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水精演義  作者: 亞今井と模糊
七章 一滴太子編
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206話 海豹人の皮

「ただ坊主が強くなっただけなんじゃないのか?」


 煬さんは僕の格好を上から下までじっくり眺めた。視線が上へ下へと三往復はしている。何だか恥ずかしい。

 

「あ、あんまり見ないでください」

「なるほど。坊主が王太子になったんだな」

 

 煬さんがしみじみと声を漏らした。火精なのに僕の装いで分かるらしい。王太子候補だったから水精の事情をしているのかな。

 

「沸が慌てて来て、一気に捲し立てるから、訳が分からなかったが……そうか。そういうことか。沸のやつ、坊主がどうの、王太子がこうのっていうから、てっきりキラと坊主が来たのかと思ったぞ」

 

 足元から呻き声が聞こえた。それを聞いて煬さんが杖を激の背中に突き立てた。

 

「あぁ、俺もいるぞ」

「えっ……焱さん!」

 

 焱さんが天井にぶら下がっている。今の戦闘で空いたであろう穴に両手でぶら下がっている。足をブラブラ振って、反動をつけ、僕たちの側に飛び降りてきた。

  

「焱さん、どうしたの? あ、もしかして煬さんが連絡したんですか?」


 それにしては速すぎる。今の今まで戦っていて、煬さんが来たのもついさっきだ。

 

「お・ま・え・が黙って行くからだろ!」

「……………………………………あ」

 

 しまった。忘れていた。

 

 貴燈山へ行くときには、必ず声をかけるようにと焱さんから念を押されていたんだった。あちこち視察に回っている内にすっかり忘れていた。


「ごめん、忘れちゃった」

「わーすーれーたー? あれだけ言っただろうがよ!」

 

 焱さんの手にグリグリとこめかみを押される。全く痛くないんだけど、罪悪感で抵抗するのが申し訳ない。


「キラ……いや、焱さまは何かご用で?」 

 

 メルトさんが欠伸をし始めた。もしかして事件が収まったから眠いのかもしれない。でも煬さんは杖でしっかりと激の背中を抑えている。

 

「魄失が彷徨うろついているって耳にしたからよ。二人で来た方が良いかと思ってな」

「あれ、そういえばあの子は?」

 

 辺りをキョロキョロと見渡す。破壊された山の中でそれらしき姿は見えない。

 

「あ、その子ここよ」

『こコヨー』

 

 沸ちゃんの上着の中から魄失がヒョコッと顔を出した。魄失を抱え込むとは沸ちゃんも大胆になったものだ。

 

「んー?」


 焱さんが大股で沸ちゃんとの距離を詰めた。当然ながら沸ちゃんは逃げる間も場所もなく、ただ居心地悪そうに視線を下げた。

 

「焱さん、これは……その、ちゃんと御上に報告してから処理しようと思って。別に魄失を放置しようとした訳ではなくて」

 

 言い訳じみているけど仕方ない。先輩太子に咎められたらきっと反論できない。

 

 一方、焱さんは僕の言葉を完全に無視している。絶対聞こえているだろうに、視線は魄失に注がれていて、魄失も沸ちゃんも気まずそうだ。

 

「こいつは魄失じゃねぇよ」

「「え?」」

 

 沸ちゃんと声が被ってしまった。沸ちゃんと顔を見合わせる。けどすぐに視線を逸らしてしまった。耳が真っ赤だ。

 

海豹人セルキーが皮剥がされただけだな」

「皮? 皮ってこれ?」

 

 激の頭から無駄に大きい帽子を引き離す。帽子とは思えない重さだ。油断して一瞬持ち上がらなかった。

 

『ハげ!』


 帽子を取った激の頭はツルツルだった。大人たちは敢えて何も言わずにいたんだけど、子供は我慢できなかったようだ。

 

 髪の量も理力量に比例するって聞いたことがある。けど、伯位アルの激がここまで見事にツルリとしているのは珍しい。

 

「あ? あぁ、そうなのか? 加工されてんのを見たことねぇな」

「さっき、こいつが海豹人セルキーの皮だって言ってたから」

 

 この帽子を被せられた精霊が魄失にされてしまった。それを逃げられないように皮の袋に入れられていたと説明する。

 

「そんな話聞いたことねぇな」

「そうだな、水精の中では有名なのか?」

 

 年長者二人が不思議がっている。僕に聞かれても困る。

 

「でもその理屈ならひっくり返せばもしかしたら……加工品で効果があるかどうかは分からねぇが、これをそいつに被せてやれ」

 

 焱さんが激から奪った帽子をひっくり返した。リバーシブルとは言いがたい縫い目が荒く見えている。

 

「ひっくり返して?」

「そうだ。そのまま被せてみろ」

 

 沸ちゃんがに魄失を下ろしてもらう。魄失に近づいて大きすぎる帽子をそっと被せた。

 

 元々小さい魄失なので、すっぽりと帽子に入ってしまう。それが徐々に膨らんできた。帽子の下から黒っぽい物がはみ出している。勢いよく育つキノコを高速再生で見ているようだ。

 

 しばらくすると帽子が小さくなり、その下には一匹の海豹が寝そべっていた。海豹にしては小さい。まだ子供なんだろう。

 

「やっぱりな。海豹人の皮をひっくり返してまとわせれば元に戻るはずだ。こいつは小さいから皮が余ったんだな」

 

 海豹の頭から帽子を取る。かなり縮んで僕では小さくて被れないだろう。テンくんあたりならちょうど良いかもしれない。

 

「そっか。良かったね。元に戻れて」

 

 沸ちゃんが海豹の頭を撫でている。海豹は抵抗する様子もなく、大人しく撫でられていた。

 

「この子、どこから来たんだろう」

海豹人セルキーは海岸を守る精霊だ。群れがいくつかあるから連れていけば分かるだろ。一回王館に連れていった方がいいかもな」

 

 焱さんがアドバイスしてくれた。やはりベルさまにも相談した方がいいか。

 

「おい、こいつ起こすか?」

 

 煬さんが激を軽く蹴った。そっちの足は不自由だったはずだ。休んでいる間に少し良くなったのかな。

 

「そうだな。動けないように縛っておくか」

 

 焱さんが火縄を取り出した。煬さんが激を抑えて焱さんが縛り上げる。息がぴったりだ。久しぶりに会ったとは思えないほどの手際の良さで、激を拘束し終える。

 

「おい、起きろ」

 

 煬さんが杖でピチピチと激の顔を叩く。首がゆらゆらしていて起きそうにないので、頭から水をかけた。目覚めの他に多少の回復効果もあるだろう。

 

「う……」

「お、気づいたな」

 

 焱さんが指をパチンと鳴らす。人差し指に火を灯っていた。その火を激の目の前に持っていく。

 

「おい、正直に答えろ。じゃねぇと、この縄に火をつける。導火線に結ばれたお前が爆発するかどうか試してみるか?」

 

 焱さんに迫られて、ブンブンと大きく首を左右に振る。そこで帽子がないことに気づいたらしい。視線を上げて僕が帽子を持っているのを確認してしまい、がっくりと肩を落とした。

 

「お前、この海豹人セルキーの皮はどうやって手に入れた?」

「それは……岩場で傷ついた海豹人がいたので、死を待って皮を剥いだ。奪ったわけではない」

 

 傷ついた海豹人セルキーを助けようとしなかったことに少し悪意を感じる。でも死ぬ運命の精霊を無闇に助けることは理に反する。この場合は怪我の程度によるだろうけど、助けなかったからと言って激を責めることはできない。

 

「よく言う。これは本来なら持ち主と共に世界の理力に昇華されるはずだ。貴様は世界から奪ったんだ」


 煬さんがそう言うと、激は黙ってしまった。反論できる術も知識もないようだ。

 

 物理的に抵抗する気はなさそうだけど、気力はありそうだ。貴燈山の主と火精の王太子を前にしてもしっかり意見を述べている。

 

「それでその皮から加工品を作ったのか?」

 

 激が持っていたのは帽子と外套と袋だ。一体の海豹人からそんなに加工できるものなのか。

 

「いや、違う。外套にしようとしたら少し足りなかったので、海豹人セルキーの皮を着て海豹に化け、群れに行き更に五体狩った」

 

 激の言葉を嘘であってほしいと思う自分と、真実であるという気持ちが戦っている。

 

「海豹人の皮で魄失が作れるというのは本当か?」

「あぁ、皮をひっくり返して被せれば魂がからだが剥がれる。海豹人は皮がからだみたいなものだからな。魄は二つもいらんだろ!」

 

 激の態度がやけくそみたいになってきた。動く度に頭に鈍い光が反射して目に優しくない。 


「同じ精霊同士だろう? 何故そんな残酷なことをするんだ」

 

 他の精霊を襲うなんて、明らかにルール違反だ。理に違反していなくても僕が許さない。きっとベルさまもそう言うはずだ。

 

「同じ精霊? ハッ、笑わせるな。海豹人セルキーなど名を持たぬ集合体ではないか! 数ばかり多くて役に立たない。数体狩ったところで問題あるまい! この私の理力を上げるために役に立って貰った方がまだ使い道があるというもの。成り上がりの淼さまには分からんだろうがな」

「分かるもんか!」

 

 分かりたくもない。予想外に大きく出た声が岩壁に反響している。煬さんと沸ちゃんを驚かせてしまった。

 

 焱さんが僕の肩に手を置いた。僕を宥めようとしているようだけど、そこまで冷静さは欠いていない。

 

 大丈夫。殺しはしないよ。


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