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水精演義  作者: 亞今井と模糊
二章 水精混沌編
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18話 里帰り

る水よ 命じる者は雫の名 その身に乗せよ 我が身を運べ『波乗板サーフボード』」


 しーーーーーーん、と辺りが静まり返る。


「在る水よ……ぜぇっ……命じる者は 雫の名……はぁっその身に乗せよっ」


 息切れで最後まで詠唱できない。全力で走ったときみたいだ。


「もうやめとけ。十二回目だぞ」

「在る水よ……わっ!」


 淡さんの制止を無視していたら、漕さんから水をかけられた。濡れた前髪が額に張り付く。


「ほら、漕もやめろってよ」

「はぁっ……はっ……」


 酸欠でフラフラする。漕さんからもう一度水をかけられた。冷たくて気持ちが良い。


「漕。準備してくれ」


 漕さんが潜ってしまった。それを横目に僕は膝をついてしまった。何か準備って言ってた気がするけど、今はそれどころではない。


「おいっ、大丈夫か?」


 淡さんがゆっくり背中を撫でてくれた。


「はっ……はっ大丈……夫」

「そのまま座ってろ」


 淡さんの手はとても温かい。冷たい水も気持ち良いけど、ほっとする温かさだ。徐々に呼吸が落ち着いてきた。 


「やっぱりいきなり外で使うのは駄目だったか」

「はぁ。こんなに、はぁ。違うんだね」


 王館の外では理術が使いにくいとは聞いていたけど、使いにくいどころか使えなかった。


 今、僕が使おうとしたのは比較的簡単な理術だ。元々そこにある水を使うので扱いやすいはずなのに、水が動く気配すらなかった。


「まぁ、外に出てきたばっかだから、余計感覚が慣れていないわけだな。その内慣れるさ」


 王館の中と外の違いを痛感していると、川面が不規則に揺れているのに気づいた。


「お、来た来た」


 淡さんも僕の背中を擦るのを止めて、反動をつけて荷物を背負い直した。


水先人パイロットの仕事は安全な航行を先導することだ。本来なら船があるが、なければ……」


 淡さんが言葉を切って川面を見下ろした。


 ザッバァーンと水音らしい水音がした。飛沫しぶきが一度舞い上がって、一拍遅れて降ってくる。


「自らが運航することもある。乗るぞ!」

「え、……ええええええええ⁉」


 川面から現れたのは、川にいたらおかしいサイズの巨大な魚だった。




 ◇◆◇◆




「ぅわーーーーーーーーーーーーっ!」

「雫、うるさい! 耳元で大きな声を出すな!」


 そういう淡さんの声もうるさい。でも突っ込みをしている余裕はなかった。


 すごく速い! 恐ろしく速い!

 

 淡さんと二人で漕さんの背鰭せびれに掴まっているけれど、水飛沫と風が辛い。風は顔をキンキン攻撃してくるし、水の精なのに水飛沫が辛いって情けない。


 更に大声を出していたせいで口の中まで渇いてきた。カパカパする。


 叫ぶのを止めて口を閉じた。時々上下に揺れるので閉じてないと舌を噛みそうだ。ついでに目も閉じてしまった。ひたすら衝撃に耐える。


 何度目か分からない衝撃と飛沫をやり過ごすと急に静かになった。


 恐る恐る片目を開けると、見たことがある景色が飛び込んできた。


「あ……」

「ここが華龍河か?」   


 淡さんを見るとびしょびしょだった。袖で雑に頭と顔を拭いている。でも不思議なことに外套は濡れていない。


「ん? あぁ、分かった。ちょっと待て」

「淡さん?」


 淡さんが漕さんと何か会話をしたらしい。急いで荷物を下ろし、外套を頭から被ると白い棒のようなものを口に咥えた。


 色は違うけど、僕が淼さまに頂いた七竈ナナカマドこうがいに似ている。


 じっと見ていると淡さんと目があった。淡さんは口から棒を一旦離して外套を引っ張りあげた。 


「潜水するぞ。雫はそのままで大丈夫だ。掴まってろ」

「え、あ、うん」


 淡さんが再び棒を咥えるのを待って、漕さんが潜水を始めた。ゆっくりゆっくり潜っていく。


 懐かしい香りがする。

 母上の河の香りだ。十年ぶりに会える母に何て声をかけよう。


 只今帰りましたかな。それともお元気でしたかと尋ねるのが先かな。辺りの景色も変わっていない。全てが懐かしい。 


 ふと横を見ると、淡さんは頭まで引き上げた外套を前で押さえていて顔が見えなかった。


 何をそんなに警戒しているんだろう。それとも防御しているのか。声をかけた方が良いだろうか。


 淡さんを気にしていると突然水がなくなり、半球型の空間に出た。するとすぐに、漕さんが縮んで川底に足が着いた。漕さんは僕の目の前を泳ぎ、顔を撫で、また川の中へ戻って行ってしまった。


「あ、ありがとう漕さん」


 聞こえたかどうかは分からない。でも口に手を当てて響くように声をかけた。


 漕さんとは、また王館とか川とかで会うかもしれない。


 淡さんが外套を脱こうとごそごそしている。手を貸そうと思ったけど、作りが分からないのでどうしたら良いか分からない。


 淡さんの向こうにはアーチ状の広い空間が続いている。ここは見覚えがある。確かここは母上の……。


「お帰りなさい。愛しい子」


 後ろから懐かしい声がした。優しく穏やかで、そして気高い声だ。声に誘われて振り返る。


「母上」


 碧色の髪を川底に流し、凛とした様子で立っているのは十年前に別れた母だった。一段高い所から僕を見つめてくる。


「母上」


 言葉が何も出てこない。

 色々考えていたのに。

 言いたいことはたくさんあるのに。

 氷水を一気に飲んだみたいに言葉が詰まってしまった。


「無礼者っ!」


 無意識に一歩踏み込もうとして、少し離れた左前方から、怒声と槍を向けられた。母上と僕のちょうど中間くらいに立って、僕を威嚇している。


 誰だっけ、この精霊。母上の護衛かな。


「あの……僕は」

「だまれ! 無礼者! 季位ディルの分際で我らの偉大な母上の子を名乗るなど不届き者が!」


 護衛ではなくて兄だった。


仲位ヴェルである母上の子は皆、支流であり、叔位カール! 貴様は川ですらなく地位も季位ディルではないか!」

「そんな者が我らの兄弟などと私は認めん!」


 しかも二人いた。


「皆、おやめなさい」

「いいえ! 母上、騙されてはいけません 」

「左様でございます。あの者は母上の子を騙る不届き者です!」

「涸れた泉の精など、即刻追い払ってやります!」


 あ、一人増えた。

 懐かしいなぁ、この感じ。昔から母上のところに来ると大体誰かと鉢合わせした。その度にこんな風に色々言われた。母上が見てないところで殴られたり、蹴られたりもした。


「水理王自らが送った精霊を追い返そうとは度胸があるな」


 淡さんの声とバサッと衣擦きぬずれの音がした。少し遅れて温かい気配が近寄ってきた。


「訪問の先触れはあったはずだ。それを追い返すということは、どういうことか分かっての発言だな?」


 淡さんを見上げると見たこともない顔で僕の兄たちを睨んでいた。口調もいつもと違う。正直、誰? という感じだ。


 普段の淡さんからは感じたことのない威圧感がある。脱いだ外套を肩に掛けているせいか、いつもよりも大きく見えた。


「ぐっ……」

「さ、先触れなど本物かどうかすら怪しいではないか!?」

「そうだ! 卑しい季位ディルの分際で御上のお側に仕えているのだって嘘だろう!」


 あ、淡さんの顔に青筋が。まずい、怒っている。

 隣から感じる気配が温かいを通り越して、熱くなってきた。川にいるとは思えないほどだ。


「華龍どの。受け入れの準備をしておかなかったのは管理の怠慢ではないか?」

「誠に申し訳ないことです。後程よく注意しておきます故、何卒ご容赦願えませんか?」

「それはこいつら次第ではないか?」


 淡さんがとてつもなく尊大な態度をとっている。淡さんは言葉遣いは乱暴だけど、根は優しいし、面倒見も良い。


 今の淡さんは顎を少し上げている。高いところに立つ母上ですら見下すような態度だ。


「な、無礼者が! 母上は」

仲位ヴェルなんだろう? それがどうした?」

「なっ、んだと」

「俺はあわ。聞いたこともないだろうな、低俗な叔位カールども。自分で言うのも烏滸おこがましいが、俺は伯位アル。水理王の勅命によって、華龍河の子たる雫の付添を勤めている。そちらから挨拶をするのが礼儀だろう?」


 淡さんはすごく悪い顔をしていた。母上は黙ってやり取りを聞いている。


 淡さんはすごい形相で兄たちを睨んでいるし、睨まれている方はあからさまに動揺しているし、なんなら淡さんが伯位アルだと知った僕が一番動揺している。


 僕、伯位の方に馴れ馴れしくしてたのかぁ。何だか気が遠くなってきた。


「申し訳ございません!」


 僕を現実に引き戻したのは新たな人物の声だった。低くて心地よい冷たさを孕んだ声だ。


「「「兄上っ!」」」


 奥から走ってくる人影に懐かしさを覚えた。僕と親しかった一番上の兄。美蛇江・こんだ。肩で息をしている。兄上は淡さんの前に回り込んで跪いた。


伯位アル淡さま、ごきげんよう。叔位カール 美蛇江がこん、参上しました。出迎えが遅くなり誠に申し訳ありません」

「出迎えご苦労、美蛇どの。会うのは初めてだな?」

「は、左様でございます。申し訳ありません、弟たちが大変失礼しました」

「あ、兄上?」


 兄上は立ち上がって、困惑している三人につかつかと近寄った。近寄りながら目一杯腕を引いて、僕たちが見ている前で三人を殴った。


 一人目はその場で崩れ落ち、二人目は体勢を崩した。三人目は耐えきれなかったようで、後ろの壁まで飛んでいった。ずるずると壁を下りてくる。


「無礼者はお前たちだ! 母上の制止も聞かず、私の見ていないところで傍若無人な振る舞い。いくらお前たちでも許さないぞ!」


 僕は完全に傍観者になっていた。帰省したの僕だよね?

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