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水精演義  作者: 亞今井と模糊
七章 一滴太子編
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184話 木乃伊との再会

「美蛇は異常なし。泉も念のため確認したし、後は……」

 

 美蛇江まで足を伸ばした。伏流水なので一見すると干上がった川のようだ。けど地面に耳をつけると、地下からは水の流れる音が聞こえている。

 

 地上に水が溢れることもなく、水が止まることもなく、ちゃんと流れを保っている。この分なら問題ないだろう。まぁ、母上がしっかり管理している以上は大丈夫だ。


「さてと、じゃあそろそろ帰ろうかな」

 

 帰りも漕さんを呼んで良いらしい。漕さんに声をかけるために水球をひとつ手のひらに作った。

 

『雫、聞こえる?』

「うわぁ!」

 

 予想外にベルさまから声がかかった。声から少し遅れてベルさまの顔が水球に映った。

 

『うわぁって酷いな』

「す、すみません。びっくりして」

 

 水球が揺れるとベルさまの顔が歪んでしまう。なるべく振動を与えないように両手で水球を押さえた。

 

『今、美蛇江?』

「はい、そうです。ちょうど今終わりましたのでこれから帰館します」

 

 ところでこの通話どうやってするんだろう。僕からベルさまに繋ぐことも出来るのかな。後で教えてもらおう。

 

『そうか、ご苦労様。それで竜宮城が近くにあるはずなんだけど見えないかな?』


 ベルさまにそう言われて空を見渡す。赤みを帯び始めた西の空に大きな入道雲が見えた。

 

「もしかしたらあの入道雲が竜宮城かもしれません」

『見つかった? 雫が初めての視察に行くって伝えたら、こっそり見に行くって言うから』

 

 どこがこっそりなのか。

 他の雲と違い、風があるのに動かない。正直違和感しかない。

 

 でもベルさまに言われるまで気づかなかったから、ある意味では堂々とこっそりしているかもしれない。

 

『この間会ったばかりだけど折角だから行ってびっくりさせておいで、帰館は明日で良いよ』

 

 それは今日泊まってこいということだ。それは別にいいんだけど、あそこまでどうやって行こう。

 

 前は潟さんが用意してくれた乗り物があったけど、今日はひとりだ。漕さんは呼んだら来てくれるけど空は飛べなかったはず。

 

『送迎を頼むからそこで少し待ってて』

 

 ベルさまがそう言うと通話が途切れ、水球が勝手に弾けてしまった。

 

 送迎って誰だろう。わざわざ頼むってことは漕さんじゃないだろう。漕さんなら容赦なく命令を下すはずだ。


「水太子?」

 

 僕の背後から声がした。びっくりして反射的に飛び退く。でも後ろには誰もいなかった。

 

「こっち。下」

 

 やっぱり後ろから声がする。でも下の方からだ。言われた通り体を捻って後方の下を見る。

 

 自分の影からニュッと首が出ていた。

 

「ぅうぅわあぁあ!」

 

 布でぐるぐる巻かれた顔だ。辛うじて目が出ているから顔だと分かるけど、それもなければ首から上だと分からないと思う。

 

「反応、酷い」

 

 逃げようとして駆け回る。けどどんなに飛んでも走っても影はついてくる。当たり前だ。

 

 精霊ひとに見られていないことを祈るばかりだ。自分の影から逃げようとしているおかしな奴だと思われてしまう。

 

「待って、目、回る」

「おおおちつ……貴方、誰ですか!?」

 

 片言で言われるままに走るのを止めた。砂利の上で急に止まったせいで足の裏が痛んだ。

 

「よっこいせ」

 

 掛け声だけ流暢だ。年配者の掛け声を伴ったわりには俊敏な動きで、僕の影から人型が飛び出してきた。シュタッと着地を決めた全身は、顔と同様に白地の布に巻かれている。

 

 腕や足も当然ながら指先まできれいに包んであった。

 

「貴方、淼サマ?」

 

 布の上から口がモゴモゴ動いているのが分かった。声がくぐもって聞き取りにくい。

 

「そ、そうですけど、貴方は?」

 

 普通なら不信感しかないところだ。でも、タイミング的にはベルさまが頼んだ送迎の精霊の可能性が高い。

 

「木の王館、くれる、言う。以後ヨシナニ」 

「暮さんっ!?」

 

 こんなところで会えるなんて思わなかった。顔は見えないけど言われてみれば暮さんだ。無事だったんだ。

 

 でも様子がおかしい。片言の口調もそうだけど、僕のことをまるで分かっていないようだ。

 

「知ってる? 耳早い。新設、『木乃伊マミー』就いた」

「暮さん、僕のこと分からないんですか?」

 

 僕も暮さんだって分からなかったから、他人のことは言えない。でも全身布で覆われた姿では分からないのは仕方ないと自身に言い訳をする。

 

「さぁ? 初対面」

 

 首を傾げたことで布が少し緩んだ。隙間から出ている瞳は間違いなく暮さんの物だ。市から戻って何があったのか知らないけど、冗談や戯れではなく、僕のことを覚えていないのは明らかだった。

 

「がっかり? 記憶処理、受けた、覚え、ない」

 

 単語単語を繋けば辛うじて意味は分かる。記憶処理を受けたから僕のことは覚えていないと言いたいらしい。

 

 恐らく免との繋がりを絶つためだ。あらいさんか木理王さまから、そういう処置をされたのだろう。帰ったら桀さんに聞いてみよう。

 

「そうですか、残念です」

「ザンネン、大丈夫?」 

 

 暮さんはオドオドと僕の顔をいろんな角度から覗き込んでくる。布に隠れて表情は分からないけど、瞳が困惑していた。

 

「大丈夫です。あの……出来れば仲良くしてください」

 

 努めて笑顔を作って暮さんの手を握った。握った感触が全くないのは少々気になるところだけど。

 

「ヨシナニ」

 

 暮さんが少し笑った気がした。布が揺れただけかもしれないけど。

 

「空、行く?」


 そうだった。 

 予想外に暮さんと再会できた喜びですっかり忘れていた。 

 

「行きます。空なんですけど暮さんが送ってくれるんですか?」

 

 竜宮城とおぼしき入道雲はさっきよりも幾分近付いているように見える。

 

「そー。ここ、来て」

 

 暮さんが正面にできた自分の影を指差した。その上に立てということらしい。他人の影を本人の前で堂々と踏むのはちょっと気がひける。

 

「この辺ですか?」

「どこでも」

 

 腕の辺りを選んで両足の土踏まずまでを乗せた。

 

「上に参りまーす」

 

 時々流暢になる言葉に驚いている暇はなかった。上に行くという言葉とは裏腹に体がグンッと下に引っ張られた。一瞬で影に吸い込まれてしまい、何が起こったのか理解するのに時間を要した。

 

 ようやく状況が分かって暮さんに声をかけようとすると、今度は上に引っ張られた。重力に体が付いていけなくて気持ち悪い。

 

「ぅえっ」

「到着、竜宮城」

 

 暮さんが隣に立っている。もう着いた?

 

「ど」

 

 景色が変わっていた。

 

 さっきまでの砂利と草の繁った美蛇江跡にいたはずだ。今、目の前に広がっているのは、以前に入れてもらった竜宮城の中庭だ。

 

「帰る、さようなら」

「ま、待って、くれるさ……あ、行っちゃった」

 

 止まるのは間に合わず、暮さんは仕事完了とばかりにさっさと自分の影に潜り込んでしまった。

 

 暮さんの影移動でここまで昇ってきたに違いない。前に市に連れていってもらったときとは勝手が違うけど、この中庭なら木も建造物オブジェも多いから影には困らない。

 

 そんなことよりこの状況はまずい。

 

「勝手に入っちゃった」

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