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水精演義  作者: 亞今井と模糊
六章 土精縁合編
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164話 不在の淼

 木の王館へ行くと、木精たちがバタバタと慌ただしく動き回っていた。すでにあらいさんの元へくれるさんが届けられているらしく、受け入れの準備が整っていなかったらしい。

 

 忙しい中でも僕たちの姿を見つけると、皆一度足を止めて礼をくれる。焱さんは慣れた様子で頷いたり、片手をあげたりして応えているけど、僕は来たことを少し後悔していた。

 

 喧騒を抜けて王太子の部屋を訪れると、より一層大騒ぎになっていた。いや、大騒ぎしていたのはあらいさんだけかもしれない。

 

「ししししししし知ってると思いますが、くれるです。きききききき木の王館で預かることになりました」

 

 初めての大仕事でかなり緊張気味の桀さん。いつも以上にどもっている。

 

 机の上には淼さまに負けず劣らずの書類の山がある。けど、林さまが使っていた頃に比べればかなり片付いていると思う。

 

「ほらよ。持ってきたぜ」

「あああありがとうございます、焱」

 

 焱さんがややぞんざいに渡した書類を桀さんは両手で丁寧に受け取る。それを一通り読んで、机の上に並べたので山が紙一枚分高くなった。

 

 木の太子の管理下に置かれることになった暮さんはこれから王館内を引き回されるらしい。暮さんの手首には片手ずつ銀色の枷が付いていた。とても重そうだ。釘が打てそう。


「雫どの、改めて謝罪をする。雫どのを騙ったこと誠に申し訳ない。この度、雫どのへの謝罪を命じられたが、命令がなくても謝罪に赴くつもりでござった」

 

 暮さんは桀さんからの紹介が終わると即座に謝罪をして来た。

 

「大丈夫ですよ。僕は特に被害もないですから、早く罪を償えると良いですね」

 

 話しかけながら暮さんの顔を良く眺める。

 

 暮さんはもう水色のフードを被っておらず、真っ黒な髪が露になっていた。案の定、瞳も真っ黒で、まばたく度に星のような煌めきを見せる。

 

 あれ?

 何かこの顔見たことあるような……。

 誰かに似ている気がする。

 

「くくくくくくれるの労働は木の王館に限らないとのことなので、ももももももし水の王館で手が欲しければ回します」

 

 誰に似ているのか思い出せないまま、桀さんの吃音に思考を遮られた。


「うちは手が余ってるから要らねぇな」

「きききききき今日はこのまま土の王館へ行きます。ぐぐぐグレイブが『土捏ねにこき使ってやる』と鼻息が荒くて……」 

 

 どうやら、グレイブさんが『埴輪ガーディアンの敵を取ってやる』と息巻いてたらしい。確かに市で埴輪を壊されて怒っていた。暮さんはちょっと覚悟して向かった方がいいかもしれない。

 

 ゆっくり話していたいけど桀さんたちが忙しそうなので、退出することにした。桀さんが忙しい一方、焱さんはのんびりした様子だ。

 

「雫の部屋で茶でも飲もうぜ」

「僕は良いけど、焱さんお仕事は? 視察とか見回りとか行かなくて良いの?」

 

 今回、理王会議の間は焱さんは王館内に留まるそうだ。詳しいことは分からないけど、焱さんだけでなく、他の王太子も全員待機しているらしい。その間、外での急な事件は御役と呼ばれる漕さんみたいな精霊たちが行くようだ。

 

 尤も……行くだけで何の決定も出来ないらしい。漕さんが用を言い付けられたと言っていたのは何か事件があったのかもしれない。

 

「まぁ、暮の件も決定したし、他の内容も既に決まってるような案件だ。明日には終わるらしいぜ」 


 良かった。そんなに長くかからないみたいだ。明日には淼さまが戻ってくる。王館内にいるのだから、戻ってくるっていう言い方は本当はおかしいけど。

 

 その日は焱さんと貴燈山の様子を聞いたり、市の話をしたりして、あっという間に過ぎてしまった。焱さんは夜遅くに帰っていき、僕が床についたのは真夜中を過ぎてからだった。

 

 一日でこんなにたくさんの精霊ひとと関わったのは初めてかもしれない。勿論、襲ってきたり、攻撃してきたりした精霊は別だ。

 

 昔みたいに兄姉からされたように悪意を向けられたり、敵意を露にしたりする精霊は王館ここにはいない。

 

 どこか寂しい気がするのは……きっと気のせいだ。

 

 だってこんなに充実しているんだから。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 次の日、淼さまは戻ってこなかった。

 

 その次の日も、三日後も、更には一週間経っても姿を見せなかった。


 何かあって理王会議が長引いているのかと思っていた。けど、五日目に尋ねてきた垚さまのおかげでとっくに終わってると知った。

 

 淼さまに用があって来たのに、何故いないのかと逆に問い詰められてしまった。僕が聞きたい。

 

 王館内には気配があると垚さまは言う。淼さまを誘きだそうとして、僕に抱きついたり、頬をつねったりしても淼さまは現れなかった。

 

「おかしいわねぇ。飛び出て来るとまではいかなくても、攻撃くらいしてくると思ったのに」

 

 そう言いながら垚さまは僕から離れた。その靴の端に氷柱刺さり、足が床に縫い止められている。

 

 垚さまがお望みの攻撃だけど、それは多分僕が無意識に作り出した氷柱だ。淼さまの物とは出来が違うからすぐ分かる。

 

 今、垚さまを突き飛ばそうとして耐えた結果、うっかりやってしまったみたいだ。靴に穴が開いてる。

 

 垚さまの足に傷がつかなかったのは幸いだ。垚さまに怒られてしまったけど、あまり反省は出来なかった。むしろ突き飛ばさなくて良かったと思う。もし、同じようなことがあればまたやってしまう自信がある。

 

「そんなにあたくしに触られるのが嫌なのね! キーッ! 全く悪いとこばっかり淼に似たわね」

「淼さまに似ているなら、どんなことでも誉め言葉です」

 

 垚さまが別に本気で罵っているわけではないと知っているので、冗談っぽく返した。

 

 僕はいつ王太子相手に冗談を言う度胸がついたんだろう。かなり失礼な態度を取っている気がするけど止められなかった。

 

「あ、そうそう。冗談は置いておいて……。淼がいないなら雫ちゃんでも良いわ。暮のことなんだけど」

「暮さんの?」


 それは僕でも済む話なんだろうか。

 

グレイブの使い方が一番荒いのよ。で、取り敢えず全館平等に回したいから、水の王館でも使ってみてくれない?」


 手は足りていると言っていた火の王館でも一度は使ったらしい。

 

「火の王館ではすることがあまりないので煙突掃除をさせたらしいわ。暗いところは得意だって喜んでたらしいわよ」

「闇の精霊ですしね」

 

 暮さんにとっての暗い場所というと、本体とか家みたいな感覚になるのかもしれない。僕が水に浸かってるのと同じだろう。

 

「そうね。しかも暮は影の中も移動できるらしいのよ。市での逃げ足が早かったのはそれね」


 なるほど。垚さまが大岩で逃げ道を塞いだのにすでに暮さんの姿はなかった。そのあと、等さんが岩の影から出てきたと言っていた。あれはそういうことだったんだ。

 

「火の王館では火を起こしてわざと影をつくって試したようだけど、揺れる影は難しいみたいね」

「結構制限があるんですね」

 

 でも晴れの日はどこへでも行けそうだ。

 

「そんなわけで王館の外へ出られたら困るから枷をつけて外へ出られないようにしてあるのよ。……で、悪いけど明日はここで使ってちょうだい。洗濯でも掃除でもなんでも良いわ」

 

 早口で捲し立てながら去ろうとする垚さまを慌てて止める。

 

「ま、待ってください垚さま! 僕の一存では……」

「大丈夫よ! 雑用なんて、侍従長サマの判断で何とでもなるわ!」

 

 そう言いながら垚さまはあっという間に姿を消してしまった。

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