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水精演義  作者: 亞今井と模糊
七章 一滴太子編
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204話 雫vs激

「どんな手って……何が言いたいんだ?」

 

 はげしが僕との距離を一気に詰めてきた。帽子の分を入れても僕より背は低い。近くで見ると意外と意外とお腹も出ていた。青い目はもしかしたら少し濁っているかもしれない。

 

 見た目で判断してはいけないと心に言い聞かせる。

 

 僕の顔を見上げてくるので視線を会わせていた。それが気に入らなかったのかもしれない。僕の服の胸あたりを引っ張り、自分の顔に引き寄せたのだ。

 

 流石に失礼だろう。自分で言うのもなんだけど王太子にすることではない。見た目を除く判断材料が出来た。

 

「何の真似だ」

 

 咎めるように声をかけると、激は周りに聞こえるか聞こえないかの声で囁いた。


「どんな手を使って御上の寵愛を得たのやら。夜のお相手でも勤めたのか?」

 

 そう言われた直後、頭がカッと熱くなり気づけば激を弾き飛ばしていた。

 

はげしさま!」

「ってめぇ! 激さまになんてことを!」

 

 激は岩壁に叩きつけられてズルズルと落ちてくる。精霊たちが半分ほど激に駆け寄った。

 

 残りの半分は驚いた様子で僕とを交互に見ている。それを見ていると少し冷静になった。僕の手には何も握られていない。どうやらただ水圧で飛ばしただけのようだ。

 

「雫、大丈夫?」

「うん、大丈夫。沸ちゃん、その魄失を連れてどこかに隠れられる? あとメルトさんって起こせるかな?」

 

 精霊たちが動揺している今がチャンスだ。ついでに煬さんが起きてくれれば力になってくれるはず。問題はこれが有事にカウントされるかどうか、だ。

 

「分からない。けどやってみるわ! 行くわよ!」

『どコにー?』

 

 魄失に声をかけて沸ちゃんは岩の隙間を滑り落ちていった。壁にそんな隙間があったなんて気づかなかった。ここに住んでいる沸ちゃんだからこそ知っている道だ。

 

「魄失が逃げたぞ!」

「逃がすな、追うんだ!」

 

 沸ちゃんを追おうと精霊が駆け出した。

 

「相手は僕だろう! 『水球乱発』!」

 

 無作為に水球を放った。威力はかなり弱いけど、全部目を狙ったからすぐには動けないはず。

 

「くそっ、目が!」

「何だこれ……しみる!」

「痛ぇ!」

 

 滾さんの温泉をちょっと拝借した。勿論、滾さんが動くのに支障はない程度だ。予想外の硫黄が効いて鼻も目もダメージがあるはず。足止めはこれで完了。 


「ふっ、ふふっ。ふははははは」

 

 激が愉しそうな声を上げた。左右を支えられながら立ち上がる。笑いすぎたのか少し咳き込んでいるけど、大した怪我ではないだろう。

 

「皆見たな! 淼さまは罪のない水精に手を出した!」

 

 激は一通り咳を終えると、一転して元気になった。突然僕の非行を訴え始める。良い気な物だ。 

 

「罪のない? 王太子である私に手を出しておいて、罪のないとはどんな了見だ!」

 

 精霊たちの半数は挙動不審だ。もしかして好きで従っているわけではないのか。

 

「魄失をお前の代わりに退治してやっただろう! 功績ある私を突き飛ばすとは、御上に訴えてやるぞ!」

「好きにすれば良い!」

 

 拳を上に突き出し、意識を集中させて、僅かに存在する水の理力を集める。今度は沸ちゃんや滾さんの温泉から理力を奪わないように細心の注意を払う。

 

「そいつを止めろ!」

 

 はげしの取り巻きが僕を指差し叫んだ。その声を聞いて精霊が何人か僕に向かってくる。彼らには悪いけど無視だ。

 

 上に伸ばした腕をはげしに向ける。これだけ距離が空いているのに薄ら笑いを浮かべているのが分かった。

 

「我が友よ いざなう者は 雫の名 を飲み込みて 我を守護せん……『 流波射谷斬リヴァイアサン

 

 僕に向かってきた精霊を数人吹き飛ばして、水の龍が激に向かっていく。これで激を飲み込めば……勝てる!

 

 とても短い時間のはずなのに、とてつもなく長く感じる。激は避けることも逃げることもしない。そこに一種の不気味さを覚えた。

 

 リヴァイアサンが激を頭から飲み込もうとした瞬間……僕の理術が消えてしまった。

 

「え?」

 

 何が起こったのか分からない。最初からリヴァイアサンなんてなかったかのようだ。

 

 ただ霧散させただけなら理力が残るはずだ。今はそれすらもない。僕がうっかり理術を放つのを忘れてしまったかのようだ。

 

「今、何かしたのか?」

 

 激は僅かにずれた帽子を直す。まさに余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と言った様子だ。

 

「なん……だ?」

 

 帽子がさっきより大きくなっている。元々大きい帽子だったけど、さっきは肩幅を越えてはいなかった。

 

「仲位でも王太子か、一気に重くなったな」

「何だと?」

 

 激が帽子を支えきれずに少しふらついた。さっき逃げ出した精霊が再び激の側に寄ってそれを支える。

 

「淼さま、驚かれているようだから教えてやろうか。この海豹人セルキーの皮で作った帽子と外套マントは理術を分解し……」

 

 激が勿体ぶりながら両手で帽子を外す。そして大きくなった帽子を隣に立つ精霊の頭に置いた。

 

 隣に立つ精霊は青ざめた顔をして逃げようとしている。激はそんな精霊に足を掛けて転ばせると、容赦なく帽子を頭に沈ませる。

 

からだの理力を奪う」

「激さま、おやめ、やっ……ぅうぅああぁっ!」

 

 悲鳴は短く終わった。帽子はバサッと地面に落ちた。精霊は跡形もなく消えている。

 

「捕らえろ」

 

 激が短くそう告げながら、帽子を回収した。すると帽子の下から実体を失った魄失が飛び出してきた。それを数人係で捕らえて、袋に詰め込んだ。

 

『イやだ……ヤだ。放セ……』 

 

 あんな簡易な袋で逃げ出さないのだろうか。それに明らかに魄失なのに、魄失にしては恐ろしさを感じない。

 

「こちらも海豹人の皮で出来た袋だ。魄失には破くことは出来ないから心配はない」

 

 激は帽子を被り直している。頭に乗せるのは重そうだ。冠のような見た目に、そんなところまで王太子の地位を意識しているのかと邪推してしまう。

 

「何を……したんだ?」

「何度も言わせるな。精霊を魄失にしたのだ。頭の悪い王太子だな」

 

 精霊を魄失に変える?


「そんな、そんなこと許されると思うのか!」

「さて? 淼さまに許しもらいたいと言ったか?」

 

 目の前で魄失が生まれてしまった。魄失なんてそんなにポンポン生まれるものではないのに。

 

「これで三体目。あの子供はもう不要だ。これを御上に献上する」

「まさか……」

 

 嫌な予感がする。

 

「まさか……さっきの魄失もお前が意図的に生み出したのか?」

 

 激の口角がゆっくりと持ち上がる。

 

 なるほど。意図的に魄失を作っておいて、さも自分が退治したかのように残骸をベルさまに献上する。

 

 

「お前も魄失にしてやろう。そして御上にこう告げる。『淼さまは無抵抗の我々を襲い、その後自滅して魄失になった』と」

「そんなことさせるか!」

 

 腰の剣を抜いた。理術が効かないなら物理攻撃で対抗するしかない。まぬがと対峙した時と同じだ。

 

 免と同じ?


「やれ! 捕らえろ! 最悪殺しても構わん!」

 

 数十人が一気に襲いかかってきた。今までおろおろしていた精霊も、仲間のひとりが魄失にされたことで恐怖を煽られたようだ。

 

 ここで参戦しなかったら自分が魄失にされてしまう。そんな印象を受けた。

 

「くっ……」

 

 でもそんな思考をしている余裕はあっという間になくなった。ひとりひとりは強くないけど数が多い。

 

 ひとり振り払ったと思ったら、後ろから斬りかかってきた。耳を掠めただけだったけど、ヒヤリとした金属の温度に身の危険を実感させられる。

 

氷風雪乱射ブリザード!」

 

 四人まとめてかかってきたので、仕方なく理術を使う。ブリザードなら防御にも攻撃にも便利だ。ただ、残念なことに視界が悪くなる。

 

 次の攻撃が来る前に解除しようとしたら、その前に勝手に消えてしまった。 

 

「学ばない奴だ。まだ理術を使うとは。本当にバカなんだな」

 

 少し離れたところで激が外套を振っていた。

 

 あれにブリザードを吸収されてしまったようだ。恐らくさっきのリヴァイアサンも同じだろう。

 

「『解放リリース』」

 

 激が外套をバサッと広げる。正面からドンッと圧力がかかった。踏ん張りが効かず、後の岩壁に背中が叩きつけられる。

 

「ぐっ!」

セルキーはアザラシの皮を脱ぐと人になるという伝説の生き物です。

逸話では日本の羽衣伝説に通じるところがあるようです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「夜のお相手」が衝撃的過ぎて花粉症が悪化しそう…。 (;´Д`)ハァハァ 妄想を控えているところに燃料投下されてしまった…。 スミマセン、雫を挑発するための発言なのは分かっております。 …
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