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水精演義  作者: 亞今井と模糊
四章 金精韜晦編
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93話 金亡者と混合精

「じゃあ、滾が雫に付いていくとして……で、それは誰なのよ?」


 わかちゃんが改めてマリさんのことを尋ねた。そういえばまだちゃんと紹介していなかった。鋺さんは答えないだろうから、僕が代わりに紹介する。


マリさん。こちらが貴燈山のわかちゃんとたぎるさんです」


 ここに来る前に鋺さんには事前に二人の情報は伝えていた。けれど、鋺さんは聞いているのか聞いていないのか分からない。ピクリとも動かなかった。


 それを見て沸ちゃんがまた怒っている。何か言おうとしたみたいだけど、滾さんに止められた。


「で、こちらが金亡者マンモナイトマリさん」


 僕がそう言い終えるとマリさんは後ろを向いてしまった。何故だか僕も気まずい。


金亡者マンモナイト?」

「たぎ……ギルさん?」


 ギルと呼んで良いと云われたばかりだ。折角、好意を示してくれたのだから受けなくては失礼だ。


 たぎるさんは何かを思い出すように少し首を傾けている。巨体の滾さんが首を曲げると倒れてきそうでちょっと怖い。


「初代金理王の妹?」

「え?」


 意外な身分が明らかになった。水精所属のたぎるさんがどうしてそんなこと知ってるのか分からない。けど鋺さん自身が理王の縁者だったとは。納得できるような気がする。


「あと、第三代金理王の母親」


 ちょっともう分からなくなってきた。沸ちゃんも知らなかったらしく、ギルさんを不思議そうに見上げている。沸ちゃんの身長で滾さんの顔がちゃんと見えるのかは疑問だ。


「鋺さん?」


 鋺さん本人に聞こうと声をかけてもこっちを向いてくれなかった。斧を脇に構えて溶岩付近を見つめている。


「先ほどそこの巨漢が飛び降りた衝撃で円柱壁コラムがずれたようです」


 マリさんはお前のせいだと言わんばかりに滾さんをチラッと見る。滾さんは沸ちゃんの肩に手を置いて背後に回った。隠れてるつもりなんだろうけど、全然隠れていない。むしろ目立っている。


 カランカランッと乾いた音を立てて鋺さんの円柱壁が完全に破られた。水晶刀の柄に止まって大人しかった金蚊がもぞもぞと僕の袖の中に戻る。


「おのれ……亡者ナイトわらわの邪魔をするか」


 声はするけど姿が見えない。低い声だけど妾というくらいだから女性なのだろう。鋺さんが一歩踏み出す。


メルさま。金理王おかみは大層お怒りでございます。甘んじて罰をお受け遊ばせ」

 

 メル……さま?

 鋺さんの反応が僕の予想と違った。罪はあるけどそれなりの敬意を払っているように見える。


「五月蝿い! 何故なにゆえ下賤な混合精ハイブリッドから罰など貰わねばならぬ! 妾とて理王の末裔ぞ!」


 水銀も理王の末裔……ここに来て急に僕の周りで地位や身分の価値観膨張インフレーションが起こっている。


 溶岩から目に見えるほどの蒸気が吹き出していた。空気中に出たことで温度が下がったのか、銀色の液体が漂う。一瞬人型を取りかけるもすぐに銀の魚に変わってしまった。かなり高い位置まで泳いでいく。


 もしかして金精は量が少ないと完全に人型を作れないのかもしれない。ここに付いてきた水銀は少ないと鋺さんが言ってた。


 もしくは金精を合金にするために自分の本体を使っているわけだから、そもそも残っている本体の水銀が少ないということも考えられる。


 僕は一滴しかないときでも人型になれたけど……いや、そんなことより今はあまり良い状況ではない。再び同じ手で捕まえるのは難しい。噴火口から差し込む光を銀の魚が鏡のように跳ね返している。


「貴女さまを見ているとかつての私を思い出します。傲慢さを認め、身の程を弁えなさいませ」


 かつてのマリさんに何があったのか知る由もない。鋺さんはじっと水銀を見上げている。僕たち三人が鋺さんの後ろに庇われた。首辺りからはぼんやりした色の金髪が僅かに揺れていた。


「ふん。アルは概ね手に入れた。キュイヴルヴルは取り込みすぎてうっかり消してしまったがな」


 キュイヴルヴルさん。魄失になった挙げ句、煬さんに取りついた鑫さまの妹。銅を精錬する際に出る鉱毒を滾さんに流しこみ、沸ちゃんを質にとった。


 会ったことはないけど悪い印象しかない。ただ、そもそもの原因は水銀が金精の皆を取り込んだことだ。水銀は何故そんなことを?


オールもいずれに妾の手に堕ちる。そうなればあの目障りな混合精ハイブリッドの金理王を排除してくれるわ!」


 僕の隣で沸ちゃんと滾さんが顔を見合わせていた。でも戸惑っているのは沸ちゃんだけだ。さっきの鋺さんの話といい、もしかしたら滾さんは金理王さまの情報を知っていたのかもしれない。


「速やかにオールを理王の座につけ、アルを王太子に……そうなれば金の理力は妾の思うがままよ。妾は理王を越える。態度を改めるのはその方ではないか?」


 恐ろしいことを聞いてしまった。水銀は鑫さまを使って金理王さまを消し、鑫さまを理王に、そして妹のアルさんを王太子に据える気だ。


 ……でも何故自分が理王や王太子になろうとは思わないのだろうか。何故こんな回りくどいことをするのだろう。


「妾の邪魔をするならマリ金亡者マンモナイトとて容赦はせぬ」

「私を取り込めるとお思いですか?」


 緊迫した雰囲気が漂う。鋺さんは斧を構えた姿勢は変わらなかったけど、僅かにかかとが浮いていた。


「ふん。プラチナのそなたを取り込むのは出来ずとも、水精なら狂わせるのは容易い」


 もし水銀が人型だったらニタァとした下卑た笑いが見られたかもしれない。ゾクゾクっという気味の悪い何かが背中を走った。


 水銀を見上げる。遠くに見えるせいでより小さく見えるけど、そもそも金魚ほどの大きさしかない。たったあれだけの量なのに水精を狂わせることが出来るのか。


「狂った水精数名相手にして、無傷ではおられまい? そこの男子おのこは小癪な代物を携えているようだが、あと二人いるようだな?」


 もしかしたら貴燈山に来たのは間違いだったかも知れない。これでは沸ちゃんと滾さんに迷惑がかかってしまう。


「雫さま。お水を頂けますか?」

「はい?」


 鋺さんは僕の方を振り返ることはせず、水銀を見上げたまま場違いな要求をしてきた。請われるままに水球をひとつ作った。水銀に見えないように、腕を下ろしてこっそりと渡す。


「何をするんですか?」

「私の本体を媒介にして硝酸を生成いたします。雫さま、後ろの水精と共になるべく退がってください」


 前半は何を言われているかよく分からなかったけど、とりあえず退がっていろってことだけは分かった。


 鋺さんを残して逃げるのも嫌だけど、鋺さんは水精に強い。今は沸ちゃんと滾さんを守るのが先だ。


 沸ちゃんたちを引っ張って走り出した。それに気づいた水銀が叫びながら追いかけてきた。振り返ると水銀は高度を下げていて、鋺さんを通りすぎて、待てと止まれを繰り返しながら僕たちを追いかけてくる。


 一方、視界の端では鋺さんが冑を取っていた。上を向いて僕の水球を取り込んでいるように見える。その直後、水銀の声に鋺さんの詠唱が重なって響く。


「金の実よ 命じる者は サリの母 我が身をかいし 酸化を招かん『硝酸生成オストワルト』!」

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