雫の名 理に基づいて 形をば為さん 『水球ボール』」 


 先は長い。『大水球』『水球乱発』『氷結』『水壁』『氷盤』と続けていく。


 今のところ特に問題ない。疲れも息切れもほとんどない。一息吐ひといきつくと、ふと水溜まりが目に入った。


 そうだ。出来なかった理術アレをやってみよう。


る水よ 命じる者は 雫の名 その身に乗せよ 我が身を運べ『波乗板サーフボード』」


 表面が形を変えていく。ザバンッという音を立てて、水が大きな板を作った。


「やった!」


 そこで終わらせてもいいのだけど、折角だから追加だ。


「『氷結』!」


 ピシピシピシッ! と小気味良い音が鳴った。


 波乗板が大きな氷の板になった。波乗板でも勿論乗れる。でも長い時間乗ったり、不安定な場所で乗ったりするなら、凍らせた方が安定する。先生にはそう言われた。


 例えばこれを漕さんに引っ張ってもらうとしたら、多分、水で出来た波乗板では途中で散ってしまっただろう。


「よいしょっ。おっと……」


 氷結させた波乗板に乗ってみた。一瞬浮力の反動によろける。屈みこんで体勢を整え、転ぶのは避けられた。


 今、ここで転んだら深い水溜まりに落ちて音が響いてしまう。そうなったら淡さんが飛んできてしまうだろう。要らぬ心配をさせたくない。


「危なかった」


 しばらく落ち着くのを待って立ち上がる。すると、後ろから近づいてくる気配があった。急に静かになったから、淡さんが不審に思ったのかも知れない。


「大丈夫だよ。淡さん」


 淡さんにそう言いながら、不安定な板の上でゆっくり振り向いた。それと同時に、シュッと頬を何かが掠めていった。


 その勢いにつられて顔の向きが変わる。後ろの鍾乳石に氷柱が刺さっていた。


「チッ、避けやがった」

「あれ? まぁいいや、ひとりでしょ?」

「あぁ、伯位アルはいない」

「水壁で覆ったから聞こえてないはずよ」

「…………」 


 三人……四人……いやもう一人気配がする、五人だ。気配がどんどん近づいてくる。


 不安定な板の上では逃げられない。淡さんに持たされたランプだけでは暗くてよく見えない。


 まずい。どうしよう


「だ……誰?」


 一定の距離をとって囲まれてしまったみたいだ。後ろには鍾乳石の壁、逃げ場がない。何とか声を振り絞ってみた。


「誰だって? 誰だと思う?」

「ほーら、言った通りでしょ? 僕らのことなんか分かんないよって」

「我々だってお前を弟だなんて認めていない」

「私たちの兄を傷つけておいて、お前を弟だなんて名乗らせないわ!」

「……」


 何だ、また身内かぁ。昔みたいにまた殴られるのかな。


 ここには兄上も母上もいない。水壁で覆ったと言ってたから、淡さんに助けを求めるのは難しい。誰も助けには来てくれないだろう。


 自分で何とかしないと。


 足元がふらつくのを必死に耐える。どうしよう、足場が不安定だ。……そうだ!


「『氷結』!」


 波乗板も巻き込んで、水溜まりを全部凍らせた。ちょっと滑るけどさっきよりはマシだ。


「なに? 全部を凍らせたのか?」

「理術は使えないって話だったのにねー。家でも兄上達に水球放ったんでしょー?」

「ふん、簡単な理術など、使える内に入らない」

「水球や氷結、波乗板程度で私たちと戦える気になっているならとんだ間抜けね」

「…………消す」


 ゾゾゾゾゾッと鳥肌が立った。


 殺気だ。

 怖い…………怖いっ!


「消しては駄目よ。本体が必要なんだから」

「そうだよー。こいつを連れて帰るか、兄上をここに呼ぶかしなきゃねー」 

「ふん、面倒だが仕方ない」


 兄上というのは、河でボロボロにしてしまった兄たちのことだろう。僕を連れて帰って例の三人に仕返しをさせる気なのかもしれない。


「くらえ! 『冰氷投擲アイスショット』」


 冰氷投擲は拳大こぶしだいの氷の球を何十個と投げつける術だ。僕を狙ってくるのは分かっているから、見えなくても……防ぐ方法はある!


「氷の気 命じる者は 雫の名 凍てつく盾を 固めて守れっ『氷壁防御』!」


 ッガガガガガガガガガガガッ! と嫌な音を立てながら、氷の球が壁にぶつかった。細かい氷の粒が飛び散っているのが良く分かる。


「何!?」

「あれ、意外とやるねー」

「…………」


 詠唱が間に合うかどうか微妙だったけど、何とか全て防げた。目の前の透明な壁に球がぶつかってくるのを見るのは結構怖かった。


「でもねー、上がガラ空きだよ? 舞う冷気 命じる者は」


 舞う冷気で始まるのは……『氷柱演舞アイシクルダンス』だ! 大量の氷柱つららで攻撃してくるはず。


 さっきと同じ『氷壁防御』で防げる。でも、前と上が氷壁で、後ろが鍾乳石に塞がれて、左右から詰められたら終わりだ。……どうする!?


「命じる者は 大河の子 躍り狂いて 亀裂を描け『氷柱演舞』」


 仕方ないっ、これだ!!

   

「こっ……氷の気 命じる者は 雫の名 理に基づいた 状態変化『昇華』」 


 ジュッという音が上のあちこちから聞こえてくる。氷柱が溶けて滴ってくる。でも数が多いから全部消せてはいないはず。


「……っぐ!」


 氷柱つららが一本、僕の左腕を割いていった。

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