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水精演義  作者: 亞今井と模糊
七章 一滴太子編
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176話 王太子集合

 開けた窓から爽やかな風が入ってきた。日差しは然程強くなく、快適な気候だ。


 ただ、数日後には雨伯ちちが登城する。だから、晴れの日は長く続かないだろう。 


「違うだろ! 俺んときはこっちだったぜ!」

「こなたの時はこれよ。こっちのほうが美しいわ」

「ちょっと! あたくしのセンスがないって言いたいわけ!?」

「あの、あぁああぁあぁあの」


 四人の王太子が揉めている。いや、揉めているのは三人だけだ。木の太子・桀さんだけは止めようとしている。一向に入れていないけど。


 揉めているのは僕の衣装のことだ。


 僕は立太子の儀を数日後に控えている。それまでに冠を含めた衣装や、儀式の手順などを確認しなければならない。


 僕が王太子の試練を乗りきってからまだ一週間ほどだ。意外と忙しい日を過ごしていたけど、驚くほど実感がない。


 今朝も執務室に来て、机の上を掃除しようとして怒られてしまった。習慣とは恐ろしい。


「センスどうこうじゃねぇんだよ。普通はこっちを付けんだろって話だ」

「あら、坊やの髪色なら絶対この色よ」

「あら、髪結いはあたくしに任せなさい」


 もはや会話が成り立っていない。これがこの世を管理する次期理王の会話とは思えない。


「ししししししし雫の意見も聞いた方が良いと思うのですが」 


 立太子の儀で着る衣装は大体決まっている。でも襟に添える布地のことで、王太子たちが揉め出してしまったのだ。


 一流の精霊たちがそんな細かいことで口論しているのを見ると、心配になってくる。


「賑やかだな」


 呟かれた一言に王太子たちがピタッと止まる。


 そもそも王太子が集まっていることがおかしいのだ。今日、僕の衣装合わせをすると耳にした王太子たちが何故か集まってきたのだ。


「失礼しました、水理皇上」


 焱さんが皆を代表するように短く謝罪を入れる。


 淼の名が僕に譲られてから、各王太子の水理王に対する態度が変わった。


 以前は気安く話すことも、逆に畏まることもあった。今は話し方に堅苦しさを感じる。僕が見ていないところではどうか知らないけど。


「雫の重衿かさねえりは清どのに選ばせている。一両日以内には漕を取りに行かせる」

「母上が?」


 それを聞くと王太子たちからため息が聞こえた。早く言ってよーという不満が小声で聞こえた。


「あぁ、本当は儀に呼んであげたかったけど、今回は雨伯が出席するので清どのには遠慮してもらった。代わりといってはなんだが、支障ない範囲で衣装に口出しすることを許可した」


 いつも通りなら、立太子の儀と理王即位の儀は同日行われる。桀さんと木理王さまの時もそうだった。でも今回は王太子の儀だけだから、かなり簡略化したらしい。


 僕としてはその方が嬉しい。大勢の高位精霊の目にさらされるなんて想像しただけでも恐ろしい。


「雫の立太子は不満の声も多かったからね。まだ何を言ってくるか分からないが、雨伯ならそれを抑えられる」


 母上も雨伯と同じ伯位ではあるけど、古参の伯位である雨伯に比べてたら、母上が伯位になったのはごく最近だ。他の伯位に侮られたり、母上よりの年配の仲位に嫉妬されるかもしれない。


「御上のお気遣いに感謝いたします」


 他の王太子がいる手前、ベルさまとは呼べない。それでも気持ちは伝わっているだろう。


「何よー、あたくしたちの出番がないじゃなーい」


 ドサッとソファに倒れこむ音がした。


「垚さまからは金剛石と黒曜石をいただいているのでそれで、うわっ!」


 腕を引っ張られて一緒にソファに沈む。広々としたソファは二人分の体重を受けてもびくともしない。


「『垚さま』じゃないでしょー、。垚と呼びなさい」

「えっと……垚、さん」


 呼び捨ては出来なかった。淼と呼ばれるのもぞわぞわして落ち着かない。


「やだ、かわいーんだけど」


 ぐっと垚さんに引き寄せられる。胸板が固くて痛い。息が詰まりそうだ。


「焱と森は良いでしょうけど、垚とこなたは呼び方を改めてもらわないと困るわ。坊や……じゃなかった、淼」


 鑫さまがソファの肘掛に座った。スリットから足を出して、僕の目の前で組み替える。見ないように精一杯視線を逸らした。


「もう初心ウブなんだからぁ、淼は」


 僕は何をされてるんだろう。淼、淼と連呼されて、二人の王太子にもてあそばれている気がする。


「あなたたちは、私の執務室で何をしているんだ」


 焱さんに助けを求めようとしたところでベルさまの声がかかった。


「用がないなら戻れ。あなたたちも仕事があるはずだ」


 そういうベルさまは大量の書類を水に沈めている。不要になった書類を水で溶かして、土に還すのだそうだ。


「……水理皇上。お言葉を返すようで大変恐縮ですが、ここは王太子・淼の執務室です」


 焱さんの慇懃無礼な言葉に空気がピシリと音を立てた。垚さんの腕の隙間から部屋を見渡して雪が降っていないか確認してしまう。


「……………………そうか。邪魔者は私か」


 たっぷり間が空いた。ベルさまがじろりと焱さんを睨んでいた。当の焱さんはニヤニヤしている。


 全然畏まってないし!


「あ、み、皆さん。そういうわけで色々準備があるので今日はこの辺でっ」


 やっとのことで垚さんの腕から抜け出した。王太子たちを部屋から追い出し……元へ、お帰りいただいた。


 桀さんが最後に衣装について、不備があれば使いを寄越すよう一言添えていってくれた。


 今回の衣装も木の王館で仕上げてくれたらしい。最近あまり出番のない蚕の力を発揮できると、桑の精霊が喜んでいたそうだ。


 前回も僕の衣装を作るときに絹を使ってくれた気がするけど、その時以来出番がなかったそうだ。桀さんによるとかなり張り切って昼も夜も五月蝿かったらしい。


 木の王館から苦情が来ないことを祈るばかりだ。


「どうした?」


 ベルさまから声がかかる。扉を閉めてもその場から動かない僕を不審に思ったのだろう。


「なんでもありません」


 机の上にある紙の山はかなり低くなっていた。その分、水を吸った紙で器がいっぱいになっている。


「すみませんでした、五月蝿くて」

「いや? 焱の言う通り、いつまでもここにいる私が悪い。ここは王太子の執務室だからね」


 ここが王太子の執務室だと知ったのもつい先日だ。ずっと理王の執務室だとばかり思っていた。王太子の仕事も兼任していたベルさまがそのまま使っていたらしい。


 なぜ水理王の部屋に移らなかったんだろう。まさか水理王には執務室がないなんて……そんなことはないだろう。


「水理王の執務室もあるにはあるんだけどね」


 僕の心を見透かしたようにベルさまが呟く。


「理王の執務室は、先代理王が退位したときに破壊してしまったから使えない。それに王太子の雑務もあるからこっちの方が移動しなくて済むしね」


 今、物騒な単語が聞こえた気がする。気のせいだろうか。


「でもこのままでは雫が仕事にならないから、私はどこか別の部屋に移るよ。今日中には終わるから、もう少しだけ待ってて」 


 ベルさまは未使用の紙束を手に取った。光が反射してベルさまの紋章が輝いている。


「僕は別にそのままでも……それ使わないんですか?」

「これ? これは私の紋が入ってるけど、王太子が発行する証だから、もう使えない。雫が使う分は木の王館に発注してるよ」


 また木の王館だ。衣装から普段使う紙まで全部木の王館に頼っている。あとで桀さんに差し入れを持っていこう。


「それ、何枚かいただいてもいいですか?」

「別に構わないけど、使えないよ?」


 ベルさまから紙を受けとる。見慣れた紋章が透かしで入った紙だ。捨てるのが忍びない。


 上質の紙は手触りもよく、ずっと撫でていたい気持ちにさせられた。


 無言で懐に紙をしまう僕をベルさまは変な顔で見ていた。でもしばらくすると僕から視線を外し、手元に集中し始めた。


「ベルさま。僕、執務室なくても良いのでここにいてもらえませんか?」


 ベルさまはいっぱいになった器の中身を凍らせて、部屋の隅へ避ける。溶けかけた紙の残骸が氷球に納まっていた。


「ダメだ。雫にも淼としての仕事を覚えて貰わないといけない。漣が帰ってきたらその辺りも指導してもらうからそのつもりで」


 ベルさまは淡々と答える。正直、今、この部屋に僕ひとりにされたら何をしていいか分からない。部屋の中を徘徊しそうだ。


「じゃあ、せめて漣先生が帰ってくるまで一緒にいてもらえませんか? それまで実務も色々教えて下さい」


 ベルさまが少し手を止めた。ベルさまだって移動する部屋はまだ決まっていないはずだ。空いている部屋はいっぱいあるけど、最近僕も掃除してなかったからすぐには使えないはず。


「漣は立太子の儀に呼んである。それまでだよ」

「はい」


 ベルさまとこの部屋で過ごせるのもあと数日だ。

引き続き読んでいただきありがとうございます。王太子になった雫の活躍をお楽しみいただければ幸いです。

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