109話 金理王の素性
鑫さまが高い声で笑いだした。耐えられないと言う様子でお腹を押さえて前屈みになっている。あまりに突然でビックリしてしまった。
「釛。そんなに笑うなよ」
「あは、は、だって御上の顔……ふふっ」
鑫さまと金理王さまは本当に仲が良さそうだ。いいなぁ、ちょっとうらやましい。
金理王さまは鑫さまの笑い声で動きを取り戻した。詰めていた息を吐き出して玉座に寄りかかる。
「君は何を考えてるんだ。いや、もしかして何も考えてないのか?」
「ちょっと、坊やに失礼な言い方しないで」
何故か僕ではなく鑫さまが金理王さまに食って掛かった。笑いは収まったらしい。王太子とはいえ、理王にそんな口の聞き方をして言いはずがない。これは交際している二人だから許されることだろう。
「いや、だって金理王の前だぞ? 反対派だって表向きは『私は混合精の味方ですわ』とか言うぞ、普通」
「精霊を指差すんじゃないの!」
金理王さまが誰かの喋り方を真似して声まで高くする。器用だ。前のめりになって僕を指差すのを鑫さまが注意をする。
金理王さまは言われた通りにすぐに手を肘掛けに戻した。何故だろう。金理王さまの威厳がなくなってきた。ちゃんと玉座にいるのに。
「裏がないんだな、君は。あーぁ、身共が偉ぶってるのが馬鹿らしくなってきたな」
さっきまでの威厳はどこへやら……友達にでも話すような調子でそう言うと金理王さまは靴のまま玉座に片足をあげて膝の上に腕を乗せた。さらにその腕で頬杖をつく。大きいはずの玉座が狭くてキツそうに見える。
「この素直な子に偽りの身共を見せているようで心苦しいな」
僕はこの場にいても良いのだろうか。金理王さまの見てはいけない一面を見ている気がする。
「そんなこと言って面倒になっただけでしょ?」
鑫さまの問いには答えずに金理王さまはフンッと鼻を鳴らしただけで横を向いてしまう。手に乗せた顎を鑫さまと反対に向けて何もないところを見ている。
「ごめんね、坊や。あれでもちゃんと金理王なのよ」
何て答えたら良いのか分からなくて口をモゴモゴさせてしまう。肯定も否定も相づちも出来ない。
「身共はそもそも理王になるような精霊じゃないんだよ」
金理王さまがそっぽを向いたまま話し始めた。金の王館に連れてきてくれた時よりも少し子供っぽく見える。これが素なのだろうか。
「身共は両親ともに季位だ。高位精霊は高位も低位を生むが、低位から高位が生まれることなど極めて稀だ」
少し前に先生から聞いたことがある。高位精霊は高位精霊を生みやすい。でも子を多く生み出す場合は理力が分散するのでほとんど低位になるらしい。
実際、僕の母上も仲位だったけど、子供たちは叔位だ。
それが逆になるとまずあり得ないという。確かに自分が持っている以上の理力を子供に受け継がせることなど出来るわけない。
「しかもそれが混合精なんてな。精霊界広しと言えど、そんな奴は身共以外に聞いたことがない」
混合精だというだけで十分珍しいのにかなり稀なケースだ。表現が失礼かもしれないけど、自他ともに認める珍精霊が目の前にいる。何かすごいものを見てる気がする。
「それでも縁あって王館勤めになったが、いつの間にか侍従になって、気づいたら王太子になって、それが今では理王だ。何が何やらさっぱりだ」
金理王さまが足を下ろして長い背もたれに体を預けた。天井近くの窓から日が射し込んできて金理王さまの顔を照らす。そのせいで瞳の色がよく分かった。
混合精特有の虹彩色違。だけど沸ちゃんたちのような目立つ違いはなかった。片目は真っ黒で反対の目は黒に近い灰色だ。この微妙な色の違いは近くか明るいところでしか分からないだろう。
「さっぱりじゃないでしょう? 混合精を理王にすることで偏見や差別を減らそうっていう先々代のお考えでしょう?」
黙って聞いていた鑫さまが口を挟んだ。なるほど、混合精の即位にそんな意味があったのか。
沸ちゃんも滾さんも煬さんも、多かれ少なかれ差別に苦しんでいた。煬さんに至っては王太子の選考会で怪我をするように仕組まれていたはずだ。
「御上は金精の理王であるだけでなく、混合精たちの理王でもあるのよ」
鑫さまが僕に向けて説明をしてくれる。混合精でも理王になれるとはいっても実際にいなければ説得力がない。
歴史上でも記録上でもなく、今ここに混合精の理王がいると言う事実が希望になるはずだ。
「こなたが王太子であることで混合精への反対派を抑えこむ狙いがあったんだけど、まさか実家が反対派筆頭になるとは思わなかったわ」
鑫さまが静かに溜め息をついた。月代ではほとんどの金精が、金理王さまの退位と鑫さまの即位を願っていたらしい。
「そういえば、妹さんの……えっと鍇さんはどうなったんですか?」
鐐さんは月代で謹慎。他の金精は王館で労働。鳥籠ごと連れてきた鍇さんは無事なのだろうか。
「鍇は残念ながら人型には戻れていないわ。意思の疎通も出来ないほどよ」
鑫さまの視線が僕から外れた。その目は僕の後ろの扉に向いている。けれどすぐに首を回して黙って玉座を見上げる。
「本体である鉄がどこか別の場所にあるようだ。それを見つけ出さないことにはな」
金理王さまも僕に話しかけつつも遠くを見ているようだ。言い終えるとすぐに姿勢を正して玉座に深く座り直した。
「何か用?」
金理王さまが裾を直し終えたのを確認して、鑫さまが声をかける。僕の真後ろの扉が開く音がする。スーッと風が入ってきた。
「謁見中誠に失礼致します。その、月代の連中……いえ、方々が……その」
歯切れの悪い報告だ。でも今、月代と言った。どうも鑫さまに報告しにくそうな感じだ。また何かあったのだろうか。
「その……『掃除なんて我々の仕事ではない』と言って、来客用の茶菓子を食べ散らかしておりまして」
うわー……全然反省していない。金理王さまを見ると何故か大笑いしていた。一方、鑫さまは天を仰いでいる。
「すぐに行くわ。しづらい報告をさせたわね」
鑫さまがそう言うと後ろで扉が閉まる音がした。鑫さまが盛大な溜め息をついている。
「だから言っただろ? 身共の言うことなんか聞くわけがない」
「御上がちゃんと『命令』すればやるわよ」
一体、何がおかしいのか分からないけど、金理王さまの笑いは止まりそうにない。鑫さまは髪を思いきりかきあげて気持ちを切り替えていた。
「ちょっと行って参りますわ」
「そうだな。錆びる前に行ってやれ」
鑫さまがくるりと向きを変えて玉座に挨拶をする。さっきまで気さくに話していたのに、こういうところは礼を弁えている。どこか基準か分からないけど、きっと二人の間には見えない線引きがあるのだろう。
僕にまたねと言いながら鑫さまが謁見の間から出ていった。後ろで扉が閉まる音を確認する。
「あの、じゃあ僕もそろそろ失礼します」
「あぁ、そうだな。引き留めて悪かったな。久しぶりに素で話せて楽しかった」
頭を下げようとすると、金理王さまは何かを思い出したように両手をパンッと打ち合わせた。
「危ない危ない。忘れるところだった」
そう言いながら合わせた両手をゆっくり離していく。手と手の間で何かが光っている。さっきから玉座を照らす太陽を反射しているらしい。光が目に刺さって痛い。
「これを水理に渡してくれ」
目を逸らしている間に金属製のお盆が僕の隣に浮かんでいた。その上に乗っているのは厚みのある輪っかだ。
「修理を頼まれていた釧だ。二十年以上かかったがようやく直せた」
釧って何だろう?
二十年以上前……僕が王館に来るよりかなり前だ。そこまで長い時間をかけて修理していたとなると、よほど難しい物だったのだろうか。
「遅くなって悪かったと伝えてくれ」
金理王さまはどこか物悲しそうに見える。浮いたままのお盆をそっと受け取るとずしりとした重みが腕にかかる。お盆の重さだけではない気がした。




