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水精演義  作者: 亞今井と模糊
一章 理術学習編
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09話 雫と淡

「で、実際の所どこまで出来るようになったんだ?」

「えーと指南書の二冊目が終わるところ」

「んなこと言われても分かんねーよ」


 自室で早めの夕飯をとっている。向かいに座っているのはびょうさまではなく、赤い髪の精霊だ。


「そんなこと言われても、あわさんが聞いてきたのに」


 淡さんが天井を仰ぎながら唸った。


「あぁー悪い悪い。俺の聞き方が悪かったな」


 あわさんはここに住んでいるわけではない。でも王館で働く仲間だ。きっと先生みたいに自分の管理する本体から通ってきているのだろう。


「何が出来るようになったんだ?」


 淡さんは口調は少し乱暴だけど根は優しい。僕が王館に上がった頃から、ちょくちょく面倒を見てくれたり、助言をくれたりする。例えば正しい雑巾の使い方とか、箒の使い方とか。


「えーっと……『水球ボール』と『氷結』と『水球乱発』と『氷壁防御』と『冰氷投擲アイスショット』と『氷柱演舞アイシクルダンス』と……」


 指を折りながら、使えるようになった理術を数え上げていく。まだまだたくさんあるはずだ。

 

 淡さんの方が出来るはずだから、決して僕の自慢をするわけではない。でも言えるなら全部言いたい。


「待て待て待て待て待てー! ストーップ!!  周りを見ろー!」


 目の前の淡さんが椅子から腰を上げて叫びだした。折った指をそのままに、言われた通り周りを見た。


「何これー!?」

「ナニコレーじゃないわ!」


 天井から氷柱つらら、窓に水壁、宙には水球が三十個くらい浮かんでいる。更に床からは串刺しにされそうな逆氷柱さかさつららが二本交差している。


「ッチ。ちょっと油断するとこれかよ。雫、理術を学ぶのはいいと思うけどよ、実戦訓練なんてやって大丈夫かよ?」


 僕も同感だ。理術を覚えられるのは嬉しいし楽しい。けど実戦なんて怖くてやりたくない。

 

 いくら出来る理術が増えたといっても、上級理術に限っては二つしか出来ていない。


「出来ないことは出来ないってちゃんと言った方がいいぞ? 怪我してからじゃ遅い。師匠に直接言えないなら、水理皇上すいりこうじょうから言ってもらえばいいだろ?」


 そう言いながらあわさんは床から生えている逆氷柱さかさつららに触れた。冷てぇっ! と文句を言いながら氷柱を溶かしてくれた。


 僕が片付けるとなると、地道に砕いて廃棄するしかないからすごく助かる。


 ちなみにこの三ヶ月間、ずっと僕の食事を用意してくれたのもあわさんだ。それが判明したのは、僕が学び始めてしばらく経ってからのことだ。


 それを知って、淡さんは料理できたのかと聞いてしまったときは、軽く拳骨げんこつをもらった。


 淡さんは、焼いたり、炒めたり、炙ったりする料理が得意らしい。汁物の得意な僕とはちょっとジャンルがちがう。


 おいしかったので、あとで教えてほしいと言ったら、少し赤くなりながら拳骨げんこつの跡地を撫でられた。

 

「ああ、それよりしばらくはひとりで復習すんだろ?」


 氷を片付け終わったあわさんが再び席についた。僕はその間に水球を集めてひとつにくっつけた。大水球の完成だ。あとでお風呂に持っていこう。


 僕の氷柱つらら水球ボールの処理で食事が中断されてしまったのはとても申し訳ない。


 それより心なしか部屋が寒い。淡さんが作ってくれた鮭のムニエルもすっかり冷たくなっている。


「うん。明日から少しずつ振り返ろうかなと思ってる」

「一通りやったら、一回外に出てみないか?」

「どういうこと?」


 戸惑う僕に淡さんは身を乗り出した。


「王館の敷地内は守られている空間だ。それに他の精霊もいないから理術は使いやすい。けどよ、外に出ればもちろん他の精霊との接触もあるし、周りにある理力を使える条件も変わってくる」


 王館内で難易度の高い理術を実戦するよりも、外で日常的に使う簡単な理術を実際に試した方が良いのではないか、ということらしい。


「王館は理力に満ちていて理術が使いやすいからな。だからさっきみたいにちょっと口にしただけでも詠唱なしで氷柱つららまみれになるんだ」


 ふーむ。分かったような分からないような。それよりもデザートの焼きプリンが美味しい。もう一個食べたい。


「外に行くなら付き合うけど、まぁちょっとやってみてから考えてみろよ。どっちにしても練習は必要だろ……ん?」

「どうしたの?」


 あわさんは最後のひときれのムニエルを口に入れると、自分のデザートの皿を僕の方に押しやって来た。


 僕はそんなに物欲しそうな顔をしていたのかな!? がっついてるみたいで恥ずかしい。


 鮭を飲み込んだあわさんが、それやるわと短く呟いて、慌ただしくお茶を流し込んだ。突然慌て出したみたいだ。


「……悪い! ちょっと仕事だ」

「仕事? 今から?」


 淡さんが着崩していた黄色の服の襟元をただしながら立ち上がった。


 そんなに急ぎの仕事があるのだろうか。僕と同じような仕事をしているはずなんだけど。


「悪いな、食事中に。器は後で取りに来る! じゃあな!」

「あ、いってらっしゃい」


 あわさんが風を切って去って行った。毎日一緒に食事をしているわけではないけど、急にひとりになったことで無性に寂しいような気がする。


 淡さんがくれたデザートを口に運んでみても、先程より美味しく感じないのは……ひとりだからだろうか。


 仕事か。

 僕の今の仕事は理術を学ぶことだと言われた。けど、特訓したらびょうさまのお役に立つ日が来るだろうか。


 二人分の食器を洗いながら先程までの会話を思い出す。


 あわさんは外で基本を練習するべきだって言う。でもこの十年、王館から出たことがない。出かけるにしてもびょうさまの許可が必要だろう。


「……淼さま、相談に乗ってくれるかな」


 今の僕にとって、淡さんや先生を除いて身近な存在なのは淼さまだ。理王が身近というのも失礼極まりない話だけど、淼さまは最近、前以上に忙しいみたいで執務室にいないことが増えた。


 もしかして今まで僕が邪魔で出掛ける回数を控えていたのかな。……駄目だ。一人でいるとどうしても悪い考えが浮かんでしまう。


 今日、執務室の前に行ってみていなかったら諦めよう。居ても忙しそうなら声をかけずに戻って来よう。


 そう思いながら『気化』を唱えると皿を濡らしていた水滴が見えなくなった。


いつもありがとうございます

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