表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水精演義  作者: 亞今井と模糊
四章 金精韜晦編
106/457

97話 金精たちの思惑

「焱さん!」

 

 ニィッと口角を上げ焱さんはまだ片目に眼帯をしていた。でも腕と足はちゃんとある。軽く腕を振りながら僕たちに向かって歩いてくる。涙が出そうだ。

 

「良いところ持っていくわね」

「良いから、早く固めろ」

 

 そうだった。煙を慎重に冷やす。重い音がして固体化した水銀が落ちてきた。一方、アルさんは火の中で倒れている。大丈夫だろうか。

 

燃焼牢バーニングプリズン

 

 焱さんが水銀を火の檻で覆った。溶けてしまうんじゃないだろうか。

 

「金精は火に弱い。溶けても逃げられねぇ」


 焱さんはそう言いつつも、弓に矢をつがえていた。念には念をと言うことだろうか。水銀を一回固めただけで気を緩めた僕とはやっぱり違う。

 

「大丈夫?」

「えぇ、姉さま。ちょっとめまいはするけど、なんとか」

 

 たぎるさんがアルさんに水をかけていた。湯気が上がる。銀はまだ融けない温度だって言っても熱いものは熱い。鑫さまがアルさんを支え起こす。


「おのれ……おのれ貴様ら」

 

 メルが呻いている。すぐに液体になったかと思えば今度は人型になった。

 

「妾は間違っておらぬ。混合精ハイブリッドが金精を治めることが間違っているのだ」

 

 諦めが悪いのか、檻の中でまだ抵抗を試みている。檻に向けて理術を放ったけど壊れるはずもなく、自身に跳ね返っている。その衝撃で後ろに転んでいた。

 

「金理王の末裔たる妾が日陰で生きておるのに、何故混合精ごときが金理王に成り上がるのだ!」

 

 焱さんが弓をひこうとするのを、鑫さまが手を重ねてそっと止める。焱さんは一瞬鑫さまの顔を見たあと、大人しく弓を下ろした。

 

「いい気になりおって。皆で妾を蔑ろにしおって……許さぬ」 

メル。誰も貴女を蔑ろになんてしてないわ。大事な一族のひとりよ。こなたたちは従姉妹でしょう?」

 

 従姉妹だったんだ。アルさんとメルが似ているわけだ。

 

 鑫さまは火の檻にギリギリまで近づいてしゃがみこむ。その後ろにマリさんが立った。


鋺さんは脇腹に大きな穴が空いたままだし、反対側の脇腹は槍が刺さった跡がある。さらに冑は蹴られて凹んでいる。満身創痍でとても痛々しい。


「そなたもそなただ! 何故直系嫡子のそなたが下賎な混合精に心を寄せるのだ!」

「混合精は下賎じゃないし、こなたと金理王おかみは本気よ」

 

 心を寄せるって? 本気って? こなたたちってことは、鑫さまは金理王さまと想い合っているってこと? 理王と王太子が? そんなことあるの?


 焱さんは僕の顔を見て良くあることだと囁いてくれた。一緒に王館で過ごしてたら仲良くなれる気はするけど。それより僕は相変わらず顔に出やすいらしい。

  

「姉さま。私も反対です」

 

 アルさんの声に振り返る。滾さんがアルさんを支えていた。鑫さまが立ち上がって振り向く。

  

「当代金理王は努力家で素晴らしい方だとは思います。実力も認めます。混合精ハイブリッドが理王になることに反対もしません」

 

 遠慮気味に言うアルさん。出会ったばかりの勢いの良さはない。やっぱり水銀が影響していたのだろうか。


「しかし、姉さまのお相手には相応しくないかと……姉さまにはやはり水理皇上のように家柄がしっかりしている方が」

「黙りなさい、アル

 

 決して大きな声ではないけど冷たく言う鑫さまにアルさんは黙ってしまった。

 

ほだされたか、愚か者が」

 

 メルが忌々しそうに格子を握る。ジュウッと音がしても格子を放さなかった。

 

 アルさんが滾さんの支えを解いて鑫さまの前に跪く。メルの檻を背にするのをマリさんが止めようとする。それを鑫さまが遮った。

 

 檻の中のメルとその手前に跪くアルさんを見ていると本当にそっくりだ。アルさんはチラッとメルを振り返ると、跪いた姿勢から床につくほど頭を低くした。

 

「姉さま。私は今回合意の上で合金アマルガムになりました」

 

 皆で息を飲んだ。どういうことだ。水銀に入り込まれたのではなくて、進んで合金になったということ?


「それは何となく分かってたわ。銀は確かに水銀メルキュールに弱いけど、貴女の理力なら多少抵抗できるから」

 

 鑫さまは気づいていたらしい。もしかしたら月代に来た時点で様子が違うことに気づいていたのかもしれない。

 

メルは皆を吸収しないようにいつも皆から離れていたんです」

 

 アルさんがようやく頭を上げた。一呼吸置いて話を続ける。

 

庭園立食会ガーデンパーティ舞踏会ダンスパーティも自主的に欠席していました」

 

 流石、名門の家系なだけあってパーティばっかりだ。でもメルにそんな遠慮気味な一面があったとは知らなかった。鑫さまが黙って聞いているので僕たちは口を挟まない。

 

「それをエルが可哀想だと言って夜会にメルを連れてきたんです」


 メルが格子から手を放して横を向いた。何かに耐えるように下唇を噛んでいる。

 

「元々参加を禁じていたわけではないので、皆に直接触らなければ良いと指示いたしました」


 メルが自分の拳を握ったのが見えた。突然ピリッと静電気のような痛みが走る。水晶刀に肘がぶつかったらしい。

 

ヴルメルに会うのは久しぶりだったので、最初は楽しく談笑していたらしいのですが……」


 僅かに痛みが残って肘をさする。焱さんに不思議そうな顔をされたので、笑ってごまかした。

 

「私がエルに呼ばれていったときにはひどい言い争いになっていまして」

「何を言い争うの?」


 黙って聞いていた鑫さまが先を促すように少し早口で言う。

 

ヴルは元々、メルと意見が正反対でした。混合精の金理王でも偉大なことに変わりはない。姉さまが誰と結ばれても良いと」 

 

 鑫さまの顔は見えないけど複雑な気持ちが読み取れる。喧嘩の原因が自分だとは思っていなかっただろう。

 

「それで言い争っている内に……ヴルメルに掴みかかって、そのまま」

 

 吸収されたんだ。

 

 ちょっとの量なら合金アマルガムになったのだろうけど、全部水銀に吸収されてしまったらどうなるのだろう。

 

「なぜこなたに知らせないの?」

「しようとしました!」

 

 アルさんの大声にびっくりしてまた肘を刀にぶつけた。さっきよりもビリビリする。打ち所が悪かっただろうか。

 

「醜い一族内の争いになってしまいました。急ぎ姉さまに啓上しようとしていたところで……救済者メシアが現れたのです」

 

 飯屋めしや

 夜会にご飯でも売りに来たのだろうか。

 

 何も言ってないのに焱さんが僕の肩に手を置いてゆっくり首を振った。どうやら理解を間違えているらしい。その後ろで何故かたぎるさんまで首を振っていた。

 

「『銅が水銀に弱いというルールがなければこんなことにはならない』と言って……ヴルは魄失に堕ちました」

「ちょっと待て」

 

 焱さんが腕組みをほどいて越しに手を当てた。振り向いた鑫さまと首を上げたアルさんを交互に見ている。 

  

「合金になっても分離できるなら銅はまだ水銀の中にるんじゃないか?」

 

 確かにそうだ。まだたくさんの金精が倒れたままだけど、皆水銀をちゃんと分離できたんだから同じ方法で出来るはずだ。

 

「銅に水銀が入ったならともかく、時間が立つと銅の本体はメルの理力に吸収されてしまうわ」

 

 つまり、銅に水銀が入ったくらいなら分離できるけど、水銀に銅が入ると分離が難しい……ということか。ひとりでうんうん頷いていると滾さんもうんうん頷いていた。 

 

「本体を失った銅は導かれるまま火山に向かいました。救済者メシアは更に『皆で合金化すれば強くなれる。強くなれば鑫の即位を後押し出来る』と皆に言い……」

 

 向かったという火山はもちろん貴燈山だ。滾さんは大きく息を吸い込んで倍の時間で吐き出した。怒りを抑えたのかもしれない。

 

 でも煬さんの足に付いていた銅は?

 全部水銀に吸収されてしまったならあの銅は一体……。 


「皆、姉さまの即位には賛成でした。元より混合精の王を快く思っていないものも多かったので」

 

 もしかしたら鋀さんに貴燈を狙わせたのも混合精であるメルトさんが治めていたからかもしれない。それに沸ちゃんも滾さんもいる。数の少ない混合精が集まった貴重な火山だ。 

 

「もう後には退けなくなりました。それで私も合金アマルガムになることに同意したのです。姉さまを速やかに理王の座に据えるため、私自身を半分ほどメルに預けました」

 

 アルさんが口を閉じた。唖然としてしまう。しばらく動けない。鋺さんの甲冑がギシギシと軋む音を鳴らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ