診察 7 アイスホテル
トーベとローラは同い年の幼馴染だ。初めてそれを聞かされた連中はたいだいびっくりする。十やそこらは違うだろうと思うためだが、その度にトーベは内心ムッとし、ローラはあからさまにほくそ笑む。
今日は街の仕事で人に会うためにここローラホテルにやって来ている。最近は警察も人員が増員されたのでトーベも職務を気にせず街の事に関われるようになった。結果サボる暇が無くなったとここのレストランに来てはぼやくようになっている。
相手は日本人だった。それも雪まつり関係者ではない。そっちの関係者は年に一回必ずやってくるようになった。なんでも研修と称したオーロラ観光旅行が毎年その年の功労者に褒美として与えられるらしい。その話を聞いたときはさすがにトーベも驚いた。往復の旅費は結構な額だ、雪まつり自体は主催側に儲けは出ないと聞いていたから、どうやってそんな事が出来るのか不思議だった。
「スポンサーがいるんですよ」答えはシンプルなものだった「こちらの冬のお祭りに協力することが条件なんですが」そこまで聞けばネタは割れたも同然だった。
日本にはドクターハタノの研究やら資産やらを運用する組織があるらしく、そこが資金を提供したということだな。とトーベはその話を街の皆んなに説明するときは自慢げに言うのだが、その通称「ハタケン」という組織のことなど小指の先っぽほども知ってはいなかった。どうでもいいからな、奴のやることなら間違いはないだろう。ということだ。
今日の相手はそっちの関係者ではなかった。同じホッカイドウというところから遊びに来たそうで、なにか思いついたらローラとトーベに相談してくださいと言われていたそうだ、ドクターハタノに。どっかの旅先で出会って意気投合したとか言ってるが、まあ調子のいいおっさんだからそういうこともあるんだろう。
「こちらの方は馬には乗らないんですか」馬か、鉱山なんか昔は使ってたみたいだけどなあ、今はあんまり見ないな。
「夏ならトレッキングコースが作れると思うんです」
おっさんが言うにはオーストラリアやニュージーランドには馬に乗って旅行をさせてくれるところが幾つもあるそうだ。このあたりは高い山がないが、そのほうがかえってトレッキングには適していそうだという。ちなみに雪が積もれば山スキーを使った同じような遊びも出来るんじゃないかと。
「面白いわね、犬橇だけじゃハードルが高いとは思ってたのよ」
ローラが乗り気になって話は前向きに進む。こんなときにはブレーキ役も必要だ。
「そういうけど資金はどうするんだ、街には援助する余裕はないぞ」政府におんぶにだっこの昔と違って、それなりに赤字体質からは抜け出しつつではあるけれどな、予算に余裕がないのは事実だ。とは市会議員を務めるようになったトーベの正直な意見だ。
「資金なら日本で集めますよ」豪気だな、よっぽど日本は好景気らしい。
「まあ確かに今はね、いつまで続くかわかりませんがね」
「ありがたいけど一部はなんとしてでもこちらで持つわ。地元の活性化にならなきゃ意味がないわ」
街が以前より賑やかになったのは事実だし、若者が結果として増えてきているのも嬉しいことだ。だが雇用が大きく伸びたわけではない。事業は誘致したいが利益を全部持っていかれたのでは意味がない。
トーベの視点はいつの間にか地元の政治家のものになってきている。ローラはそんな幼馴染の変化が面白くて仕方がない。
「まあ失敗したって大したことはないわ、元に戻るだけよ」意外にケセラセラなローラであった。
この計画は冬祭りの会場で公表され資金の提供者を募る事になった。
今年も遊びに来たハタノ君が一枚かんだのは言うまでもない。
「おいトモ。あのおっさん知り合いじゃなかったのか」トーベは少し心配になって尋ねた。人の名前を勝手にかたるやつは信用出来ない。
「ああ、ワキさんですね。大丈夫、あの人はホッカイドウの実業家ですよ。ただこの話は全く知らなかったので」
「そうなのか、なんかよく知ってるとか言ってたんだが」
「あの方はどんどん友達を作っていくタイプですからね。僕も友達の輪に入れてくれたんでしょう」
「まあ、トモがかんでくれるんなら安心だからいいけどな」
トーベの心配は杞憂に終わりそうである。
「で、今年もあのホテルに泊まるつもりか」
あのホテルとは二年前に氷のモニュメントの一つとして作ったアイスハウスのことだ。
実物大でこのあたりの伝統的な民家を模して作ったもので、飾り付けの木の彫刻まで再現したものだからなかなか評判が良かった。製作中にやってきたハタノ君が気に入って「是非手伝わせてくれ」と言い出した。別に否やはない。するとハタノ君はトーベのトラックを借りて買い出しに出掛け、アイスハウスの中に入れる備品を買い込んできた。そしてハウスの中に実際に人が住めるような設備を取り付けてしまったのだ。
食事ぐらいはとれるようにとテーブルセットまでは氷で作っていたが、追加にベッドやらトイレやら言い出したときは気が違ったかと思われたが、設備やらマットやらを入れてみると、暖房さえなんとかすれば確かに使えそうなものになったのだ。
電気や水道の配管はハタノ君が自分でやってしまった。外に小型のボイラーまで設置して、洗面所はもちろんお風呂まで使える立派なものだった。
そして当然のようにハタノ君はそこに泊まったのだ。最初の夜はタローだけ連れて、二日目は子供たちも一緒に。
当然祭りに来た人々は皆あきれて見ているのだが、物好きはどこにでもいるもので、ハタノ君のあとに泊まりたいと言い出す者が出てきた。
翌年は棟を増やしたが常に満室となった。ローラは抜け目なくケータリングサービスを行った。
「今年は泊まりません、子供たちにはちょっと不評なんですよ」へえ、そんなものかね。観光客は家族連れでも楽しそうだが。
「お風呂を使いたいようなんですが、気分的に丸見えみたいでしょ。恥ずかしいようです」
子供たちもそろそろお年頃か。トーベは大笑いした。