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水精演義  作者: 亞今井と模糊
五章 木精継承編
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119話 竜宮城の食卓

 こんなに緊張する食事は久しぶりだ。そしてこんなに大勢の精霊ひとたちと並んで食べるのは初めてかもしれない。雨伯の子供の中で、時間が取れた方達が長い食卓に付いている。

 

 食事と言えば淼さまと取ることが多い。けど最近は淼さまが王館を離れることが多くて、潟さんが付き合ってくれていた。潟さんは食べなくても良いらしいけど食べることは好きらしい。だからいつも食事は二人だった。それに比べて今はたくさんの目があって緊張する。

 

 いや、待ておかしい。水理王と食事をしている方が緊張しないというのはどうなのだろう。

 

「雫ちゃん、美味しいー?」

「は、はいっ!  美味しくいただいておりますっ」  

 

 斜め前に掛けるげつさんの問いに何とか答えた。けれど実際、味はあまり分からない。更に視線を皿から外したせいでうっかり食器をカチャッと鳴らしてしまった。恐る恐る顔を上げると向かいの精霊ひとにじろりと睨まれていた。

 

「誰だ、食い辛い物を準備したのは。雫のメニューを改めろ」

 

 向かいにいるのは雨雪うせつみぞれさんだ。僕の義兄上にあたる方で雷伯の弟だそうだ。壁に張り付くように控えていた低位精霊と思われる給仕が顔を青くして近づいてきた。

 

「あっ、いえ、だ、大丈夫です! ちょ……ちょっと手が滑ってしまって」


 決して誰かのせいではない。僕のミスだ。正直に粗相そそうを謝って給仕に下がってもらおうとした。

 

「あら、食器が滑りやすかった? 誰か! 今すぐ滑りにくい物に取り替えなさい」

 

 上座にいる雨伯のすぐ近くから声をかけてきたのは長女のほうさん。氷晶ひょうしょうの精霊でここにいる中では一番年上だ。

 

「だ、大丈夫です! すみません、ちょっと緊張して」

 

 次から次へと贈られる気づかいの言葉に変な汗が出てきた。


「緊張? おい! すぐに楽士がくしを呼べ。リラックス出来る曲でも演奏させろ」

 

 待って給仕さん! 走って呼びに行かないで! という心の声は届かなかった。命令されることに慣れている精霊たちはすごい勢いで部屋から出ていってしまった。

 

 ちなみに今、命じたのはあまごさんだ。虹の精霊でげつさんの双子の弟だそうだ。だけど全然似ていない。髪色も顔も話し方も全然違う。あまごさんの命令が通ったのを確認して、他の義兄姉たちも次々と話に入ってきた。

 

「ならもっと落ち着く香を焚いてあげて」

「待て。卓上で香なんか焚いたら食事の香りと混ざるだろ? それより温かい飲み物を出してやれ」

「えーと、えーと、私は……私のデザートあげるからね」 

 

 もう誰が喋っているのか分からない。僕も何も喋れない。迂闊に口を開けばきっと新しい命令が出されるに違いない。皆さっき紹介されたばかりだ。義兄姉の名前と顔を一致させるだけでも大変なのに、それを止めるのはもっと大変だ。


 せきさんがクスクス笑っているのが聞こえた。食卓には着かず、給仕に紛れて僕の後ろの壁に張り付いている。でも振り返るのはマナー違反だろう。その内、潟さんの笑いは雨伯の声にかき消された。

 

「わははは。賑やかで良いのである!」

 

 雨伯は長い食卓の隅の方で、見た目に似合わない液体を傾けている。遠すぎて顔が見えない。例え見えたとしても目の前の料理に集中していていないと、真っ白な食卓覆布テーブルクロスに染みを作ってしまいそうだ。

 

「普段なら皆、イベント毎に集まるのだが、二、三日で急に各自忙しくなったのだ。結局、来られたのはこの子らだけである」

「末弟に初めて会うのに仕事なんかしてられるか。強引に切り上げてきた」 

 

 僕の訪問兼帰宅はイベントになるらしい。僕から見える範囲の全員がうんうんと頷いている。嬉しいような申し訳ないような複雑な気持ちだ。

 

「それはそうと父上。花茨はないばら城が襲撃されたって?」

「そういえば、使者に部屋を取らせたのですか?」

 

 話が変わった。ちょっとほっとしながら耳を傾ける。花茨城が襲撃されたと知らせが飛び込んできたのはまだ今日の話だ。もうずっと前のような気がする。

 

「うむ。少々怪我をしておったので治癒した上で休ませておる。しかしすぐに帰りたがっておるので明日には下がらせるつもりだ」

「何があったのですか?」

  

 みぞれさんの問いは僕も気になるけど僕が口を出すところではない。聞き耳を立てながら目の前の食事に目を向ける。今度はうっかり音を立てないようにしないと。

 

「謀反だ。当主・巴旦杏アーモンドかんばが身内から襲撃されたらしい」


 声にならない声で食卓がざわつく。心なしか汁物スープの温度が下がった気がする。身内から襲われたなどと、仲の良い雨伯一族では信じがたいのかもしれない。

 

かんばは今のところは幽閉されているらしいがどうなるか分からない」

「木理皇上には知らせてあるのよねー?」

 

 げつさんの声はのんびりしたままだけど緊張を感じる。心からの驚きと心配が読み取れた。

 

「うむ。ながめを行かせた。木精と仲が良いからな。木の王館への取り次ぎも速やかであろう」

「父上、お待ちを。何故、花茨から王や太子に直接報告しなかったのです。先に竜宮ここに来るとはどういう了見ですか?」

 

 ほうさんの言うとおりだ。花茨城がどこにあるのか分からないけど、雨伯に助けを求めるより木理王さまや林さまのところへ行くべきだ。その方が筋が通っている。

 

「花茨から王館までの根之道が切られたらしい。新しく伸ばすにも幽閉されていてはそれは叶わん。だが、ここなら雨雲に葉を飛ばせば来られるのだ」

 

 また知らない言葉が出てきた。でも話の流れから判断すると、根の道というのは花茨城から王館に行くための道と考えて良さそうだ。そこが断たれてしまったので何とか竜宮城に辿り着いたということか。

 

「木の王館から救援が来るだろうが、それではかんばの身が危ないのだ。竜宮からも救援を送るのである」

 

 雨伯は済んだ食器を下げさせて新たに飲器グラスを手に取った。

 

「立場上、我輩が行くわけには行かない。そなたらの中で誰か行ける者はいるか?」

 

 シーンとしてしまった。皆黙っているけど目をそらすわけでもなく、皆一様に雨伯を見ている。行きたくないという感じではない。

 

「父上。我々は皆ここ数日急に雑務におわれ、誰も手が空いておりません。カズ兄さまに秋萌あきもの原からお戻りいただいては?」


 カズ兄さまというと焱さんのお父上だ。でも確か今……

 

「だめである。カズには我輩の補佐でいつも苦労を掛けているのだ。すぐるちゃんの看病くらいさせてやりたいのだ」

 

 再び沈黙が訪れる。何か言った方が良いのかもしれないけど、僕がでしゃばるのもおかしい。

 

「失礼ながら発言しても宜しいでしょうか」

 

 重い空気を破ったのは意外にもせきさんだった。皆の視線が僕の後ろに注がれる。

 

「おぉ、先々代の息子であるな。久しぶりである! 楽にして良いぞ! 何であるか?」

 

 雨伯が発言を許可したので僕も背もたれに手を掛けて身体の向きを変えた。潟さんが見えるようになった。

 

「僭越ながらこちらの御養子息ごしそく・雫さまをお送りになってはいかがでしょうか?」

 

 皆の視線が僕に注がれた。

 

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