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水精演義  作者: 亞今井と模糊
二章 水精混沌編
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19話 実家にて

「本当に申し訳ありませんでした。後できつく言っておきますので……」

「もう結構だ。気にするな」


 帰った早々一悶着あった。けど、兄上が来てくれたことでなんとか場が落ち着いた。兄上は兄弟を自分の川に帰らせたあと、淡さんに謝りっぱなしだ。


「母上も、もう少しきつく言っていただかないと。いくら子供たちが可愛くてもルールがございます」

「…………そうですね」


 母上は先ほどまで一段高い場所に立っていた。騒ぎが落ち着くと、僕たちと同じ位置まで下りてきた。


 背もたれのない椅子は、背筋を正していないと倒れそう。河の水を引っ張って椅子にしたらしい。僕らもすぐ近くに座っている。


 淡さんは位が上だから母上が立っていた高いところに座るよう進められた。けど、僕の隣が良いと言ってくれた。結果的にひとつの円卓についている。


「雫……変わりはないか?」

「はい、兄上。兄上もお変わりなく」


 母上は僕たちのやり取りを柔らかく微笑みながら眺めている。一方、兄上は目をうるうるさせていた。


「雫、な……撫でて良いか?」

「え、は、はい。どうぞ」


 なんか恥ずかしい。でもそんな泣きそうな顔で言われたら断りにくかった。兄上のひんやりした手が僕の髪を撫でていく。


「お……」

「お?」

「お兄ちゃんは心配したんだぞ! 十年も会えず、連絡も寄越さず、元気でやっているのか、御上の下でちゃんとやっているのか、毎日毎日心配だったぞ!」

「お兄ちゃん!?」

「何だ? 昔はそう呼んでくれただろう。覚えてないのか? すっかり固くなってしまって寂しいぞ。只でさえ側にいなくて寂しいというのに」


 ああぁ、恥ずかしい!

 そんな幼い頃の覚えていない話を持ち出さないでほしい。

 恥ずかしくて顔を手で押さえたのに、淡さんがニヤニヤしながら僕を見ているのが分かる。ちなみに兄上の手は僕の頭に乗ったままだ。


「お兄ちゃんねぇ……」


 淡さんがボソッと呟いたのが聞こえた。それが聞こえたのか兄上が僕の頭から手を離した。鼻をすする音が聞こえてくる。


「あぁすみません、お恥ずかしい」

「気にしないでくれ。季位ディルは蔑むものではなく、守るもの。貴方はちゃんと叔位カールの役目を理解している」


 淡さんが少し表情を和らげた。兄上はほっとした様子で再び僕の頭に手を乗せようとした。


「淡さまも本日はお泊まりになられますか?」


 兄上の手が止まる。母上が淡さんに声をかけたのだ。耳にかかる程度に伸びた兄上の髪が僅かに揺れた。


「可能ならば」

「かしこまりました。ではご案内を……」

「あ、母上。ちょっとお待ちください」


 兄の手をすり抜けて、向かいに座る母の元へ近づいた。


「どうしました? 愛しい子」

「あの……これを、母上に」


 懐から笹の葉の包みを取り出した。笹で花模様を作ってくれたおじさんに感謝だ。しっかり結ってあって、漕さんの背で受けた衝撃でも全く崩れていなかった。


 開けてみてくださいと言いながら母上に手渡す。母上は笹の花模様を名残惜しそうに崩し、包みを開けていった。


「我が子よ。これは?」

「母上に似合うかと思って……」


 母上は黙って手の中の櫛を見ている。どうしよう。お気に召さなかっただろうか。兄上が母上の手元を覗きこんだ。


川蝉キングフィッシャーですね。忍耐と幸運の象徴です。母上、雫が幸運を持ってきてくれましたね! お付けになってはいかがですか?」

「……そうですね。愛しい子、付けてくれますか?」

「いいのですか?」


 母上が櫛を僕に手渡す。母上の指は冷えていて、一瞬、心地よい流れが伝わってきた。


「この辺りが良いでしょう。そこなら外れにくいでしょうから」

「ここですね。失礼します」


 母上の右耳の少し上の髪を梳いて櫛を飾った。母上の右隣に座る淡さんからはよく見えるだろう。母上は櫛を手でそっと押さえた。


「似合いますか?」

「はい! とっても!」


 シンプルな、けれどよく見ると凝った模様の竹櫛は母上のまっすぐ伸びる長い髪によく映えた。


「ありがとう。愛しい子」


 母上が座ったまま僕の手を引いて身体を引き寄せ、そのまま僕を抱き締めた。


 あぁ、思い出した。

 他の兄姉から虐げられた時、怪我をした僕を見つけてはいつもこんな風に、母上が癒してくれていた。母上の心地よい流れを全身で感じる。


  ーーーー気を付けるのですよ。


 母上は僕を抱き締めたままそう言葉にした。多分、口は開いていない。流れに気持ちを乗せて僕に伝えている。兄姉たちに気を付けろとそう言っているのだろう。


「では、母上。私は淡さまと雫をお部屋までお送りしてきます。母上もお疲れでしょうから、しばらくお部屋でお休みください」


 兄上の手が母上の肩にかかり、母上はゆっくり僕から離れた。


「そうですね。このところ体調が思わしくないので。淡さま。申し訳ありませんが、失礼致します」


 母上は僕の髪を一撫でしながら立ち上がり、足元から呼び出した河の水の中へ入って、いなくなってしまった。


「では、淡さまこちらへ。雫も一緒に」

「親子水入らずを邪魔したようで申し訳ないな」


 淡さまは今まで気配を消していたように静かだったけど、兄上に促されて立ち上がった。僕も荷物を肩に持ち直して、遅れないよう二人に続いた。


 淡さんも兄上も背が高いので付いていくためには少し小走りだ。


「兄上。また背が伸びましたか?」


 十年前よりも頭の位置が高い。細身の兄上だけど、背中も少し広く感じる。


「そうか? あまり気にしていなかったが、雫が言うならそうかもしれないな」


 兄上は振り向かずにどんどん先へ進んでしまう。淡さんも黙っている。僕は付いていくのに必死でほとんど会話はなかった。

 

 部屋に着くまでに何人かの兄姉と擦れ違ったけれど、兄上が一緒だったお陰で、クスクスと笑われるくらいですんだ。一緒にいた淡さんにはちょっと申し訳ないけど、大事には至らなかった。


「こちらです。狭いですが、二人一緒の方が良いということでしたので、こちらをご用意いたしました」

「兄上、ありがとうございます」

「お気遣い、痛み入る」


 兄上は狭いと言ったけれど十分広い。寝床が二つにテーブルと椅子、その他に簡易の安楽椅子ソファまである。確かに、母上の大河の中に作られた空間だから広いに決まっている。


「僕の元々あった泉より断然広いです」


 素直に感想を言ったつもりだったのに、兄上は泣きそうな顔をした。


「雫、もう忘れるんだ。そんな辛い記憶は思い出さなくて良い」

「いや、僕そんな」

「いい、言わなくて良い。無理に強がらなくて良いんだ。それより、折角帰ってきたんだから、今は辛いことは忘れてゆっくり休め。明日、またゆっくり話そう。な?」


 兄上は僕の肩に手を置いて少し屈み、目を合わせてきた。兄上の瞳はもっと青いと思ってたけれど、改めて見ると青みがかった灰色をしていた。


 では、ごゆっくりという言葉を淡さんに向けて兄上は部屋から出ていった。


 僕と淡さんが部屋に残される。


「あー、淡さ……ま」

「今更やめろよ、気持ち悪いな! だから言うのやだったんだよ」


 淡さんが笑い飛ばした。口調がいつもの調子に戻っている。頭をガリガリ掻きながら、寝床にどかっと腰を下ろした。


「俺は確かに伯位アルだけど、だからなんだよ? どの位だって、俺は俺だ。雫も雫だろ? 今まで通りにしろよ」

「いいの?」

「今更、雫に敬語とか使われたら引くわ!」

「ひどい! 僕だってちゃんと敬語使えるのに!」


 どうでも良い話をしながらいつもの調子に戻っていた。兄たちに絡まれたり、淡さんの位で驚いたりしたけど、久しぶりの里帰りで、落ち着くようなワクワクするような不思議な感覚に浸かっていた。

読んでくれてありがとうございます

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