147話 土理王と垚
僕が埴輪の様子を微笑ましく観察していると坟さんが少し笑う気配があった。
「可愛いだろー、あっしの傑作たち。あの子たちはそのまま見回りさー。あんたらは付いてきなー」
さっき握手を拒まれたときよりは少し態度が軟化したかもしれない。ボサボサの頭を更に崩しながら、坟さんは颯爽と歩き出した。それを追って埴輪が数体足に纏わりついている。
「雫さま、土師は握手をしたがらないのです。お気になさらないで」
坟さんの後に付いていくと潟さんが耳打ちをしてきた。この距離なら坟さんには聞こえないだろうし、付いてきてしまった埴輪を配置に戻そうと横道に逸れているから気づかないと思う。
「どうしてですか?」
「土師にとって手は創作物を生み出す神聖な場所です。それにも関わらず『汚れた手で触るな』と罵られることがあるのです。信頼関係がなければ手を握り返すことはしないでしょう」
あぁ。それでさっき土を汚れ物呼ばわりするのかってちょっと怒ってたのか。僕も発言に気を付けないと、手に土がついたらうっかり汚れたと言ってしてしまいそうだ。
ようやく館内に入ったところで埴輪が付いてこなくなった。様子を見ていると本当は坟さんに付いていきたそうにしているけど、建物の中には入れないみたいだ。
焼き物だから涙は出ないんだけど泣いているように見える埴輪もいたし、打ちひしがれて四つん這いになっている物もいた。中には段々遠くなる坟さんの姿を少しでも見ようとしているのか、ぴょんぴょんと飛び上がって見てくる者もいた。足が割れてしまいそうだ。
「んで潟はともかく。なんであんたは水理皇上の侍従なんてやってんのさぁ」
振り返りながら埴輪の様子を見ていたら、不意に坟さんが話しかけてきた。埴輪の仕草がかわいくて完全に油断していたのですぐには反応出来ない。
「えっとー……十年前に泉が涸れてしまって、低位だったんですけど王館に置いてもらってー……」
先は長い。最近、振り返るということをしていなかったから説明が下手だ。どう説明すれば分かりやすいだろうか。
「そんなこたぁ知ってるさぁ。王館で暮らす者なら皆」
潟さんが何故かうんうん頷いている。
「皆ってどういうことですか?」
「皆は皆だろー? おかしなこと言うさー、あんた。少なくとも土精は全員が知ってるさー。金剛石より堅物の水理皇上が季位の精霊を拾って来たって当時は大騒ぎだったさー」
前を向いたままだから坟さんの顔は見えない。ただ、あの頃は楽しかったねぇ……と懐かしそうに呟いている感じからすると、全員って言うのは冗談や誇張ではなさそうだ。
「で? なんで侍従やってんのさー?」
さっきと同じ質問だ。
「えーっと……淼さまに恩返しがしたくて……ですかね?」
「何で疑問系なのさー」
何でだろう。最近分からなくなってきた。僕は淼さまの役に立てているんだろうか。淼さまの顔に泥を塗らないようにするだけで精一杯だ。
淼さまは僕に何をして欲しいんだろう。
当初は理術の勉強をしろと言われたけど、それも先生にお墨付きをもらってしまった。
食事も必要ないみたいだし、掃除は理術を使えば一瞬で終わる。お仕事のお手伝いも僕なんかが出来ることは限られている。
「……まぁいいさー。深入りはしないさー」
答えを出さない僕を不審そうな目で見ていた。それでも何も言わなかったのは僕の顔が真剣だったからかもしれない。自分の顔は見えないけど、強ばっているのは分かる。
「御前で無礼を働くなよー。あっしは帰るさー」
坟さんは急に立ち止まったかと思うと姿が見えなくなってしまった。残された僕たちの目の前には門かと見紛うほど巨大な扉が隙間なく閉められている。
「坟ならそこですよ」
潟さんの指差す先には廊下の窓から外へ出ようとする蚯蚓の姿があった。体の先端を振りながら格子の間を抜けていく。早く土へ戻らないと乾いてしまいそうだ。
「近衛がいないところを見ると話は通っているようですね。参りましょう」
潟さんはそう言いながらすでに扉に手をかけていた。率直に言って立派すぎる扉は謁見の間に違いない。けれど金の王館へ行ったときも謁見の間の入り口には近衛兵がふたり立っていた。
潟さんが扉を引いて少しずつ中の様子が見えてくる。扉の隙間に比例するように徐々に緊張が高まっていく。
「……んで……えはっ……も……手に!」
誰かが喋ってる声が聞こえる。その穏やかではない声を聞きながら正面に顔を向け、背筋を伸ばして足を踏み入れる。
「失礼しま……」
挨拶をしようと思ったのに正面にある玉座には誰も座っていない。
「痛いっ! 腕千切れちゃうって! 痛いっ!」
予想外に近くから聞こえた声に肩が跳ねる。玉座から遠い左側の壁近くで取っ組み合いをしている人の姿があった。
「うるさい。少し痛い目を見ろ。また勝手に他の王館にちょっかいを出しに行った罰だ!」
「いや、御上。あくまでも土の役目で……いだだだだだだだ」
片方は垚さまだ。垚さまが御上って呼んでいるならもう片方は土理王さまに違いない。勝手に近づくのも失礼なので、僕たちは遠巻きに見ているだけだ。
でも状況はよく見える。床に伏せられた垚さまの背中に土理王さまが乗って、思い切り腕をひねりあげている。土理王さまは小柄な体型を活かして全身で垚さまの腕を痛め付けている。
「ぎゃーーーーっ! 腕っ! 腕ホントに取れるから!」
「そうかそうか。取れたら坟に義手でも作ってもらうが良い」
垚さまの野太い悲鳴が謁見の間に響いている。絞められていない腕でバンバンと床を叩いている様子を見ると本当に痛そうだ。
「ん?」
潟さんがわざとらしく大きな咳払いをした。それを聞き取って土理王さまが顔を上げると、バッチリ目があってしまった。
「あ、もうそんな時間か」
土理王さまは垚さまの腕を無造作に下ろした。仕上げといわんばかりに背中を踏みつけながら垚さまから離れる。垚さまは腕を解放されてもぐったりと床にくっついている。
「ぜぇ……雫ちゃん。ぜぇ……た、助か、ぐえっ!」
「そこで反省していろ」
垚さまの上に巨大な岩が乗った。滾さんより大きいんじゃないだろうか。僕と潟さんふたりがかりでも持ち上がらないと思う。
「よし」
何がよしなのか分からないけど、土理王さまは大人しくなった垚さまを見て少し満足そうだ。小柄な体を弾ませながら玉座への階段を昇り終えると、座ることなく高らかに宣言をする。
「不心得者は成敗した。近うよれ、遠慮するな」
土理王さまはニカッと歯を見せて笑うと玉座へ腰かける。潟さんに促されて十歩ほど近づいた。そこに片膝をついて礼をとる。
「土理王さまにおかれましてはご機嫌麗しく存じます。水精・雫、水理王の使いとして参りました」
「よし。面を上げろ」
言われるままに顔を上げると女の子が玉座にふんぞり返っていた。茶色の髪は短すぎず頬を包んでいて、黄色みがかった大きな瞳はここからだと金色にも見える。
「余が土理王だ。苦しゅうない。知っているだろうがあれが王太子の垚だ」
あれと指さすのはもちろん岩の下敷きになっている垚さまのことだ。岩につぶされて声も出ないみたいだけど、うつぶせに倒れたまま僕たちに向かって片手を上げたところを見ると、意外と大丈夫そうだ。
「先日はこいつがまた好き勝手したらしいな。こいつはすぐに他所に口出したがるから、抑えられない余にも責任がある。悪かったな」
理王らしく胸を張ったままだったけど、短く謝罪の言葉を投げられた。
「いえ、謝罪などとんでもないことです。垚さまには王館に仕える者として教えを頂きましたので、大変勉強になりました。今後の戒めにしようと思います」
ちょっと煽られたけど怒りに任せて行動しないことを学ばせてもらった。垚さまの名誉のために謝意を述べると土理王さまはかわいらしい顔を渋くゆがませた。
「あまり褒めるとこいつはすぐ調子に乗るからそのくらいにしておけ。それで、水晶刀を取りに来たのだな。鑑定結果は添えておいた。持って帰って良いぞ」
土理王さまがそう言うと膝をついている僕の目の前から水晶刀が生えてきた。床からゆっくり伸びてきてある程度伸びるとそこで止まってしまった。土理王さまを見ると顎をしゃくり、手に取るように促される。
「興味深い結果が出たと伝えろ。下がって良いぞ」




