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水精演義  作者: 亞今井と模糊
七章 一滴太子編
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198話 精霊質

 今手川は僕の反応を待っている。相槌を打たず、続けるよう促す。

 

「新太子はその座に相応しくない。自分達は認めない。相手をすれば王太子として認めたことになる。だから相手をするな、と」

「……そうですか」

 

 全員に受け入れてもらえるとは思っていない。でも予想よりも反対派が多そうだ。

 

「そいつらは雫さまがどんなに素敵か分かっていないのよ! 雫さまぁ! 握手してください!」 

 

 いつの間にか今手川の隣にすまさんが来ていた。父親の袖を引きちぎらんばかりに引っ張って、叫んでいる。

 

 僕はそんなに素敵な精霊ではない。多分、僕の実体を知ったら澄さんも失望すると思う。今手川は鼻息の荒い娘の手をそっと引き離した。

 

「自分達は新たな太子を御上に推薦するつもりだと、協力しなければ川を塞き止めると脅してきたのです」

 

 僕のことで善良な精霊が脅されているなんて、僕が思っているよりも事態は深刻かもしれない。


「それで何故僕にそれを教えてくれるんですか? 貴方の身が危なくなります。勿論、王館としては、サポートしますが……」

 

 四六時中監視するわけにもいかない。ベルさまも僕もやることがいっぱいだ。今手川ばかりに手を回すことは出来ない。

 

「……妻は高潔な精霊でした」

 

 突然、話が変わってしまったかのように思った。前後の繋がりが良く分からないまま、今手川は話を続ける。

 

「流没闘争の折、この近くでも戦闘があり、大穴が空きました。年月が発つに連れ、そこに水が溜まり、池が生まれたのです。それが私の妻でした」

 

 身の上話に耳を傾ける。流没闘争で失われた魂が多い中、流没闘争で生まれた精霊がいるなんて想像もしなかった。

 

「しかし、自然に出来たものではなく、意図的ではなくとも人工的に作られた精霊です。水精とは言え短命でした」

 

 水精や土精は長生きだ。僕はまだ若年だけど、ベルさまは三百歳を越えているし、漣先生に至っては年齢を聞いても分からないと言っていた。

 

 今手川の配偶者が流没闘争後に生まれたなら、まだ二百年も生きていない。

 

「妻はそれを総て運命と受け入れていました。もし、彼女が消滅に抵抗すれば魄失はくなしになっていたかも知れません」

 

 魄失という言葉にほんの少しだけ鳥肌が立ってしまった。幸いなことにしばらく出会っていない。

 

 そのことをベルさまに言ったら、頻繁に生まれるわけではないと笑われてしまった。本来は一匹出ただけで大騒ぎになるらしい。僕が何体も出会ってしまったのは何だったのか。不運としか言いようがない。

 

「妻は全てをルールに従って生きてきました。亡くなった息子たちもです。今、私が太子さまや御上に反目してしまえば、妻や息子たちに会わせる顔がありません」

 

 澄さんが今手川の背中を擦っている。今手川は息切れしている。僕が相づちを打つこともなく、黙って聞いていたから、一気に喋ってしまったようだ。

 

 澄さんも最初はちょっと変な精霊かと思ったけど、父親思いの優しい一面が見えた。

 

 僕が澄さんを見ていると、目が合ってしまった。次の瞬間、今手川に添えてあった手を自分の頬に当てて、崩れ落ちてしまった。

 

「いやーー! 雫さまが私を見つめてるわ!」

 

 ……やっぱり変な精霊だったかも。

 

 ちょっと壊れている澄さんを完全に無視して、今手川は真面目な話を続ける。 

 

「恐らく彼らは今もどこかで見ているでしょう。そこでお願いがあるのです」

「何でしょう」

 

 やっと本題に入った。お願いがあると言っていた割りに、中々長い話を聞いてしまった。

 

「この娘をお側に置いていただくことは出来ないでしょうか?」

「……………………………………は?」

 

 たっぷり時間をかけて瞬きを五回した。でも今手川の言っていることが理解できない。

 

「この娘を質に取っていただきたいのです」

 

 なるほどそう言うことか。

 

今手川あなたが逆らえないように澄さんを人質に取るってことですね」

「そうです」

 

 それだと強引に従わせたっていうことになる。益々悪評が立ってしまう。出来れば他の方法にしてほしい。 


「僕、そんな……」

「雫さまぁ! 捨てないでください」

 

 断ろうとすると、澄さんが僕に手を伸ばしてきた。父親に阻まれて僕には届いていない。


 捨てないでなんて人聞きの悪いことを言われてしまったけど、捨てるも捨てないの選択肢ではない。

 

「理由はもうひとつあります。娘が王館に居れば、淼さま方に守っていただけるでしょう?」


 もちろんだ。水精を戒めるだけでなく、守るのも王太子や理王の仕事だ。打算的と言えばそうだけど、今手川の考えは合っている。

 

 もし、僕の反対派が来て今手川を涸れさせようとしても、支流である澄さんへは王館にいれば手を出せない。今手川が涸れてしまえば澄さんも巻き添えを食う。不自然な涸れ方をすればベルさまや僕がすぐに気づけるはず。

 

「しかし、今手川だけを涸れさせることが出来ないわけではありません。支流を分離して独立させる方法を彼らが知っているかもしれない」

 

 美蛇の兄も昔、華龍河から独立しかけた……考えるの止めよう。嫌なことを思い出してしまった。

 

「その時は……理に従い、涸れる所存でございます」

 

 涸れると言っても寿命に余裕はありそうだ。完全に亡くなることはないだろう。一時的に消えて、深い眠りに付くことになるだろう。でも、そうならないように目を光らせるのが一番だ。

 

「分かりました。今指いまし川の澄さんを預からせてもらいます。念のため聞きますが位は何ですか?」

 

 僕の返事を聞いて澄さんは拳を突き上げようとした。またもや父親に腕を捕まれ抑え込まれる。

 

 どこに反対派が潜んでいるか分からない。質になって喜んでいたら自作自演だとバレてしまう。

 

「私は仲位ヴェルですが?」

「それは分かっています。娘さんは?」

 

 視察に来る高位精霊の地位が分かっていないはずはない。今手川も怪訝な顔をしていたけど、自分の勘違いに気づくとやや顔を赤らめた。

 

叔位カールです」

 

 そう、問題はここだ。高位精霊ならまだしも低位では王館で働くことはできない。

 

 今手川はそれを知っているのか。知らないなら仕方ない。でももし、知っていたとしたら、僕が季位ディルで王館に上がったことを突いてきそうだ。

 

「いずれにせよ御上に許可をいただかなくてはなりません。この件は一旦持ち帰ります」

 

 僕のせいで前例が出来てしまった。頭が痛い問題だ。


「恐れ入りますが、娘も連れていっていただけますか? 彼らがいつ来るか分からないので」

 

 今手川が娘の背中に手を当てて、僕の方へ少し押した。澄さんは一瞬父親の顔を見上げると、すぐに僕に飛び込んできた。

 

「ぐぇっ」 

「いやぁあ! 雫さまとご一緒出来るなんて夢みたい!」

 

 澄さんの肩が鳩尾に入った。息が詰まる。横を向いて軽く咳き込んだ。

 

 今手川の顔が固まっている。 

 娘が他人に抱きついているのを見るのは複雑な心境だろう。肩に手を置いて離れさせようとする。でも腰ががっちりホールドされていて全く動かない。

 

「よ、よろしくお願いします」

「お父さま、元気でね」

 

 二人で別れを惜しんでいる。その間に雲を少し大きめに作って二人で乗れるようにする。

 

 ……ベルさまに何て説明しよう。


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