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ドクターハタノの優雅な日常  作者: ふくろう亭
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診察 XX 祖父の選択

 しまったなあ、ちょっとやりすぎた。

 気がつけば目の前には警官達が横に列を作って並んでいる。みんな背中をこちらに向けているので守ってくれているのだろう。その先では男が一人倒れていてこれまた大勢の警官に押さえつけられている。

 まあ流血にならなくて良かったと思うことにしよう。

 なんとはなしに先ほど使った腰の道具をさわっていると声がかかった。

 「お祖父さま」

 孫の声に振り向くとご婦人方の集団がいて少したじろいだ。

 先頭にいたのが孫の藤子で「お祖父さま、すいません。女王様がお話をしたいとおっしゃっておられますので」

 集団の中心には確かに老齢の貴婦人がおられた。

 お互い孫同士の結婚となるので、すでに何回か会って挨拶はしている。そういえば息子の結婚式にも出席されていたのだが、あの時は関係者が揃ったところで謁見のようなものがあっただけだった。

 簡単な挨拶の後、女王様が言い出したのは。

 「先ほどの武器をみせてくださいますか」だった。

 誰かに問われるだろうとは覚悟はしていたが、まさかこの方が。

 「波多野様もうしわけございません」

 付き添っていたアイリーンさんが通訳だけでなく事情も説明してくれた。

 どうも最初は刀だと思われていたらしい。だが刀で暴漢を切ったにしては流血がない。不思議に思いアイリーンに尋ねたところ彼女も良くわからないと答えたそうな。

 なにやら神秘的な手段でも、などと会話が盛り上がり本人に確かめようとなったとのこと。

 いやこれはただの鉄扇ですけどね。

 健康のためと称して剣道を始めてからもう二十年ぐらいになる。まさに五十の手習いなのだが歳を重ねれば、馬齢であっても多少は腕もあがる。そのうちに居合もやるようになったのは、趣味で日本刀を何振りか持っていた所為もある。

 長いのを使うのは無理があったので主に小太刀を使っていたのだが、その派生として十手や鉄扇術にまで手を伸ばしてしまった。

 これも何本か揃えてみたがどうも気に入ったものがない。これならとつい自作してしまったのが運のつきで、結構はまってしまった。

 素材が鉄なので自分としては扱いやすかった。表面に象嵌などの装飾をいれてみると案外見栄えの良い物が出来たのだ。

 和服だと扇は違和感なく所持出来るとあって、このところ普段から和服着用率が多くなっていたのはこのためだった。

 で、調子に乗ってとうとうこんなところにまで持ち込んだあげくがこれだ。

 自分の事情はともかく、アイリーンさんによればこの高貴の方はコレクションとして何振りか日本刀をお持ちだそうだ。また国を統べる者として武器全般に知識と興味をお持ちとか。

 まあ身から出た錆だ、腰に挿していた鉄扇を手に取りそのまま広げて見せた。

 「これは!」

 目の前の二人のみならず、その背後に控えていた御婦人方も一斉に驚きの声をあげた。鉄の棒に見えていたものが扇に化けたのだ。扇面は無地ではなくあるものが描かれている。

 「ただの扇でございます、陛下」

 ゆっくりと大げさな動作で自分をあおいでみせた。

 「よく見せてくださいな」

 しかたがない。鉄扇はアイリーン経由で女王の手に渡った。彼女は閉じた鉄扇を左右に振り回した。そしてあらためるように扇面を開いたのだ。

 「……!」

 後ろに控えていた藤子が言葉にならない声で小さく叫んだ。

 「まあ懐かしいわ」

 そこには幸せそうに微笑む家族の肖像が描かれていた。

 いまはもういない父と母、そして幼い兄と妹。ほんの数年しか成立しなかった家族四人。なにも出来なかった年寄りのせめてもの懐古。

 女王は振り返り花嫁に向かって言った。

 「あなたは今でも御両親に守られているのね」


 ところでその鉄扇はそのまま手元に戻ってこなかった。渡した相手が悪かったとしか言いようがない。なまじ金銀象嵌に漆で仕上げたのもいけなかったのか、自分でも良い出来だと自負していたからな。

 彼女はその後のパーティでもその扇を持ち、ときに振り回して周りを驚かせては楽しんでいた。そしてどうしてもと言われれば固辞も出来ない。なんといっても孫の嫁ぎ先の一番偉いお方だからな。

 「フジコもこれをときどきは見たいでしょう」

 とはダメ押しの台詞だった。

 「腰がおさびしいでしょう」

 とはアイリーンさんの言である。日本語の達者な人だ。おかえしとばかりに随分と豪華な作りの短剣をもらうことになった。これは帯には挿せないな。


 日本に持ち帰り、今は夫婦の写真と共に仏壇に置いてある。

 

すいません。第三部の連載を始めてしまいました。世情騒然の中、亀更新であり派手な展開もありませんが、本編「君に再会するまでの☓☓年間」も覗いてやってください。リアルで苦労している作者の励みになります。

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