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水精演義  作者: 亞今井と模糊
一章 理術学習編
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12話 漣先生 暗躍

漣視点です

「全く年寄りをこき使いおって」


 ぶつぶつと独り言を吐き出すと本当に年を取ったと感じる。昔は独り言を呟く暇があれば手を動かしていた方だ。


 来る日も来る日も書類と謁見に追われていた。そうなる前は各地を転々と視察に行ったものだった。


 引退とともにその日々は終わったが、今度は後進の育成という大きな仕事が残っていた。自らが見つけ出した逸材に後継として相応しい教育を施さなければならない。


 引退したとはいっても、結局忙しいままだと嘆いたものだ。


 しかし、幸か不幸か大変優秀な後継者を得た。水精の名門の出身で少し世間知らずなところもあったが、高い理解力と非常に強い理力を持っていた。


 身近な例の方が分かり易かろうと家事を通して水の流れを学ばせようとしたが、選んだ後継が名門出身であるゆえに、逆効果だった。自ら家事をしたことなどないのだから当然だ。


 だが、それも少し齧っただけで流れを読みきってしまったのは流石と言える。後継になる前から世の成り立ちとルールをほとんど理解していた。


 補足する程度で全て会得してしまった上、理術の教育と言ってもすでに理力を使いこなしていた。


 一度説明してしまえば大概のことは物にしてしまう。非常に優秀な生徒だった。


 これなら本格的に引退できる日も近いだろうと、自身の悠々自適な隠居生活を目論んでいたものだ。あの日が来るまでは……。


「む? ここじゃな」


 自身の体である小波さざなみを繋いで渡ってようやく見つけた渦の集まり。一見すると普通の渦潮だが、見る者が見れば一瞬でその異常さに気づいたはずだ。


「ふむ。主がいないようじゃ。出迎えは期待できんかの」


 わざと聞こえるように言ってみる。渦が不規則に歪んだが、すぐに戻ってしまう。もう一押しか。


「折角御上の遣いで任命書を持って参ったというのに……やれやれ無駄足だったわ」


 ジャバジャバという明らかなざわめきを聞きながら背を向けると、渦から十体ほど飛び出してきた。……十一、十二、十三体を確認できた。


『俺だ! 俺ガ管理しテイる!』

『そノ任命書を寄越セ』

『ちガう! 俺ダ! 俺の体ダ!』

『私ガ管理すルのヨ! 私ヨ!』

『僕ガ先に住ンだんダから僕ノ渦』

『我に……。我ニ寄越せ』


「おぅおぅ。皆個性豊かで結構なことじゃな」


 協力しようという気はないようだ。むしろ我先にといった感じでバラバラに向かってくる。


「しかしのぉ、本来の渦の持ち主がいないではないかの?」


 攻撃らしい攻撃はしてこない。向かってくる奴らをヒョイヒョイかわすだけだ。少しばかり鬱陶うっとうしい。


 渦の主がいるなら会話をしたい。尤も主がいないから、自分が遣わされたのだろうが……。


『俺が主ダ!』

『ちがウヨ。僕ダよ』

『私にチョウだイ』


 話し合いは成立しないようだ。なるべく穏便に済ませたかったのが、仕方ない。


「そなたら……『魄失はくなし』じゃな?」


 魄失――精霊だった者たち。死を受け入れず現世にとどまろうとする精霊。誰かがそこにいれば襲う。それだけの存在だ。


 それがこんなに集まっているのは珍しい。


 十三体の魄失が一斉に動きを止めた。先程までは任命書を奪うことに集中していたが、今はそれすらもどうでもいいのだろう。


 海の水を通して伝わってくる感情は『怒り』『悲しみ』『憎しみ』『嫉妬』『羨望』『悔しさ』『切なさ』。それぞれ抱いている感情は微妙に異なっている。


  まだこちらに向かっては来ない。しかしまた来られると都合が悪い。実力差は明白なので、当然ながら痛くも痒くもない。


 ただ相手をするのが面倒だ。最後の警告を行う。


「……渦の主をどうしたのじゃ」

『チ……がう』

『嫌ダ嫌だ嫌ダ』

『まだ消えテナい』

『ナんデ僕ガ』

『許サナい、絶対許さナイ』


 全く話にならない。仕方なく懐に手を入れて小さな黒い巻物を取り出す。


『あレだ! アレヲ奪エば!』

『寄越セっ寄越せ!』

『ちがウ、私ダ!』


 今度こそ明確な敵意をもっている。それを敢えて無視し、巻物を広げてわざと見せてやる。


「ほれ、そなたらの欲しておる御上からの任命書はここにあるぞ?」


 途端に襲ってくる精霊たち。いや精霊だった者達。


『寄越せッ! ソレガアれバ! ソレがアレバ!!』

『こコは俺の物ダー!』


 我先に寄ってくるが、辿り着けた者はいなかった。なぜなら、仕掛けておいた『氷柱牢獄アイシクルプリズン』に引っ掛かったから。


 十三体全て捕らえたのを確認する。ここで取り逃がしたら、あとで御上にどんな嫌みを言われるか分かったものではない。


『騙シタな! 騙しタな!』

『オノレぇーー消しテヤる』

『渦の主ノヨうに消シてヤる!』

「ほぅほぅ、やはりそなたらが寄ってたかって渦の管理権を奪ったのだな。あまつさえ、主を消しおったか。非道なことじゃな」


 好き勝手にののってくれる中に興味深い発言を捕らえた。尋問しようかと思ったが、もうすでに正気ではないだろう。怒りで我を忘れているようだ。


「騙してはおらんよ。最初に言ったはずじゃ。わしは御上からの遣いで任命書を持って参ったのじゃ。誰にとは言っておらんのぉ」


 任命書である黒い巻物を、右へ左へぷらぷら振り回してみる。皆一様にそれを見ている。


 これを手にすれば自分が渦の正式な管理者となることができる。……と本気で思っているのだろう。


  確かに御上の任命書は、対外的にも自分自身にも絶対的な効果がある。しかし残念ながら今回はすでに指名がなされている。


「これは御上からわしへの任命書じゃ。そなたらへの暴挙を認可するものではない」


 上空から氷柱牢獄を見下ろす。遠目に見たら渦潮の上に巨大な氷玉が三つ浮かんでいて、更にそれを見下ろす爺がいるというおかしな図が見えているに違いない。


 この様子を水理王は執務室で見ているに違いない。


 中途半端な真似は出来ない。重要な問題に向き合おうとしている今、教え子が助力を求めるのなら手助けするのも教育者の義務というものだ。


「水理王の命により わしは渦の管理権を与えられた。よってここに、先々代水理王がれん、管理権継承を宣言する。居座り続けるなら、即刻成敗してくれる」


 そう告げると巻物が消えた。役割を果たすべく露になり手の中へ吸収されていく。この時点をもって渦の管理権が移ったわけだが、さてどう出るか。


 そうは言っても氷柱牢獄の中で動けない。せいぜい二、三人分のスペースに最大五体詰め込んだのでぎゅうぎゅうだ。


 鮨詰めと言う言葉があるが、鮨だってもうちょっとゆとりがあるだろう。


  『居座り続けるなら』というのはわざと言った言葉だ。動けないのが分かっていて敢えてそう言ったのだ。退治するために。


『何ダと?』

『誰だト?』

『先々代理王ダと?』

『元理王ダ。海の長ダ』


 ざわざわと隠しもしないささやきを言い合っているが、それはどうでもいいことだ。


 この状況で自分がが先々代理王であることに動揺しない方がおかしい。もう引退して久しいことに加え、普通は隠居がこんなところまで出張はしない。


 あとで御上に文句のひとつでも言ってやろう。何て言ってやろうか。やっぱり年寄りをこきつかうな、か。いやそれでも御上に年寄りと言われたくない。


 それはあとでゆっくり考えるとして、最後の仕上げに取りかかる。


「非退去を確認した。よって成敗いたす」


 そうだ。久しぶりに最高理術を使ってみるとしよう。それなら仮に御上が見ていても手を抜いたとは思われないだろう。肩の力を抜いて首を軽く回す。


「水の歌 奏でる者は元理王 曲をば作り いざ見送らん 『水洋葬送曲アクアレクイエム! 』」


 元理王の命を受けて辺りの理力が氷柱牢獄に集まる。中の十三体の魄失はくなしを飲み込んで、空まで届くような太い水柱を三本作る。


 悲鳴も聞こえなかった。おそらく声をあげる暇がなかったのだろう。


 しばらくすると水柱は細くなりやがて柔らかな蒸気へと変わった。そこにあったはずの氷柱牢獄とその中身が消えて、蒸気が空に昇っていくのを確認する。


 いずれ雲になるだろう。やがて雨になり、この海へ還ってくるはずだ。魄失たちは完全に理力の一部となった。もう二度と精霊の姿をとることは出来ない。


「ふむ。腕はなまっていないようじゃが、詠唱を省略できぬのが、ちと難じゃの」


 無事に最高理術を使えたことに安堵する。もっと簡単な術でも良かったかと今更ながら思わないでもない。


 まぁ復帰戦としては上出来じゃろう。


「さて、渦の中を見てくるかのぅ」


 渦を見回ったら小波さざなみにも寄っていかねばならない。昔より管理権が減ったとは言え、のんびり過ごしていた身には少しキツかった。


 正しい勢いで回る渦の中へ近づく。水流に飲まれながら御上への文句を心のメモに列挙することにした。

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